Index Top 第1話 銀歌の新しい人生 |
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第1章 白鋼と名乗る者 |
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銀歌は一度深呼吸をしてから、再び声を上げる。 「あたしの身体? つまり、お前はあたしから身体を奪ったってことか!」 「奪った……か。そうですねぇ」 女は顎に左手を当てて、頷いた。 銀歌は後ろに跳んで、間合いを取った。目付きを険しくして、女を睨みつける。子供の姿では迫力などないが、どうでもいい。 「前に見た時は、無駄に色っぽい女でしたね。妖術で変化していたわけですか。僕は色気の塊のような姿よりも、こちらの姿の方が好きですよ。清楚な美人ですしね」 何の脈絡もなく言ってきた。 銀歌は歯軋りをして、頬を赤くする。 銀歌は常に妖艶な美女の姿を保っていた。実際は、目の前にいる女の姿が本来の姿である。見ての通り、悪党の親玉には似合わない。そう思って、変化の術を使って化けていた。他人に言えたものではない。 会話の主導権を握られたことを自覚しつつ、呻く。 「お前、何者だ?」 「僕の名前は、白鋼。科学者です」 「しろがね……?」 何度か噂に聞いたことがある。人界と妖界の境界に家を構え、怪しげな研究を続けている変人。怪しげな研究の割に成果は大きく、強力な妖術や妖具を作り続けている。ここ百年は人間の科学に興味を持っていると言われていた。 それだけではない。 「あたしのことを斬り刻んだ男も、白鋼って名乗ったけど……」 銀歌と戦った男も白鋼と名乗っていた。青い服を纏った背の高い灰髪の男。武装した妖怪の先頭に立ち、多彩な武器を使って銀歌を苦しめた。最初は優勢だったのだが、多彩な変則攻撃に追い詰められた挙句、妖刀で斬り刻まれた。 「それは、僕です」 白鋼が自分を指差す。 ぴくりと耳が動いた。銀歌は牙を剥いて、白鋼を睨みつけた。 「そうかい。なら、さっさと、あたしの、身体を、返せ」 「無理ですね。僕の元の身体は君のせいで使い物にならなくなってしまいました。この身体を放棄したら、それこそ死んでしまいます」 静かに言ってくる。 銀歌は構わず飛び掛った。怒りで頭が沸騰しているが、一方で冷静に身体を動かしている。相手の胸倉を掴むつもりで、右手を突き出した。身長差はどうでもいい。 白鋼はふらりと後退して手を躱す。杖が廊下に倒れた。 「関係ない。それはあたしの身体だ。取り憑いているだけだろ! 早く出ていけ!」 「憑依ではなく、転生です」 言い直してくる。 「どう違うんだ!」 「憑依は術で相手に取り憑いているだけです。しかし、転生は、魂と肉体の因果をつないで、一体化させてしまいます。不可逆変化ですね。つまり、記憶や人格を維持したまま、完全に転生した相手になります」 「……! ……え?」 反射的に言い返そうとして、銀歌は口を開けたが――何も言えなかった。どういうことなのかいまひとつ分からず、言葉が出てこない。 白鋼もそれを察したのだろう。言い直してくる。 「つまり、この身体は完全に僕のものです。返すことは出来ません」 「こ――」 飛び出しかけて。 銀歌は身体が動かないことに気づいた。 ぞっとして視線を落とす。目に見えない妖力の糸が全身を絡め取っていた。手足を縛るたけでない。神経にも侵入して、完全に自由を奪っている。 糸は白鋼の左手から伸びていた。 「金縛りの術か」 基本的な妖術。 元の身体だったなら、意識もせずに破ることが出来る。だが、この子供の身体では、抗うことも出来ない。ましてや、この術を使っているのは、銀歌の元の身体だ。 「ちっ。あたしの負けだよ」 銀歌は言い捨てた。 今は負けを認めておくことにする。 白鋼は何も言わない。ふらふらとよろけて、近くの柱に背を預けた。崩れるように廊下に座り込む。大きく息をつき、額を抑えて首を振った。 「やはり、消耗が酷いですね……。妖術なんか使うものではないです……」 愚痴りながら、懐から小箱を取り出す。白い小箱。 蓋を開けると、中には注射器が五本。箱を横に置いて、白鋼は左袖をまくった。腕には、何本もの包帯が巻かれている。治りかけの傷だろう。 白鋼は右手で注射器を取り出し、左の上腕に針を突き刺す。ピストンを押し込んでから、注射器を箱に戻し、箱を懐に収める。 「一体何があって、お前があたしの身体を使ってんだ? ちゃんと説明しろ」 「あぁ。はい」 銀歌の言葉に、白鋼が億劫そうに顔を向けてくる。 「君と僕が対峙した時のことは覚えていますね? 君は腐毒の術を使い、それが原因で僕は死にかけました。放っておけば死ぬのは分かっていたので、瀕死の君から魂を抜き取り、転生の術を使ったというわけです。初めて使った術ですが、成功してよかった」 「分かりにくい説明、どうもありがとう」 皮肉を言ってから、白鋼を睨んだ。 白鋼との戦いで、禁術である腐毒の術を使った覚えがある。大して効いていなかったように見えたが、しっかりと効いていたようだった。もっとも、こんな事態になるのだったら、使わなければよかった。 「後悔しても遅いか」 銀歌の心を読んだかのように、白鋼も呻く。 「それは、僕も同じです。このようなことになるのでしたら、手加減しておくべきでした。もともと殺す気はなかったのですが……。動けるようになったのも、五日前ですよ。これでは、ろくに研究も出来ない」 銀歌は白鋼との戦いを思い出していた。巨大なライフルのような銃を乱射され、さらに非常識な威力を持った妖刀。その破壊を行った当人が、行われた当人になっているのだから、皮肉である。 「あたしのこのガキの身体はどういうことだ?」 「僕がこの身体に転生してから、君の魂は行き場を失ってしまいました。封印されるところでしたが、僕が東の長に掛け合って、引き取りました」 「あたしがここにいる理由は分かった。けど、何でこんな子供の身体なんだ? せめて大人の身体を作ってくれよ」 この身体が作り物だということは分かる。 しかし、なぜ子供の身体なのか。大人の身体でも、構わないだろう。 「大人の身体だと、魂が耐えられないのですよ」 「?」 「僕の使った武器は、魂そのものを破壊します。結果、君の魂は酷く消耗してしまいました。その魂を大人の身体に転生させたら、魂が身体に耐え切れない可能性があります。だから、子供の身体を作って転生させました」 言っていることは分かりにくいが、魂が子供になってしまったということだと、銀歌は見当をつけた。思考もどうにも鈍いし、記憶も所々欠落している。身体だけでなく、心も子供になってしまった。 忌々しく、それを認める。 「質問は三つだ」 銀歌は告げた。 |