Index Top 第7話 臨海合宿 |
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第10章 作戦終了? |
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ブンッ――! 風切り音を奏でながら、スコップが一閃する。 慎一は上体反らしでスコップを避け、右足を振り上げる。だが、その中段蹴りは広げられた白い日傘に防がれていた。常識的に考えて防げるようなものでないが、力の流れを読まれているのか、きれいに受け流されてしまう。 「もう訳分らん……」 左手に日傘を、右手に折畳みスコップを構えた綾姫。スコップと傘を使った攻防術らしいが、並の格闘技よりも強いだろう。理解の範囲外のことだが。 体勢を立て直しつつ、慎一は素早く後ろに後退する。 眼前を右から左へと貫く木刀。それを握っているのは智也だった。基本に忠実な剣道の構えからの突き。ただ、剣道における反則技もある程度会得しているようだった。 突きから横に振り抜かれる木刀を、慎一はさらに後退して躱す。 「ビック・パァンチッ!」 視線を左に移すと、アルフレッドの右拳があった。指に嵌められた鉄製のナックルダスター。メリケンサックとも呼ばれる打撃強化武器である。異様な筋力から繰り出される、鋼鉄製の右ストレート。常人が受けたら痛いという程度では済まない。 だが、慎一は避けなかった。 ゴッ! 鈍い音とともに頬に拳を受け、転倒する。何度か転がってから立ち上がった。顎の辺りが痛むが骨や歯に異常はない。頑丈さにはかなりの自信があった。 「ハッーハハー。ガードもせずにボクのナックル食らって、平然と起き上がるなんテ。キミは頑丈だネー。さーすが、日本武術のMystery」 左手で軽く拳を空打ちしながら、アルフレッドが驚く。 その右側には木刀を持った智也、左側にはスコップと傘を持った綾姫が立っていた。 何故こんな状況に陥っているのか自分でも分らない。浜辺を歩いていたら、三人に捕まり森の方まで引っ張られていき、いきなり決闘を申し込まれた。 慎一は眉間に人差し指を当てた。自問するように呻く。 「何でこんなことになってるんだろ?」 「面白いことするから慎一を足止めしてくれって、結奈から頼まれてね」 木刀を正眼に構えながら、智也が真正直に答える。隠す気はないらしい。隠すも何も想定内のことであり、むしろ他の答えを返された方が驚きだった。 綾姫がスコップを持ち上げ、微笑む。長い黒髪が潮風になびいていた。 「私たちもよく分らないんだけど、日暈くんを足止めするといったらこの方法が一番だから。あなたは頑丈だから、私たち三人相手でも大丈夫でしょ?」 「可愛いキツネっ娘のコスプレ写真くれるって言ってたからナ。断る理由はないゼ!」 両拳を持ち上げ、アルフレッドが豪快に笑っていた。 視界の端で炎が上がる。リリルの魔法。リリルと飛影とカルミアが助けに向かっているので、時間稼ぎはできるだろう。ただ、時間稼ぎにしかならないとも言えた。 慎一は下ろしていた両手を少し持ち上げる。三人を順番に見つめ、 「僕は子供の頃から戦闘技術を叩き込まれています。だから、素人相手に技は使わないし可能な限り防御も回避もしない。それが、ケンカにおける自分ルールです。でも、さすがに三人相手に手抜きは危険なので、少し本気を出します」 言い終わった時には、慎一は飛び上がっていた。標的は綾姫。足音もなく接近し、躊躇無く顔面への跳び蹴りを放つ。今までとは全く違う動きだ。 綾姫は細目を開き、スコップを振り上げる。防御の構え。 慎一は無視して右足を振り抜いた。スコップがへし折れ、足の甲が綾姫の顔面にめり込む。手加減しているとはいえ、人一人倒すのには十分な威力だった。 三メートルほど宙を舞って、仰向けに倒れる綾姫。折れたスコップと傘が、遅れて地面に落ちる。一瞬で意識を刈り取られてしまい、それきり動かない。 地面に着地し、自然体の構えとともに、アルフレッドと智也を見つめる。 「スポーツチャンバラのエアーソフト剣を、剣道の竹刀に持ち替えた程度ですけど――。ケンカ売ってきたのはそっちなので、文句は言わないで下さい」 「Oh my God……」 「やれやれだなぁ」 顔を引きつらせて冷や汗を流す二人に、構わず慎一は打ち掛かった。 「何とか全部斬れましたね……」 浩介の右手に握られた羽根のナイフを見つめ、カルミアが肩の力を抜く。 身体を拘束していた蟲の紐は全て斬られていた。以前飛影のクナイでリリルを縛っていた蟲紐を斬っていたのを思い出す。あれと同じ理屈なのだろう。カルミアが右腕を動かせるように斬ってからは、残りは浩介が自分で斬った。 「助かった。ありがとう」 浩介はその場に立ち上がり礼を言う。足下には崩れた蟲が落ちていた。拘束は完全に解かれ、法力も普通に練り込むことができる。これならば何とか逃げられるだろう。 二度ほど深く呼吸をしてから、カルミアは微笑んだ。 「どういたしまして。それよりも今の内に逃げましょう」 「分かった」 頷いて走り出そうとして。 「残念だけど、逃がさないわよ……」 蟲が浩介の両足を下の岩場へと貼り付けていた。 振り向くと、結奈が立っている。あちこちに切り傷や火傷があり、水着も所々破けている上に、左腕の上腕から血を流していた。指先から足元の水溜まりに落ちていく赤い血。ダメージも大きく呼吸も乱れているが、案外元気そうである。 「ざっと四分半。五分以内に倒すって約束は守ったわ。手こずったけどね」 左手の血を嘗めながら、妖しく笑って見せた。 砂浜に倒れたリリル。魔力を使い果たしたのか子供の姿に戻っていた。近くに緋色の魔剣が刺さっている。意識も無いようだった。もう戦うのは無理だろう。 「こっちも何とか終わったよ。さすが刃物の憑喪神。凄く硬かった」 続けて凉子が浩介に向き直る。傍らには、カラスに戻って気絶している飛影。 凉子自身は無傷だが、刀はボロボロに刃毀れしていた。力任せに殴り倒したらしい。 結奈はカルミアを見つめ、右手でヒビ割れた眼鏡を直した。 「慎一にはカルミアがいたのよね。小さいから戦力外として見てたけど、あたしの考えが甘かったわ。それに、飛影の羽根……。性質上、蟲を斬るのには最適かしら? もう少し手間取ったら、浩介には逃げられてたわね……」 「マズいですよ。わたし一人でコウスケさんを助けるのは無理ですよ」 両手で銀色の杖を握りしめ、カルミアが泣きそうな顔で言ってくる。浩介に小さな妖精の女の子一人が加わった所で、結奈と凉子を相手にするのは不可能だった。 浩介は唾を飲み込み、ヤケ気味に叫ぶ。 「ああ、チクショウ! 俺も男だ。こうなったら、腹括ってやる。バニーガールでもレオタードでもスクール水着でも、何でも着てやる!」 「その必要はない。遅くなってすまん」 静かな声に、その場にいた全員の視線が集中する。 岩場と砂浜の境目辺りに佇む慎一。右手に櫂木刀を持ったまま、疲れ切った眼差しでその場の全員を眺めていた。木刀の切先から鍔元に奔る白い光。術式は読めないが、恐ろしく物騒なものというのは本能的に理解できる。 「まったく何をするかと思えば……。予想はしてたけど、予想通りのこと実行されると頭が痛いとしか言いようないよ。もう子供じゃないんだから、少しは自制しろ」 「結奈、あとお願い!」 そう言い残し、凉子が飛び出した。勝ち目が無いと分かった上での特攻。両手に持った刀の柄を打ち合わせる。途端、全身から凄まじい量の法力が溢れ出した。 「限開式か。無謀なことを」 「最大必殺・夢幻三十刀――!」 凉子の持つ刀が分裂する。その数は文字通り三十ほど。物質の分身というものだろう。大量の刀に、膨大な法力で一気に強化の術を掛け、慎一へと斬り掛かる。 「三十刀乱舞・八重桜!」 白刃と木刀が閃き―― 凉子が宙を舞った。へし折られた三本の刀。全身から血を吹き出しながら、砕けた刀の破片とともに凉子が砂浜に落ちる。慎一も手加減する気は無いようだった。 岩を打ち砕く十本の黒い杭。結奈の放った蟲。 だが、慎一は蟲を躱し、斬り捨てながら、結奈へと接近している。足音も立てず、目にも留らぬ高速移動。接近戦の技術では、どう考えても慎一に分があった。加えて、結奈にはリリル戦のダメージが残っている。 追い詰められた表情のまま、結奈は両手で印を結び、両腕を突き出した。 「蟲硬壁!」 目の前に作られる巨大な黒い壁。蟲を固めた防壁らしい。壁を構成する蟲に込められた膨大な霊力と複雑な術式が見て取れる。それでも力不足なのだろう。 事実、慎一が横薙ぎに振った木刀が、難なく壁を両断した。壁が横一文字に裂け、弾け散る。さらに剣気の刃が伸び、飛び退いた結奈の両太股を斬っていた。切断面から崩れるように、黒い蟲が灰色に変わって散っていく。 だが、それでも微かな時間が作られた。 結奈が浩介に右手を向け、にやりと笑う。 「コウスケさん、危ない――!」 瞬間、足下に集まっていた蟲が弾けた。全身を襲う鈍い衝撃に、浩介は思わず目を閉じ両腕で顔を庇う。何が起ったのかは分からない。だが、何かされた。 目を開けると、勝ち誇った表情の結奈が見えた。満面の笑み。 その一瞬後、白光の刃の消えた木刀が顔面に叩き付けられる。頭上から唐竹の一撃。剣気によって強化された豪打に顔面が歪み、後頭部から岩場へと激突した。鈍く重い衝撃音が響き、岩に亀裂が入る。身体が一度だけ痙攣した。 慎一が数歩飛び退き、残心とともに結奈を見つめる。鼻と口から血を流し、白目を剥いて気絶していた。割れた眼鏡が近くに落ちている。ここから復活は無いだろう。 「企みは成功ってところかな?」 浩介を見つめ、慎一は呆れたようにため息をついた。 |