Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢

第16章 ドッカン!


 超特大のカルミア――
「え……っと……?」
 滾っていた闘争心も何もかも置き去りに、慎一はただ疑問符を浮かべた。
 あまりに突拍子がなさ過ぎて、何が何だか分からない。これが夢ではないかと疑う。実際に夢なのだが、術などが絡まない正真正銘の夢ではないかと考えた。
 智也も同じなのだろう。ドラゴンの動きが完全に停止している。
 だが、これは現実だ。
 腰まである紫色の髪と、緑色の瞳。赤い羽根飾りの付いた三角帽子と、青い縁取りのなされた制服のような白いワンピース。左手にはめられた銀の腕輪。背中からは、四枚の薄い羽が伸びている。両手で握り締めた銀色の杖からは、赤いリボンが揺れていた。
「カルミア……?」
 いつも一緒にいる妖精のカルミアだった。見間違えるはずもない。
 もっとも、カルミアの身長は二十センチ程度で、言葉通り手の平に乗せられる大きさである。しかし、そこに現れたカルミアは、目見当でおよそ身長四千メートル。単純計算で二万倍くらいに拡大されている。
「何を、した……?」
 智也の方を見ると。
 ドラゴンがぶんぶんと右手を振り、無関係を主張している。
 カルミアに目を戻すと、どうやら本人も困惑しているうようだった。両手で杖を握ったまま、辺りに視線を向けている。
「どうしよう……これ?」
 水柱の上に立ったまま、慎一は何も出来ずに固まっていた。



 結奈が口にしたのは、無茶苦茶な方法だった。
 とりあえず大きくなれるだけ大きくなってから、戦いを続ける慎一と智也に思い切り杖を叩き付ける。人間サイズになれるのだから、際限なく大きくもなれるのではないかという論理だった。
(本当に大きくなれちゃいましたけど……)
 ゆっくりと呼吸をしながら、両手で杖を握り締める。
 みんなが集まっている場所から一度離れ、可能な限り身体を大きくする。
 大きくすると言っても、物理的に身体を巨大化させているわけではない。大きな身体になった自分のイメージを、魔法で夢の世界に投影しているだけだ。劇場のような場所で、小森一樹が現実を無視した動きを見せていたのと原理は一緒である。
(ここまで上手く行くとは思いませんでした)
 目の前を白い雲が流れている。写真や動画でみるような霧の塊ではなく、綿菓子のような雲だった。なんとなく右手を持ち上げ触ってみると、微かな手応えとともにばらばらに千切れて消えてしまった。
 雲に触れた手を見ても、何も残っていない。
(大きくというか、周りがみんな小さくなっているような気もしますけど)
 視線を下ろすと、ホテルや駐車場、海浜公園や砂浜、海までが箱庭のように見える。
 浜辺で集まっている結奈や飛影たち。海の上で戦いを止めて呆然としている慎一と、智也が動かしているらしい黒いドラゴン。
 どれも、冗談のように小さかった。
(夢って凄いですねー)
 ちょっと現実逃避気味にそんな事を考える。


「どーよ、あたしの作戦は!」
 結奈は右手を振り上げ、元気よく叫んだ。
「どーよじゃねー!」
 リリルが怒声とともに掴み掛かってくるが、素早く後退して躱す。
 何もない場所を掴んでから、リリルは踏みとどまった。右足で砂浜を踏みつけ、右手を勢いよくカルミアへと向ける。山のような大きさになった、妖精の少女へと。
「ものには道理ってもんがあるだろ、無茶苦茶じゃないか!」
「無理を通せば道理が引っ込むってね!」
 Vサインとともに言い切る。
「これで、オレたち完全に空気ですね」
「ですなー」
 飛影と浩介が、寂れた空気を纏っていた。
「結奈って凄いね……」
 尻尾を動かしながら、凉子が冷や汗を流している。もう使うことはないと考えたのか、三本の刀は全て鞘へと納めていた。
 桜花が右手で額を抑えていた。苦笑いを浮かべながら、
「沼護の人間は時折こういう無茶苦茶をやるので、侮れません……」
「というわけで、行けー、カルミアァァ!」
 結奈の叫びに応えて――
 というわけではないだろう。
 カルミアが杖の石突き辺りを両手で持ち、大上段に振り上げた。


「せぇぇぇのっ」
「まずい!」
 カルミアが振り上げた杖を見て、慎一は我に返った。
 何をしようとしているのか、ようやく理解する。巨大化してからの杖で一撃で、慎一と智也をまとめて倒すつもりだ。それはカルミアの考えではないだろう。おそらく結奈の考えである。発案者は誰でもいい。
 およそ四千メートルの身長となったカルミア。しかし、その動きは小さな身体と変わらない。身長と同じ長さの杖を、一秒も掛からず振りかぶってみせた。
 その質量と速度から作られる破壊力は、想像を絶する。
「鬼門寺さん!」
「オウよ!」
 脇差を納め、慎一はドラゴンの背に飛び乗った。両足と左手で背に身体を固定。
 と同時に、ドラゴンが全身に搭載されたジェット噴射口を開く。身体が押し潰れるかと思うほどの急加速で上昇を始めた。カルミアの杖目掛けて。
 ドラゴンの背に乗ったまま、慎一はこめかみに人差し指を当てる。
「二重限開式――!」
 ねじ込むように指を捻った。心臓が脈打ち、感電したような痛みが神経を貫いた。
 一度目の限開式はリミッターを外す。二度目の限開式からは、強制的な容量の拡大。日暈以外の術師が使えば、数秒で死ぬほどの負荷が掛かるものだ。
 二重限開式の持続は、現在の状況だとおよそ三分。
 さらに、両拳を合わせ、
「三重……限開式ッ――!」
 両腕を押し込んだ。
 加速するエネルギーに心臓が跳ねる。軋むような激痛が全身を襲った。限開式を三重に掛けるのは未知の領域。理論上は可能であるが、今までに実行した事はない。骨がひび割れる。筋肉が切れる。末梢血管が破裂する。身体が壊れる音が聞こえていた。
 持続はおそらく数秒。だが、それで十分である。
「ええいッ!」
 カルミアが杖を振下ろした。
 直径約六十メートルの杖。速度は音速の数十倍になる。その質量と速度から生み出されるエネルギーは、比喩抜きで隕石衝突並だろう。人間で防げる者はいない。たとえ日暈当主の恭司でも無理だろう。
「征くぜ、慎一ィィ!」
 智也が咆える。
「フルスロォォォットルゥゥオーヴァローゥドォォ!」
 さらに加速したドラゴンの背で。
 慎一は渾身の剣気を乗せた刀を振り上げた。
「………!」
 振下ろされた杖と、慎一の振り上げた刀が激突する――

Back Top Next