Index Top 第4話 オカ研合宿

第8章 後始末はどうしよう?


 結奈は社務所の前で酒を飲んでいた。
 ここまでほぼ予定通りである。あとは慎一の怒りをどう収めるかだ。一万円分の図書カードと奢りの食べ放題で何とかなるだろう。多分。自信はない。
「……勢いでここまで来ちゃったなんて言えないわね」
 引きつった苦笑とともに、独りごちる。土下座したら許してくれるだろうか? 面白半分でここまで仕組んだことを、後悔していた。
 三合の酒瓶を動かしつつ、山の頂上を見つめる。
「……ゃん」
 声が聞こえた。
 飛影の声。
 暗闇の中から黒いカラスが飛んでくる。
「姉ちゃん! 逃げてえええぇ!」
 ドサッ。
 目の前に何かが落ちた。
 ぼろ布――そう見えた。だが、布ではなかった。
 ずたぼろになった狼神。手足があらぬ方向に曲がり、全身痣だらけで血塗れ。意識もなく、ぴくりとも動かない。仙治だった。とんでもない力で百発以上も殴られている。およそ無事でもないが、死んではいないようだった。
 結奈は視線を周囲に向ける。
 飛影が地面に落ちていた。目に見える傷はないが、意識はなかった。誰の仕業かは考える間でもないだろう。気絶させられた瞬間は見ていない。
 予想した以上に怒っている。というか、キレている。
「……うーん。あたし大ピンチ」
 結奈は他人事のように呟いた。
 蟲を放つ。
 左手から盾のように広がった鉄鬼蟲に、小柄が三本刺さっていた。二十センチほどの細い刃物。軌道から考えて、喉を狙っていたようである。
「いいわ」
 結奈は残りの酒を飲み干し、瓶を横に放り捨てた。
「かかってきなさい、日暈慎一」


「癒しよ」
 光の粒が身体に降り注ぎ、痺れが軽くなる。
「立てますか? アキトさん」
「まったく無茶しやがる」
 彰人は呻いた。
 みぞおちを一発殴られただけである。軽く突いたようにしか見えなかった。だが、背骨が折れるような衝撃。足腰が完全に砕けて、しばらく動けなかった。
 社に背を預け、夜空を見上げる。
「バケモノだな、本当に」
 スタープラチナばりのラッシュを見せつけた慎一。彰人を一発殴ってから刀を拾い、ぼろ切れになった男――仙治を抱えて、石段を駆け下りていった。
 今頃、結奈と戦っているのだろう。
「ま。いいか」
 彰人は落ちてた鞘を杖にして立ち上がった。
 膝が笑ってはいるが、動けるだろう。
「生で霊術も見られたし、本物の妖精も見られたし、本物の神も見られたし。収穫としちゃ文句なしだ。しばらくは退屈しない」
 近くに浮かんでいる妖精の少女を見やり、笑う。名前は聞いていたような気もするが、覚えていない。今更訊くのは気が引けた。
「あの」
 妖精が言ってくる。申し訳なさそうに。
「なに?」
「多分朝には、全部忘れていると思いますよ。わたしのことも、シンイチさんの霊術のことも、トビカゲさんのことも、センジさんのことも」
「何で?」
 予想外の台詞に、思わず訊き返す。
「何でと言われましても……」
 妖精は困ったように杖を動かしながら、
「そういうものなんです。人間は人外のことを記憶出来ない。見ても、本能的に記憶から抹消しちゃうんですよ。理由はわたしも知りませんし、シンイチさんもよく分からないって言ってました」
「でも、慎一は平気なんだろ?」
 反論のつもりで訊く。
 妖精は首を傾げてから、
「退魔師は大丈夫だとも言ってました。術を覚えることが、開眼することだとか……」
「退魔師に、術か」
 彰人は呟いた。
 鞘を杖にして、石段を下りていく。
 退魔師。霊術。名前と存在は知っているが、実物を見たことはない。見たことはあるが、忘れているのかもしれない。
 近くを飛んでいる妖精に、訊く。
「どうしたら、一般人が退魔師になれる? 慎一から聞いてないか?」
「えーと、退魔師は世襲制で引き継がれているそうです。一般人が退魔師になるには、退魔師の一族に組み込まれるしか方法はないみたいです。大学の周りですと、カシギリさんという人が退魔師を営んでいるそうです」
「樫切か……覚えていたら、今度訪ねてみるか」
 彰人は忘れないように心に刻みつけた。
 次の質問をしようと妖精を見やり。
 姿が見えないことに気づく。周囲を見回してみても、どこにもいない。いないわけではないだろう。すぐ近くにいるはずなのだが、もう知覚出来なくなっている。
「時間切れか。すまん、もう見えない」
 彰人はぼんやりと呟いた。


「疲れた」
 ワゴンが常磐自動車道を突っ走る。
 今朝は結奈とかなり本気の戦闘を繰り広げた。終わった後に壊したものを直して、怪我を治した頃には夜が明けていた。ほとんど寝ていない。この程度でバテるような鍛え方はしていないが、疲れは感じる。
「なんだかなぁ」
 オカ研部員の男四人。後部座席にて、元気にオカルト談義に花を咲かせていた。免許はないのかと聞いたら、四人揃って持ってきてないと言い切っている。どうやら、本当に持ってきていないようだった。
 助手席では、カルミアが眠っている。
「眠りの魔法……無茶なことを」
 車の揺れでも起きることもない。
 怪談に怯えて思いついたのがこの方法。眠りの魔法で自分を眠らせてしまうこと。眠っていれば、オカルト談義を聞くこともなくアパートに戻ることが出来る。
 慎一はバックミラーに映る彰人を見やった。
「彰人さんも、何考えてるんだか」
 気になることは、彰人が樫切という名を呟いていたこと。
 昨日の一件はもう覚えていないようだったが、樫切という名はなんとなく覚えていたらしい。慎一の住んでいる地域を担当する退魔師一族。
 もっとも、それは彰人の問題であり、慎一には関係のないことである。
 時計を見ると、十二時を過ぎていた。

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