Index Top 第8話 夢は現実、現実は夢 |
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第15章 夢を終わらせるために |
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ドラゴンが空中を飛びながら、右腕を向ける。腕に装着された機関砲と四角い弾倉。口径は三十ミリはあるだろう。 爆音を立てて撃ち出される銃弾と、飛び散る薬莢。 慎一は左手を突き出し、反応壁を放った。超音速で飛来する金属の弾が、反応壁に触れ軌道を逸らされる。しかし、軌道を逸らしきれなかった弾丸が身体にめり込んだ。 硝煙の匂いが鼻に届く。雨のように降り注ぐ薬莢。 「……痛い」 生身の人間が食らえば骨まで木端微塵。そんな攻撃だ。それを術によって防御する。それでも、金剛の術と式服の防御の上から、衝撃が身体の芯まで響いていた。 だが、その痛みも心地よい。 口元に笑みを浮かべ、慎一は両手で刀を振り上げた。 「おおおおッ!」 刃先から放たれる大量の剣気が、壁のように空を走る。砲華の術の応用である重断。逆式合成術と瘴術を組み込み、破壊力を最大強化した一撃。 巨大な斧が、ドラゴンへと叩き込まれた。 刀を持ったまま、ホテルの廊下を走る。 「まずは誰かと合流しないと」 慎一は智也と戦闘を始め、今まで道案内をしていた沙夜はいなくなってしまった。夢の世界から出て行ったのだろう。 今は凉子一人である。さすがに一人だと心細い。 夢の中のホテルの廊下は現実よりも広く、無駄に長かった。しかも、迷路のように曲がりくねっている。迷子になるのに、そう時間は掛からなかった。 「困ったなぁ」 眉間にしわを寄せながら、凉子は廊下を進む。 しかし、いくら走っても似たような廊下が続いている。どこに向かうべきなのかも分からない。案内無しに夢の世界を移動するのは無謀であると、今更ながら実感する。 そうして一分ほど走った頃だろうか。 「あ。凉子」 背後から聞こえた声に、凉子は振り向いた。 「結奈――ぁれ?」 そこにいたのは結奈とカルミア。 しかし、手の平サイズの妖精だったカルミアが、人間と同じサイズになっている。身長百六十センチほどの身体。人間サイズになっても飛行能力は失っていないらしい。床から十センチくらいのところに浮かんでいた。 「カルミア……? 大きくなっているけど、どうしたの?」 凉子の問いに、カルミアは得意げに答える。 「魔法で大きくなってみました。この夢の世界限定の魔法ですけど」 「へぇ」 瞬きをしてから、凉子は改めてカルミアを見た。よく見るとスタイルも大人のものになっている。知らないところで、色々とあったのだろう。 結奈が前に出る。 「それより、凉子。慎一がどうなったか知らない? カルミアが調べたら、あなたの所にいるみたいだったけど」 「えっと、んー」 左手と尻尾の二刀を鞘に収めてから、凉子は目を泳がせた。寒気のようなものが、背筋を撫でる。それは紛れもなく、恐怖だった。 「今は智也さんと戦ってるよ。慎一さんが危ない術使ったから、私はすぐ逃げたけど。確か……ゲンシツショウモンとかいう名前の術」 術名は聞こえたが、漢字の振りは分からない。それよりも、術発動と同時に現れた禍々しい空気が印象に残っている。絶対に触れてはいけないと分かる空気。普通の術ではないのは瞭然だった。 「何使ってるのよ、あのバカが……」 右手で額を抑える結奈。慎一の使った術に心当たりがあるようだった。守護十家の一員なので、凉子の知らない術も知っているのだろう。 間を持たせるように、カルミアが紫色の髪の毛を指で梳いている。 結奈が手を下ろして、呻いた。 「さて、どうしましょうかね?」 グン……。 そんな音が聞こえた。 近くの壁が崩れて、外の風景が見えている。 そこは、砂浜だった。昼間に海水浴をしていた碧ヶ浜海外によく似た場所だが、広さは十倍以上あるだろう。その向こうには、夜の海が見える。 そして、よっつの人影。巫女装束姿の浩介、カラスの飛影、ヴィジュアル系な恰好のリリル、そして桜色の着物を着た女性だった。刀を一本持っている。 「おっし、つながった!」 リリルがガッツポーズをしている。魔法を使って空間をつなぎ合わせたようだ。 「悪魔っ娘がもっと悪魔っ娘になってる」 リリルの恰好を見て、結奈がそんな事を口にする。 子供の身体で猫耳帽子とワンピースという恰好も似合っていたが、大人の身体にこの衣装も似合っていた。まさに悪魔っ娘という恰好。話によるとこちらが元々の服装らしい。 「桜花さん。何でここに……?」 カルミアが着物姿の女性を見て、目を丸くしている。 桜花というのが名前らしい。 桜花は人間サイズになったカルミアに、親しげに微笑みかけた。 「お久しぶりです、カルミアさん。わたくしは慎一さんの手伝いにやって来ました。それよりも、しばらく見ないうちに大きくなって。やはり若い人は成長が早いですね」 「違いますって……」 浩介の肩に留まった飛影が、ツッコミを入れている。 「そういう魔法か?」 「いえ、わたしは大きくなる魔法は使えません。ここは現実ではないので、投影の応用で大きくなる魔法使ってみました。成功してよかったです」 リリルの問いに、カルミアが答えた。廊下から砂浜へと移動しながら。智也が現実に縛られずに動いているのと同じ原理だろう。 「器用なヤツ……」 腰に手を当て、リリルが目蓋を半分下げている。 砂浜に足を進め、凉子は巫女装束を着た浩介に親指を立てた。 「浩介くん、グッド!」 「狐巫女って素敵ね」 腕組みをしながら結奈が続ける。 狐神の女の姿になっている浩介。誰が選んだのかは知らないが、白衣と緋袴という巫女装束である。いわゆる狐巫女姿。非常によく似合っている。 「うー……」 肩を落として尻尾を垂らしている浩介。諦めの表情を見せていた。 ふと振り向くと、ホテルの廊下が消えている。 「それよりも、どうするんですか、あの二人」 飛影が右の翼を持ち上げた。 翼で示した先―― 一キロ以上離れた海の上で、慎一が戦っている。星明かりだけの夜の海だが、その姿ははっきりと見えた。相手は機械のドラゴン。智也が作ったものだろう。一秒おきに高く吹き上がる水柱。お互いに遠慮無く術と火器を撃ち合っている。 「放っておけばいいんじゃないか? 下手に手出すと、こっちが危ないだろ」 投げやりに浩介が提案した。呆れ顔で戦いを見ている。 慎一と智也の戦いは、近づくだけで巻添えになりそうな激しさだ。これが夢の世界で出来事だということもあり、どちらも周辺への影響を考えていないのが分かる。不用意に近づけば、それだけで終わりだろう。 「そうもいきません」 強い口調で、桜花が口を挟んだ。 「あの二人の私闘が終わるの待っていたら、わたくしたちが休む時間が無くなってしまいます。あなた方は眠っているのでしょうけど、わたくしと沙夜さんは起きてますからね。無理矢理終わらせたいのですけど、さすがにあそこまで暴れられると……」 と、ため息をつく。 ふと結奈が指を弾いた。何か閃いたらしい。 「ねえ、カルミア」 「? 何でしょう?」 振り向くカルミアに、結奈はにやりと笑った。 「つかぬ事を訊くけど、今のあなたってどこまで『大きく』なれる?」 轟音とともに、水面に突き刺さる砲弾。 吹き上がる海水に乗って飛び上がり、慎一は右手の刀を振り上げた。 刀身を二回りほどの大きさで包み込む、白い光の渦。旋刃法二ノ秘剣・旋刀。極限まで圧縮した旋刃を、刀を芯に展開する技だ。限開式に加えて猛毒の瘴気を纏っているため、その破壊力は想像を絶するものとなる。 「竜爪斬!」 ドラゴンが右手の大剣を振下ろした。剣身が白く輝いている。 慎一は水面を蹴って飛び上がり、刀を振り上げた。大剣を躱すことはできただろう。しかし、躱してしまっては面白くない。 「斬り裂けッ!」 輝く剛刃と旋刃の光刃が激突――大剣が切断された。 同時、慎一は開いた左手を正面へと突き出す。大剣の破片と水飛沫を吹き散らし、弾丸よりも速く旋刃の槍が伸びた。旋刃法一ノ秘技・一穿。ドラゴンの胸部――智也が搭乗しているコックピット目掛け、防御不能の槍が突き進む。 常人では知覚すらできない突きを、ドラゴンは驚異的な反射で回避してみせた。巨体の重さも動きにくさも、ここでは関係ない。思う通りに動ける。 遙か遠くの海面を貫く光の槍。その槍を構成している旋刃が、回転半径を跳ね上げた。一穿は初撃の突きを躱しても、次撃である旋刃の展開を躱さなければ意味がない。膨れ上がった旋刃の回転が、ドラゴンの右腕と胸の装甲を削り取る。 「やっぱり堅いな――」 唸りながら、慎一は左手で脇差の柄を握った。 右腕を失ったドラゴンが慎一へと向き直る。そこから一瞬で、右腕と斬られた大剣を再生させた。さらに、全身に搭載されたミサイルポットが展開する。 「そうでなくちゃ……!」 獰猛な笑みを浮かべつつ、慎一は足元に堅力を放った。水柱に堅力を流し込み一時的に固定、即席の足場とする。左手で抜き放った脇差の刀身から旋刀を展開した。両手に旋刀を構えた、必殺の二刀流である。 意識を焼く闘争に、背筋が粟立っていた。 神経を駆け抜ける雷。反射速度は極限まで高められていた。慎一は両目を見開き、自分に向けられた砲口や銃口を全て認識する。 「来い!」 「全弾発――」 ………。 唐突に動きが止まった。 同じく、慎一も動きを止める。 圧倒的な存在感が、思考を貫いていた。 「何だ?」 慎一と智也、二人同時に同じ台詞を口にしてから、同じ方向に向き直る。 そこに、カルミアがいた。 天を衝くほどの大きさで。 |