Index Top 第7話 臨海合宿 |
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第12章 ホテルの部屋にて |
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開け放たれた南向きの窓から、潮風が吹き込んでくる。 「疲れたー」 慎一は窓辺の椅子に座ったまま、窓の外に移る夕景を眺めていた。 八月の終わりにもなれば、五時前でも日は大分傾いている。夕日に照らされた海と浜辺。砂浜にはまだ人の姿もあった。ただ、風はまだ充分暑い。 浜辺近くのホテルの三階にある八畳の和室である。慢研では三部屋を借りていて、一部屋に智也とアルフレッド、一樹。一部屋に綾姫と結奈、凉子。最後の一部屋に、浩介と慎一が割り当てられていた。 「多分、俺が一番疲れてる」 畳の上に仰向けに倒れ込んだまま、浩介が呻いている。変化の術はそのままで、男の姿のままだった。その表情には深い疲れの色が見える。 「アタシは一回殺されかけた気がするけど……」 部屋の壁に寄りかかったリリルが、赤い前髪を手で払っていた。白い猫耳帽子とワンピースという格好。浩介の遣い魔ということで、この部屋に泊まることになっていた。結奈と凉子の誘いを断固拒否したのも理由のひとつだった。 「オレも沢山殴られた」 と、飛影。カラスの姿に戻って座布団の上に倒れている。 三人を順番に眺めてから、慎一は正面の椅子に座っているカルミアに目を向けた。竹を編んだ椅子の背もたれに腰掛け、海を見ながら両足を動かしている。 「ユイナさんとリョウコさんは、シンイチさんに思い切り斬られてましたけど。大丈夫でしょうか? 凄く血が出ていたような気がするんですけど……」 と、その様子を思い出したのか、カルミアは首を左右に振った。意識に浮かびかけた風景を振り散らすように。両手で銀色の杖を握り締める。人が斬られる様子を目の当たりにして平気な者はそう多くない。 慎一は他人事のように答えた。 「大丈夫だろ。結奈は頑丈だし、凉子は人間じゃないし」 八つ当たりを兼ねて、かなり本気で斬りつけてしまったが、急所は外しているので大丈夫だろう。逆式合成術の応急処置を施し、結奈が治療を行ったので、傷跡も残らず完治している。ただ、体力の消耗は大きいし、失った血を即座に補充はできない。 思い出したように飛影が口を開いた。 「あの……一樹さんでしたっけ? 鬼門寺さんやアルフレッドさんと一緒の部屋で大丈夫でしょうか? 一人だけキャラが薄いですけど」 「あー。あいつは大丈夫」 寝転がったまま、浩介は他人事のようにぱたぱたと手を振って見せた。 「あいつ見かけは大人しいけど、アク強いから。数学とギャンブルの鬼、とか。結奈が部長たち以外で積極的に仕掛けない人間ってあいつくらいだし」 「なら大丈夫ですね」 本気で納得したように、飛影が頷いている。結奈が積極的に仕掛けない、というだけで一樹の強さを理解したらしい。智也やアルフレッドと同じようなレベルというのが、果たして人間として褒められるものかは分からない。 「アルフと日暈を一緒にしないのは、殴り合いになったら部長だけじゃ止められないかららしい……。そんなことをさっき俺に愚痴ってた」 視線だけ慎一に向けながら、浩介が続ける。 「だろうな」 椅子の背もたれに重心を預け、慎一は苦笑いとともに肯定した。アルフレッドとはどうにも反りが合わない。言動がいちいち神経を逆撫でするのだ。加えて、相手に並外れた打たれ強さがあるため、考えるよりも早く手が出てしまう。 「それにしても、僕も無駄に消耗した……」 慎一は目の前の小さなテーブルに置かれていた茶菓子を取り、袋を開けて中身を口に入れる。口の中に広がる甘い味に、少し疲れが飛んだような気がした。 「そろそろお風呂の予定時間ですし、温泉に入ったら疲れ取れるんじゃないでしょうか? 塩化物泉って身体にいいと書いてありますよ」 カルミアがテーブルに置かれていたパンフレットを手で示した。 入浴は五時半から。海の見える露天風呂が、このホテルの名物らしい。地下深くから湧き出る塩化物泉。温泉水に塩分を含むものでる。若干の酸性も帯びているらしい。 「一応訊いておきたいんだが――」 リリルが口を開いた。畳の上にあぐらをかいたまま、浩介を見つめている。なにやら真剣な眼差し。慎重に言葉を選びながら、問いかけた。 「お前は男湯に入るつもりか? それとも女湯に入るつもりか?」 「あー。そういや、俺女湯入れるんだっけな」 浩介がぽんと手を打つ。 その言葉に、一斉に視線が向けられた。慎一の焦げ茶の瞳、カルミアの緑色の瞳、飛影の黒い瞳、リリルの金色の瞳。不審者を見るような眼差しで。 「いや、入らんから……」 身体を起こし、両腕と首を振って否定の意を示す。 「ま、今いる客はアタシら除くとどっかの会社の社員旅行だけっぽいし、若い女は期待できないよ。それとも、リョーコとかユイナいる所に突入するか?」 にやにや笑いとともに、リリルが告げた。 顔を強張らせ、浩介は言い切った。 「絶対に嫌だ」 ふっとその表情を緩め、自分の手を見つめた。 「でも、このまま男湯入るにしても、何かやってきそうだよな、あいつら……。結奈は蟲使えるし、俺の変化の術ってあっさり解かれちゃうし」 「……解術対策取ってないのか?」 浩介の言葉が気になり、慎一は尋ねた。元々術が使えない人間に合わせて変化の術が作られているため、浩介の変化は非常に単純で脆い。そのため、簡単な解除系の術で変化が解けてしまう。普通ならここで保護術を使うのだが。 「何それ?」 案の上の返事。 ため息をつくこともなく、慎一は両手を持ち上げ、印を結んだ。鉄、壁、鎖の印。霊力を多めに練り込み、術を作り上げる。保護の術。右手を浩介に向け、 「印」 霊力に胸を撃ち抜かれ、浩介がひっくり返った。慌てて身体を起こし、身体を両手で撫で回す。ケガをしたかもと思ったらしい。術式を身体に撃ち込まれる軽い衝撃はあったはずだが、傷ができるほどではない。 「何した?」 「保護の術かけただけだよ。これで中級の解除術までは防げると思う。リリルに言えば、それくらいの保護魔法掛けて貰えると思うんだけど」 と、慎一はリリルを目で示す。 魔力の大半を奪われて子供化しているとはいえ、保護系の魔法は充分使えるだろう。魔力総量は激減しているが、制御力や構成力はある程度残っているはずである。 「使えって一度も言われなかったからな」 頭の後ろで両手を組んで、リリルは素知らぬ顔で答えた。必要と分かっていて黙っていたらしい。浩介の額に小さく怒りの印が浮かんでいるが、無視している。 黒い鞭のような尻尾を動かしながら、部屋の入り口を指差した。 「アタシはそこの風呂借りるよ」 部屋に付いている個室風呂だった。夜中などに温泉が使えない時に使うものだろう。小さな風呂で、一応温泉も出る。普通のお湯も出るようだった。 「アタシだって、あいつらと一緒に風呂入るのはイヤだからな。何されるか分からんし」 「わたしも一緒に入っていいでしょうか? あっちのお風呂は大きすぎてわたしには入れませんし、シンイチさんについて行くわけにもいきませんし」 カルミアが自分の手を見つめてから、リリルを見つめた。 リリルは数秒迷うような仕草を見せてから、 「別に構わんぞ。お前はどうするんだ?」 と飛影を見る。 飛影は両翼を広げ、 「オレはこっちにいますよ。酸性の塩化物温泉じゃ、錆びますからね」 「じゃ、そういうことで」 慎一は椅子から立ち上がった。 |