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エピローグ |
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ふっ……と。 意識の揺らぎを覚えて、慎一は目を開けた。 霞がかったような思考のまま、上体を起こす。身体に乗っかっていた布団が、落ちていった。窓から差し込む朝の光に目蓋を下ろす。 「う、もう朝か」 枕元に置かれた、式服と破魔刀夜叉丸。 そして一枚のメモ用紙。 『写術紙は受け取りました。鬼門寺智也さんの封印は完了しました。件の呪書は回収しました。夜叉丸は後日返しにくるように。 沙夜&桜花』 母と桜花からの手紙だった。 式服を持ち上げてみると、間に挟んでおいた写術紙が無くなっている。智也が持つ夢の魔物の情報を写し取ったものだ。目的通り、魔物の情報を複写し、邪術の封印も行った。これで慎一の仕事は終わりである。 式服の傍らでは、小さな布団の中でカルミアが寝息を立てていた。 部屋の隅に置いてある座布団の上で、飛影が丸くなっている。カラスは普通は木などに留まって寝るが、その辺りは融通が利くらしい。 隣の布団では、浩介が毛布の中に頭を埋めている。尻尾と狐耳だけが外に出ていた。 その隣では、浩介とは対照的にリリルが布団を引っぺがしている。掛け布団が合わないのかもしれない。布団を足元に丸め、枕を抱きしめて眠っていた。 右手を持ち上げてみる。 「予行練習代わりに、色々やってみたけど――」 口寄せ・玄室瘴門、封気開放、意志雷迅。加えて、二重限開式、三重限開式まで使った。普段使えないような術や技を乱発していた記憶がある。もっとも、夢の中だからこそ可能な荒技で、現実にはまず不可能だろう。 「最後どうなった……?」 カルミアの横に置いてある銀色の杖。以前プレゼントした赤いリボンが結んである。 巨大化したカルミアが振下ろした杖に対し、何故か智也と協力して撃破を敢行したが、あえなく返り討ちにあったらしい。 「五時半……」 時計を見てから、一度欠伸をして。 慎一は再び布団をかぶった。 窓から差し込む午前中の光。 慎一はホテル一階の喫茶店で、紅茶を飲んでいた。隣には飛影が座っていて、向かいの席にはリリルが座っている。テーブルの上にカルミアが座っていた。 「夢の中とはいえ、無茶なことしたよな……」 オレンジジュースをストローでかき混ぜながら、リリルがカルミアに目を向ける。呆れを通り越して感心したような表情を見せていた。 カルミアは苦笑いをしながら、右手を動かす。 「現実には無理ですよ。ユイナさんに言われたのでやってみましたけど、同じような事があっても次はやりません」 「次は無いことを祈ります」 お茶をすすりながら、飛影が呟く。 耐熱ガラスのコップに入ったお茶。ジュースやコーヒーなどと一緒にドリンクバーに置いてあったものである。 慎一は紅茶を半分飲みながら、 「表と裏から封印式組み込んだから、まず外せる事はないよ。一級の術師が数人がかりで解術すれば開くけど、そこまでする意味は無いし」 「本人全然めげてなかったな……」 オレンジジュースを空にしつつ、リリルが目を逸らす。 朝顔を合わせた智也は、普段と変わらず元気だった。それが本当に封印を気にも留めていないのか、ただの強がりかは分からない。だが、前者だろう。 飛影が考えるように首を捻る。 「鬼門寺さんの能力というか、頭の良さとかは夢の魔物が元らしいですけど、封じちゃって大丈夫なんでしょうかね?」 智也は高校生の頃に臨死体験をして、そこから人格などが変わってしまった。それは、魔物を取り込んだせいである。魔物を封じてしまえば、智也の人間離れした能力も消えると考えたのだろう。 慎一は左手を見つめ、 「そっちは影響ないと思う。魔物の方も鬼門寺さんの精神と融合してるから、無理に剥がすとかえって危ない。封印術式も力を外に向かわないようにするものだし」 あくまで今回は邪術を封じただけである。智也自身には危険性は無いからだ。もっとも危険性があるならば、智也ごと魔物を殺すこともありうる。 ショートケーキにフォークを入れながら、リリルが天井に目を向ける。泊まっている部屋の方を見たのだろう。 「で、あいつら何やってるんだ?」 「同人誌書いてるようです。部屋に籠もって」 飛影が小さく呻く。 朝食後、慢研部員全員が部屋に閉じこもってしまった。部員ではないのだが、凉子も一緒に参加している。 カルミアが窓の外に目を向ける。白い砂浜と青い海。 「せっかく海に来たのに、もったいないですね」 「合宿の目的は集まって同人活動ですから、間違ってはいないですけど」 静かにお茶をすすり飛影がそう応えた。その姿は、普段よりも落ち着いているように見える。結奈の事を考えずに済むので、気楽なのかもしれない。 カルミアがリリルに顔を向けた。 「リリルさん、色々食べてますけど。甘いお菓子好きなんですか」 「子供だからな」 ホットケーキにフォークを刺しながら、リリルはきっぱりと答えた。ジュースやケーキ、ホットケーキ。目に付いたお菓子類を適当に頼んでいるようだった。 カルミアが羨ましそうにホットケーキを眺めている。 「わたしもお菓子とか食べてみたいんですけど、食べられないんですよね。こちらのものを食べる仕組み持っていないので……。人界にいる間はシンイチさんのエネルギーをわけて貰っていますから、お腹が空くことは無いですけど」 「そうだっけ……?」 慎一は思わず呟いた。 二ヶ月くらい前に、カルミアと契約したことは覚えている。――だが、契約内容は実はほとんど忘れていた。普段確認することもなく、気にすることも無かったためである。 「忘れないでくださいよ……」 カルミアが右手で頭をかいた。紫色の髪が揺れ、三角帽子が少し傾く。 「わたしがシンイチさんのために魔法を使うかわりに、力を少し分けて貰います。卒業試験が終わるまでですけど」 「卒業試験……」 カルミアが人界に来ているのは、卒業試験のためらしい。試験が終わるまでに人界にいて、試験が終わったら帰ると言ってたような記憶がある。 実はよく覚えていない。 「それって、いつまでなんだ?」 「うーん。特に決まっていないんですよね」 カルミアは人差し指で頬を掻いた。 「一年くらいで終わらせてもいいですし、シンイチさんの寿命までこっちにいてもいいですし。細かくは決められていませんから」 「アバウトだなー、妖精って」 チョコレートパフェを食べながら、リリルが呆れる。ホットケーキは食べ終わったようだ。シロップの付いた皿が横にどこされている。ドリンクバーから持ってきたのか、メロンジュースの入ったコップが置かれている。 「よく食べますね……」 飛影の眼差しに、リリルは胸を張って答えた。 「甘いものはいくらでも食える」 無言のまま感心している飛影とカルミア。 慎一は紅茶のカップを空にしてから、壁の時計に目を向けた。 「これからどうやって時間潰そうか……」 |