Index Top 第7話 臨海合宿 |
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第9章 作戦開始 |
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俺は何故こんなことになっているのだろう? 浩介は諦めにも似た気持ちの中、そんなことを考えていた。既に変化の術は外され、狐の姿のまま、黒い砂鉄のような蟲に両手両足を拘束されている。 「――と言うわけで捕獲完了!」 目の前で仁王立ちした結奈が笑っていた。水着の上に薄緑色のパーカーを着込み、紙袋を足元に置いている。 その隣には猫耳と尻尾とヒゲを出した凉子が立っていた。水着の上に白いパーカーを羽織り、パレオの上から腰に巻かれたベルトに三本の刀を差している。ただ、いつもの乖霊刃では無いらしい。嬉しそうに口元が緩み、尻尾が左右に動いていた。 「にゃははぁ。覚悟してね、浩介くん」 「何でこうあっさり捕まるんだよ……」 泣きたい気持ちで、浩介はそう尋ねてみた。浜辺で絵を描いていたら、一瞬意識が飛んで、気がつくと結奈に担がれ、浜辺の端っこにある岩場に拉致されている。 波が岩にぶつかる音と、潮の香り。強い潮風に狐色の髪がなびいていた。 「あたしたちの作戦勝ちよ」 自信たっぷりに、結奈が即答する。何かしら慎一の目を欺くか、足止めする手段があるのだろう。その手段は、浩介の想像の外だった。 人差し指を立て、凉子が続ける。左手で風に揺れる髪の毛を押さえながら、 「慎一さんさえ何とかすれば、後はわたしたちでどうにでも出来るからね。部長さんたちに慎一さんの足止めお願いしてあるんだ」 「あの三人組がぁ……」 首を左右に振って、浩介は嘆いた。狐色の髪が揺れ、力なく尻尾が落ちる。頭を抱えたいが蟲の手枷に繋がれた両腕は動かない。確かに慎一を捕まえておくには、あの三人は最適だった。面白そうなことがあれば迷わず乗るだろう。 「お前ら、俺になにする気だ?」 半ば答えは分っていた。だが、訊かずにはいられない。 結奈はおもむろに紙袋に手を入れて、 「着せ替え♪」 満面の笑みで取り出したのは、女物の水着だった。 見たままを言うなら白い紐。肩から股間まで前後ろにV字の細い生地だけで作られた水着。いや、水着と呼べるかどうかすら怪しい布切れ。身に付けても、ほとんど全裸と変わらない。名称はスリングショットだったと思う。 プチッ。 頭の中で何かが切れた。 「おおおおりゃああああ!」 咆哮とともに、浩介は両目を見開いた。結奈が持つ水着を凝視し、ありったけの法力を絞り出し、狐火として撃ち出す。その瞬間、青い炎が水着を呑み込んだ。 「あちッ!」 水着から手を離し、慌てて後退する結奈。炎に呑まれた水着が燃えていく。 だが、浩介の意識は手足の拘束に向けられていた。再び狐火を放ち、手枷と足枷に固まっている蟲を包む。手足を焼くことなく、蟲だけに狐火のダメージが染み込んだ。それで、拘束が外れることはないが、強度は弱まるはず。 「うぐああああ!」 クッキーでも砕くような軽い音とともに、蟲の拘束が外れた。 浩介はその場に跳ね起き、地面を蹴る。三十六計逃げるにしかず。脳裏に弾けた言葉に従い、二人に背を向け全力で走り出した。岩を飛び越え、砂浜の方へと。 「凉子、捕獲!」 「ラジャー!」 「負ける、くああああ!」 浩介は振り向きざまに右足を蹴り上げる。視界には入っていなかったが、何故か凉子の動きが手に取るように把握できていた。狐色と髪と尻尾が翻る。 飛びかかってきた凉子の喉下に、足刀がめり込んだ。きれいに決まったカウンター。凉子にとっても予想外の反撃だったらしく、あっさりとひっくり返る。岩場に倒れたようだが、ケガはしないだろう。 浩介はすぐさま体勢を直し、再び走り出した。 背後から聞こえてくる結奈の声。 「あらら、さすがに危機過ぎてリミッター外れちゃったみたいね。嫌ボーンの法則とかいったかしら。危機で能力覚醒って漫画の黄金パターン。でも、残念ね。蟲紐縛り」 岩を飛び越え、砂浜に逃げだそうとした浩介に黒い紐が巻き付いた。まるで触手のように滑らかに、だが反応できない速度で身体を縛り上げる。 「なっ」 再び狐火を放とうとしたが、狐火を作り出す前に法力が消失した。紐を構成している蟲に法力が食われている。結奈はそういう蟲を使うと慎一が言っていた。 そう考えた時には元の場所に引き戻されている。 目の前に立ったまま結奈が見下ろしてきた。感心の表情で、 「あんたの頑張りは評価するわ。でも、あたしだってまがりなりにも守護十家の一員。あんたとは格が違うのよ。黒鬼蟲は練った法力をすぐに食べちゃうから、未熟者のあんたじゃ術の使用は無理ね。諦めなさい。というわけで、ネクストコスチュ〜ム!」 高々と宣言するなり紙袋から取り出したのは、黒いハイレグレオタードと赤い蝶ネクタイ、両腕に着けるカフス、黒いタイツ、ハイヒール。いわゆる、バニーガール衣装だった。ウサギ耳カチューシャが無いのは、狐耳があるからだろう。 「さっきの水着といい、その衣装といい、どこから持ってくるんだよ……」 両目から涙を流しながら、浩介は呻いた。さきほどの危ない水着も、バニーガール衣装も、簡単には手に入らないものである。 「買ってきたのよ。高かったけど」 結奈の答えは非常にあっさりしていた。そうそう売ってるものではないが、探せば見つかるだろう。ただ、値段も張るだろうし、浩介に着せる以外に使い道はない。もっとも、面白そうという理由は、結奈にとって十分な行動理由だった。 「うあー。誰か助けて……」 泣きたい気分で――実際に泣きながら嘆く。この状態では狐火で燃やすこともできない。覚悟か諦めか、もしくは両方か、とにかく腹をくくらないといけないらしい。 「さあ、凉子。脱がせるのはあなたの役割よ」 視線を転じると、凉子が歩いてきた。喉元を手で撫でてはいるが、思いの外ダメージは少ないようだった。浩介の蹴りでは、決定打になるほどの破壊力はない。 「浩介くん、じっとしててね」 猫耳と尻尾を動かしながら、猫目をきらきらと輝かせる凉子。頬を赤く染めたまま、怪しく息を乱していた。状況によっては不審者だろう。わきわきと指をうごめかせながら、両手を伸ばしてくる。 「だああああああ!」 大声で悲鳴を上げるが、どうにもならない。身体を動かそうにもがっちりと蟲が拘束していて、芋虫のようにのたうつことしかできなかった。狐火を作ろうにも、法力自体作れない。まさに絶体絶命の危機。 だが、浩介の上着に触れた所で、凉子の表情が真顔に戻る。 「蟲が邪魔で服脱がせられない……」 「あ。しまった」 小声で呟く結奈。 脈絡無く、後ろへと跳んだ。 ガツッ、と遠くで何かのぶつかる音。多分石だろう。 「あららー、思いの外早かったわね」 結奈が視線を動かす。 泣きたいほどの喜びとともに、浩介もそちらへと顔を向けた。 砂浜と岩場の境目の岩に立っているリリル。水着姿ではなく、白いワンピースと白い猫帽子という普段の格好である。そして、魔力を補充した大人の姿だった。右手には剣身の赤く染まった緋色の魔剣を持ち、背中からは翼を広げている。完全な戦闘態勢。 「ちょっと着替えに手間取ったけど、ちゃんと助けに来てやったぞ。約束通りでっかいデコレーションケーキ食わせろよ?」 「何で悠長に着替えるんだよ!」 リリルの台詞に浩介は叫び返した。 リリルは剣で肩を叩きながら、口を尖らせる。尻尾が左右に動いていた。 「助けに来てやったんだから、いちいち文句言うな。あの水着着たまま大人の姿になったら、水着千切れるだろ。誰がそんな漫画みたいなお色気シーンやるか。……って、全員揃って見てみたいって顔するな!」 剣の切先で浩介を含めた三人を示しながら、大声を上げる。 こほんと咳払いをしてから、結奈が歩き出した。さきほどまでにない、淡い緊張が見て取れる。注意はリリルに集中しているようだった。 持っていたバニー衣装は、紙袋に戻して浩介の近くに置いてある。 両腕から黒い砂のような蟲が湧き出し、身体の周囲を漂い始めた。 「凉子……浩介のことは頼んだわよ。あの悪魔っ娘、変身もできたのね。見た感じ、この状態だと凉子じゃさすがに無理だから、あたしが直々に相手してあげるわ。五分で片付けるから、その間に着替えすませちゃってね?」 「五分でアタシを倒す――? 言ってくれるな、陰険腐女子」 剣を手元に引き戻し、リリルが凶暴な笑みを見せた。剣を握る手に力が入る。元々強さにはかなり自信があると言っていた。子供の身体ならともかく、大人の身体で五分で倒すと言われるのは気にくわないだろう。 「凉子、上――」 結奈の言葉に凉子と浩介は真上を見た。 影が降ってくる。 黒い着物姿で両肩に羽根飾りを付けた少年。人間姿の飛影だった。縛った黒い髪を尾のように引きながら、頭から凉子へと落下してくる。右腕を引き絞り、 キィン! 突き出された飛影の開手を、凉子の刀二本が頭上で受け止める。普段使っている乖霊刃と同じ形のもの。刃はやや分厚く、形状としては鉈だった。対する飛影の右手の指は、刃物状に変化している。カラスのまま上空に移動し、人型になって落下したのだろう。 尻尾の刀の一突きが、飛影の背中に突き刺さった。 普通ならば胸を串刺しにされるのだが、硬い音を立てて弾き飛ばされただけ。刃物の憑喪神だけあり、身体は鋼鉄のように硬い。 空中で身を翻し、着地する飛影。身体を前に屈め、刃物化した両手を構える。肉食獣が飛びかかるような体勢だった。見かけは子供だが、大人以上の迫力である。 「見ての通り足止めを頼まれました。凉子さん、覚悟して下さい」 「やっぱりスパスパの実だよね、それ……。でも、術強化できるから簡単には斬れそうにないけど。私も物の呼吸読めるようになった方がいいかも。うーん。慎一さんの方が一枚上手だったかな?」 一通り呟いてから、凉子が飛び出した。同じく飛影も走り、貫き手を突き出す。ぶつかり合う刃物と刃物。舞う三本の刀と、全身を刃物にして攻防を行う飛影。 結奈とリリルも激戦を繰り広げていた。炎が舞い、蟲が散る。 「どうしよう、俺?」 その状況に取り残された浩介。 そして―― 「……コウスケさん。助けに来ました。静かにしてて下さい」 無言のまま視線を動かした先には、カルミアが浮かんでいる。赤いリボンの付いた銀色の杖を背中に背負い、片側が刃物になった黒い羽根を右手に持っていた。 |