Index Top 第7話 臨海合宿 |
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第11章 海水浴が終わって |
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「成功?」 その台詞と口調に、浩介は違和感を覚える。 慎一が浩介に向ける眼差しもおかしなものだった。眉根を寄せながら目蓋を半分下ろしている。変なものを見るような、そんな眼差し。 カルミアが恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、緑色の瞳で浩介を見つめていた。 「コウスケさん……いつの間にそんな服着たんですか?」 「え?」 その言葉の意味が分からず、自分の身体を見下ろす。 言葉を失った。 さきほどまで着ていた私服は細切れになって辺りに落ちていた。 その代りに身体を包むのは、黒いハイレグレオタードと赤い蝶ネクタイ、両腕のカフス。両足は黒いタイツに包まれ、黒いハイヒールを履いていた。結奈が用意していたバニーガール衣装である。無論、着た記憶はない。 浩介は何となく両手で胸元を隠し、太股をすりあわせた。黒タイツが両足をぴっちりと包む感触が気持ち悪い。 一際強い風が吹き、千切れた服の破片が舞う。 「何で? 何故?」 理由が分からず、慎一に問いかけた。顔が赤いのが自分でも分かる。 浩介自身はかなり扇情的な格好をしているのだが、慎一はそれに反応する気配すら無かった。日暈家の人間は血筋的に闘争本能が強い反動で、性欲が弱いらしい。もっとも、イヤらしい目付きで見られても、それはそれで困る。 面倒臭そうな目付きで浩介を見つめてから、慎一は再びため息をついた。 「多分、その衣装を細切れにして蟲に混ぜてあったんだよ。それで、さっきの蟲で元々着てた服切り刻んで、裸の身体に被せるように術で衣装を修復。即興とはいえ、よく実行できたものだな。さすがだよ」 冷静に分析している。感心するようなことではないが、その技量は確かに凄いと呼べるだろう。だが、使い道は完全に間違っている。 「それより、ちゃんと治療してやらないと。結奈は大丈夫だろうけど、凉子は結構本気で斬っちゃったし、放っておくと危ないな」 慎一は足下に倒れた結奈を見つめた。 リリルとの戦闘の傷に加えて、慎一に食らったダメージもある。口と鼻から血を流し、左腕と太股からも血を流している。太股は筋肉が切断されているだろう。まさに血塗れという有様だ。だが、この程度は平気らしい。守護十家の人間は頑丈なのだろう。 結奈を無造作に肩に担ぎ上げ、気絶した飛影を拾い、慎一は岩場を歩きながら砂浜に倒れた凉子の元に向かった。結奈から流れ出た血の滴が、岩場に落ちる。 ふらふらと尻尾を動かしながら、浩介は問いかけた。 「なあ、俺はどうすればいいんだ?」 この状態では男の姿に戻ることもできない。術補助の腕輪は足元に落ちているので、変化することはできる。だが、バニーガール姿の男は控えめに表現しても変質者だ。 慎一は足を止めて振り返ってくると、 「着てた服は細切れにされてるし、半分くらい風に飛ばされてるから術で直すのはちょっと無理だ。更衣室まで歩いていって着替えてくるしかないんじゃないかな?」 「この格好でか?」 浩介は自分のバニーガール衣装を指差した。狐耳と尻尾がぴんと立つ。 更衣室は浜辺の中央に作られたマリンハウスの中にあった。そこまでは約五百メートル。浜辺を歩くことになるので、着くまでには何人もの人間とすれ違うだろう。人のいる砂浜をバニーガール姿で歩く。羞恥プレイ以外の何物でもない。 「コウスケさん、大丈夫です」 視線を動かすと、カルミアの姿があった。両手を胸元で握りしめ、快活な笑顔を見せている。しかし、自然なものではなく、無理に笑っているのは明らかだった。 「その格好、とっても似合ってますから。狐耳も尻尾も服装と合っていますし、身体のラインを強調する衣装も大人の色気たっぷりですよ。みんなの目線釘付けです!」 「フォローになってない……」 空笑いとともに、浩介は肩を落とす。尻尾と狐耳が力なく垂れた。 「あぅ、すみません……」 カルミアが困ったように視線を彷徨わせている。 「一応言っておくと――」 慎一の声が聞こえた。 砂浜の方に移動し、凉子の身体を仰向けにしている。腕や身体、足から派手に出血していて、どう見ても重傷だった。傍らには結奈と飛影、リリルが置かれている。 慎一の指から伸びた細い糸が、凉子の創傷を縫い合わせていた。 カルミアを見ると、思い切り明後日の方向に視線を向けてている。血を見ないためらしい。表情を硬くして、両手で杖を握り締めていた。 「狐神の姿なら普通の人には見えないから、多分大丈夫だろ。さっきから見てるけど、術師や妖怪とか神の姿は無かったから、急いで行けば誰にも気づかれないと思う」 「俺の代わりに着替え持ってきてくれない……?」 尻尾を動かしながら、愛想笑いとともに頼んでみる。拝むように両手を合わせた。 「んー?」 生返事とともに、慎一は右手を持ち上げる。凉子の傷の縫合は終わったらしい。術で作り出した水で傷口の血を洗い流すと、傷口は塞がっていた。高度な治療術なのだろう。 両手で印を結びながら凉子と結奈を示し、 「二人の治療終わった後ならいいけど」 「行ってきます――!」 即答するなり、浩介は岩場を蹴った。 治療が終わった後ということは、当然二人は目を覚ましている。慎一が服を取りに行っている間は、復活した結奈と凉子と一緒に取り残されるのだ。どう好意的に考えても碌なことにはならないと断言できる。 ハイヒールのままぎこちなく岩場を飛び越え、砂浜に着地。 よたよたと何歩か走ってから。 「ほあっ!」 ヒールを砂に取られ、両腕を広げたまま砂浜に突っ伏す。胸元の隙間から、レオタードの中に砂が入ってくるのが分かった。ぴんと伸びていた尻尾がへなりと倒れる。 「大丈夫ですか、コウスケさん……」 「ハイヒールは脱いだ方がいいぞ」 「………」 背後から掛けられる二人の声に、浩介は無言の答えを返した。 「ふあぁ……」 一樹は欠伸とともに目を覚ました。右手を一振りしてから、目を擦る。 ビーチパラソルの向こうに青い空が見えた。昼間の明るさは少し和らいでいる。太陽の位置から考えると、午後四時過ぎだろう。 身体を起こし、うっすらと日焼けした肌を眺めてから、一樹は身体を左右に捻る。ぽきぽきと骨が鳴った。随分と長い時間眠っていたらしい。 「よう、起きたか」 声の方に顔を向けると、浩介が座っていた。クーラーボックスを開けてから、ペットボトル入りの麦茶を取り出し、それを差し出してくる。 「あれ、着替えたの?」 麦茶を受け取ってから眼鏡を掛け、一樹は浩介を眺めた。服装が変わっている。 「びしょ濡れになったから、更衣室で着替えてきたんだよ」 苦笑いをしながら、そう答えてくる浩介。何かあったらしい。それを訊く必要は無いだろう。言いたくないという感情が伝わってくる。 パンパンと手拍子の音。 「さて、一樹も起きた所だし、撤収始めようか」 そう声を上げたのは智也だった。 「?」 こめかみに大きめの絆創膏が貼ってある。 傍らにいるアルフレッドを見ると、身体中に薄い痣が作られ、頬に湿布が貼ってあった。視線を動かし綾姫を見ると、唇に真新しい傷ができている。歯で切った程度の傷なので、放っておけば治るだろう。何にしろ、部長たちがケガをしていた。 「何だ?」 訳が分からず、自問する。 綾姫と一緒に砂像を造ろうとしていたら、結奈がやって来て綾姫に耳打ちした。そして、砂像作りは中止と言い切り、どこかに言ってしまった。一樹はやることもないので、シートに戻って寝ころんでいた。気づかないうちに寝てしまったようだが。 考えてみると、シートに戻った時、絵を描いていた浩介もいなかったと思う。 「木野崎と凉子さんは?」 二人は砂浜に座ってお互いに何か喋っていた。会話の内容までは見て取れない。ただ、傷などは無いものの、二人とも心持ちやつれているように見える。 ビーチパラソルの影が消えた。 慎一がパラソルを抜いて畳んでいる。慎一だけはあまり変わっていないが、やはりどこか疲れた雰囲気が見て取れる。体力的に出はなく、精神的に。 参加者を一通り眺めてから、数秒ほど思考を空回りさせる。単純に考えると、全員で慎一と乱闘でもしていたようだが、それは無いだろう。 「何があったんだ?」 「頼むから訊かないで……」 一樹の問いに、浩介は沈痛な面持ちで首を左右に振った。 |