Index Top 第5話 X - Chenge

第6章 フラグ立つ


「えっと」
 飛影が呻く。
「目が合ったって……」
「うん。慎一はあたしたちが後つけてることに気づいているわ。さっきぐるっと周り見回した時、しっかり目が合った。バレてない理由も思いつかないけど。あいつは気づいていない振りしてるし、追跡は続行」
 飛影は無言で首を左右に振った。この状態でどこかに遊びに行っても、やることがない。追跡を続けるか二人の前に出て行くか、どちらかしかないだろう。
 結奈は帽子を直してから、尋ねた。
「ねえ、飛影。あんたはあの二人見て、どう思う?」
「どう思うって言われても――」
 飛影は右の翼で頭を撫でる。頭をかくように。
 書店に入っていく慎一とカルミア。
「仲良さそうだね」
「そうね、仲良いわよねー。でも、仲の良い兄妹みたいで……もしくは先輩と後輩みたいで見ててつまんないわ。まー、慎一の方は『恋愛って喰えるのか?』って家系だし、カルミアも精神年齢が小学生高学年くらいだから、こうなることは分かってたけどね。でも、予想通り過ぎて――」
 棒読みに愚痴ってみる。
 普段の慎一とカルミアを見ていれば、この様子は予想出来た。二人はお互いを友人として見ているが、異性として見ていない。何か面白いことが起こることを期待していたのだが、悪い意味で予想が当たってしまった。
「オレに言われても……」
 困る飛影。
「でも、何か意外なイベントあるかもしれないし――」
 そこまで言って口を閉じる。
 書店の駐車場に車が止まった。高級品でもない、ごく普通セダン。しかし、そのナンバーは知っていた。そして、車から降りてきた男を見て確信する。
「意外なイベントフラグ発生……」
 我知らずそんな言葉が漏れた。
 その口調に、飛影が訝る
「何かあった?」
「部長……」
 結奈は短く答えた。


「シンイチさん、シンイチさん」
 カルミアが小声で袖を引っ張る。
 書店の隅にある科学書のコーナー、金属加工関系の専門書を選んでいる時だった。装飾品店で買った材料は小脇に抱えている。
「どうした?」
「あの人――」
 慎一の陰に隠れながら、カルミアは書店の入り口を指差した。何かに怯えているような態度。この周囲に危険になるような存在は見かけられない。
「……ん?」
 自動ドアが開き、一人の青年が入ってくる。
 見覚えのある容姿に、慎一は思わず呟いていた。
「鬼門寺さん?」
 二十代前半の凛々しい青年。長身とすらりとした無駄のない体躯。きれいな黒髪と縁のない眼鏡。比の付け所のない整った顔立ち。薄い水色のカジュアルシャツとグレーのスラックスを爽やかに着こなしている。絵に描いたような好青年。
 世間一般で言われるオタクとは間逆の容姿を持つこの男。漫画研究会部長であり、二十三歳の大学院生。鬼門寺智也。名門鬼門寺家の三男である。
「わたしも何だかよく分からないんですけど、逃げましょう。ユイナさんの身体が全力で危険信号発してます。危ないです」
「確かに――」
 真面目で誠実で正直者。一位の成績で大学に入り、四年連続学年主席という天才的な能力を持ちながら、それを鼻に掛けることもない。容姿も能力も性格も、完璧と呼べるほどである。だが、奇人揃いの大学の中でも一番と呼ばれる人物でもある。
「逃げる時は自然にしてろ。おどおどしてると目立って逆効果だ。もし見つかったら……見つかるだろうな。結奈の振りをしてもボロが出るのは確実だ。だから、結奈の従姉妹ということにしろ。名前は美亞。あとは僕が何とかする」
 慎一は励ますようにカルミアの肩を叩いた。
 泣きそうなカルミアの腕を掴み、歩き出す。
「おう。慎一じゃないか」
 狙ったかのように声をかけられ、慎一は視線を移した。
 すぐ近くに智也が立っている。足音も気配もない。当たり前のように、そこにいた。神出鬼没能力は標準装備である。この時点でただ者ではない。
 慎一は慌てることなく挨拶した。
「鬼門寺さん。お久しぶりです」
「あと、結奈も……と」
 慎一の真横で硬直しているカルミアを見つめてから、首を傾げる。
「その子、結奈じゃないよな。よく似てるけど、親戚か?」
「えと、ユイナさんの従姉妹の美亞と言います。はじめまして」
 ぎくしゃくと一礼しながら、カルミアが挨拶した。緊張していてどこか芝居っぽいが、大丈夫だろう。少なくとも結奈には見えない。
「みあ? ぼくは鬼門寺智也だ。よろしく」
 智也は笑顔で自己紹介をする。結奈であるとは思わなかったらしい。
 それから小首を傾げて、慎一を見る。
「ところで、何で慎一と一緒にいるんだ? お前と結奈なら何となく分かるんだけど、なんで従姉妹と一緒にいるんだよ。浮気はよくないぞ」
「家庭の事情ですよ」
 慎一はめんどくさげに答えた。演技だが。
「僕の実家が旧家であることは知ってますよね?」
「まぁな」
 智也は複雑な表情を見せる。鬼門寺家の御子息ともなれば、色々大変だろう。
 名門同士の横の繋がりと呼ぶべきか、特殊な情報網がある。守護十家もそこに名を連ねている。鬼門寺家の人間ならば、日暈の名も知っているはずだ。もっとも、退魔師の一族として知っている者は数えるほどしかいない。
「結奈の家もそういう家系なんですよ」
「そんな話、聞いたことないぞ」
 訝る智也に、慎一は言った。
「あいつは分家の人間ですから。それに、そういう肩書きは腹の足しにもならないとか言ってましたし、そんな理由で特別扱いされるのも嫌いそうですしね……。これ結奈には秘密ですよ。秘密ばらしたら怒りますからね」
「男の約束だ。墓場まで持って行くよ」
 智也は力強く親指を立てて見せた。肩書きなど腹の足しにもならない、当別扱いされるのも嫌い。結奈の考えではあるが、智也の信念でもある。
「それで、先日宗家の間でちょっといざこざがあって……それ自体はすぐ片付いたんですが、僕と美亞が宗家の人間同士では話せない部分の最終調整を押しつけられまして。話し合いは一分で片付けて、残った時間で地元案内と」
「はい」
 カルミアが頷く。大雑把な話は即興で喋っている。緊急時に素早くほら話を作り上げ、その場を逃れるくらいは標準技術だった。
「政治的な話は色々と大変だ。美亞のような女の子には辛いと思うけど、誰かがやらないと世の中が動かない。――と、ぼくが言うことでもないけど」
 智也は困ったように微笑んでから、尋ねた。
「でも、何でぼくを見て怯えたんだい?」
「あ、えと……」
 カルミアは言葉に詰まる。視線を泳がせてから、力なく笑って見せた。
「ユイナさんに色々聞かされてまして……」
「ほぅ」
 智也がきらりと眼鏡を光らせる。
 どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。慎一はぼんやりとそれを認めた。

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