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第4章 初めての食事


「ではごゆっくりどうぞ」
 去っていくウエイトレスの背中を眺めてから。
 慎一は正面のカルミアを眺めた。嬉しそうな表情。
 国道沿いのレストラン。月に一度バイキング食べ放題Dayがあり、今日がその日だった。招待券はあらかじめ予約を入れて買い求めるものらしい。
「何食べるか?」
 色々と料理の置いてある台を示し、慎一は尋ねた。主に洋食ものが並んでいる。料理だけでなく、飲み物も用意してあった。全品食べ放題飲み放題。
「そうですね。色々食べてみたいです」
 カルミアはトレイを持って立ち上がった。いくつかの皿が乗せられている。
 慎一も立ち上がり、トレイを持って料理の方へ歩いていった。バイキングで払った料金の元を取るとなると、数人前以上食べなければならない。
「何食べましょう?」
 言いながら、カルミアは用意してあった調理用トングで料理を取っていく。肉料理を中心に野菜と少量の果物を取った。量は一人前ほど。
 慎一も適当に料理を取って、自分たちのテーブルに着く。
「シンイチさん……。沢山食べるんですね」
 皿に盛られた大量の料理に、カルミアが驚いたように瞬きした。軽く三人前はあるだろう。山盛りの料理。周囲の客たちがちらちらと視線を向けてくる。
 視線には構わず、慎一は尋ねた。
「それより食べて大丈夫か?」
「あ、はい」
 カルミアは頷くとフォークを手に取る。手近なサラダにフォークを刺し、口に入れた。初めて人間の食べ物を口にするというのに、躊躇いはない。
 何度か咀嚼してから、呑み込む。
 慎一はじっとその様子を見つめた。異常は見られない。
 頬に手を当てて、カルミアは大きく頷いた。
「美味しいです!」
「よかった」
 嬉しそうに食事をするカルミア。食べているのは結奈なのだ。カルミアの身体に異常が起こることはない。ふと結奈になっているカルミアの身体の方が気になる。そちらも大丈夫だろう。直接食べたわけではないのだから。
「術式にも問題は見られなかったし」
 慎一の呟きに構わず、次々に料理を口に入れていくカルミア。生まれて初めて口にする人間の料理。その味をしっかり噛み締めている。
「わたしの故郷の料理とは違いますけど、美味しいですよ」
「僕も食べるとするか」
 そう言って、慎一は料理を口に入れた。
 もそもそと普通に食べているように見えて、人並み外れた勢いで料理を口にしていく。早送りのような速度。二分も経たぬうちに皿の料理はなくなっていた。
「食べるの早いです……」
 カルミアが呆けたように呟く。
 慎一は不敵に笑って見せた。
「早瀬工大大食い大会優勝者を舐めるなよ?」
 去年の学園祭のイベント大食い大会。慎一はカレー十三杯を食べて優勝した。結奈は準優勝だったが、無理をしていたようである。しかし、慎一は余裕を残しての勝利だった。その気になれば二十杯は食べられただろう。
「威張らないで下さい……」
 困ったように頬をかくカルミア。
 慎一はトレイを持って立ち上がり、再び料理を取ってくる。やはり三人前ほどの量。ついでに一番大きなコップにオレンジジュース。
「凄いですね。全部食べきれるんですか?」
「愚問だな。元は取る気だ」
 不安がるカルミアに、慎一は言い切った。
 バイキングは人件費を減らすことで、食べ放題を実現している。料金を払って元を取るには、最低でも数人分以上の料理を食べなければならない。並の人間にそのような芸当は不可能だ。しかし、並でない人間になら可能だ。
 慎一は再び料理に手を伸ばす。
「ふぅ」
 料理を食べ終わり、カルミアは一息ついた。
 自分のお腹を撫でながら、
「もっと食べられますね。わたし、料理取ってきます」
 トレイを持って席を離れた。結奈も大食い大会二位の実力者。そこらの男よりも数倍食べる。バイキングの元を取るほど食べることも無理ではない。
 トレイを持って正面に座るカルミア。
「シンイチさん。これ食べ終わったら、どこ行きましょうか?」
「考えてない」
 ポテトサラダを口に入れながら、慎一は答えた。器に盛られた大盛りのポテトサラダ。常人ならこれ一杯で満腹になるだろう量。
「どこか行きたい所とかあるか?」
 逆に訊いてみる。
 カルミアは傍らのコップを空にしてから、笑顔で答えた。
「ショッピングモールに行ってみたいです」
「ああ、あれか」
 近くのショッピングモール。日用品や本などからスポーツ用品など、色々なものが売っている。そこの大型書店にはいつも世話になっていた。
「はい。何か面白いものがあったら買って下さい」
 コツ、とコップをテーブルに置く。
 コップの水を飲み干し、慎一は頷いた。
「そうだな。何か欲しいモノあるか? 数千円くらいなら出せるから……」
 言いかけてから気づく。
 周囲に目を向けた。すぐ近くから、鼻をくすぐる匂い。独特の甘さを含んだ刺激臭。今まで何度も嗅いだことがあるのに、絶対に慣れない匂い。
「あ。お前……!」
 慎一はカルミアの置いたコップを掴み、引き寄せた。鼻を近づける。
 案の定、酒の匂い。ドリンクコーナーの隅に置いてあったアルコール類だった。結奈ならばジュースよりも酒を選ぶ。普段は呑まないが、飲み放題なら浴びるほど呑むのだ。
 カルミアは身体の求めるままに酒を選んで呑んでしまった。
「注意しておくべきだった……」
 噛み締めるように呻く慎一。結奈が酒を選ぶのは自明の理だった。しかし、カルミアとして見ていた。カルミアが酒など呑むはずがないと。
 吐息してから、慎一はカルミアを見つめた。
「何です?」
 食べていた肉を呑み込み、訊いてくる。酔った様子はない。酒豪の寒月にウワバミと恐れられるほどの酒飲みなのだ。コップ一杯で酔うことはない。
 しかし、慎一は無情に言った。
「もう運転はなしだぞ」
 数秒の沈黙。
 持っていたフォークを落として、カルミアが慌てる。
「な、何でですか!」
「飲酒運転は道路交通法違反だからな。呑んだら乗るな、乗るなら呑むな。酒呑んだから運転はさせられない。酒が抜けるまでは数時間かかる。まあ十五分くらいの運転だったけど、かけがえのない思い出として心に刻んでおいてくれ」
「うあぁ。酷いですぅ……」
 両目から滝のように涙を流すカルミア。
 慎一は右手を突き出し、手の平を上に向けた。その意味を理解し、カルミアはポケットから車の鍵を取り出して、手の平に落とした。
 鍵をズボンのポケットにしまう。
「シンイチさん」
 ぐっと拳を握り締め、カルミアが見つめてきた。
「何だ?」
「やけ酒呑んでいいですか?」
 真顔で言ってくるカルミアの両頬を摘み、横に引っ張る。思いの外柔らかい。
 額に怒りの印を浮かべて、慎一は告げた。
「駄目だ。ジュースにしろ」
「はい〜ぃ」
 カルミアは再び泣きながら頷く。

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