Index Top 第4話 オカ研合宿

第7章 明かされる事実


 固い音とともに、放たれた刀が木の幹に突き刺さる。
 一人の男が左胸を貫かれて、木に縫いつけられていた。
「……どういうことだ?」
 慎一は突き出した左手を、引き戻す。
 彰人ではない。三十歳ほどの男。若いものの、どこか老けた風貌である。紺色の服に、緑の着物を羽織っていた。神主のような服装。長い髪の毛は灰色がかった黒で、尖った三角形の耳と尻尾が生えている。
「狼神……? 憑依……?」
 カルミアが呟いた。魔法の知識のおかげで、とりあえず理解している。
 彰人はまじまじと男を見つめていた。
「何だ……こいつ? 耳と尻尾――。幽霊とかとは雰囲気が違うよな。もしかして神ってヤツか? ってか、オレ左胸貫かれなかった?」
「彰人さんに憑依してたんですよ。憑依したまま何もせずに、気配を潜ませる。そうすれば人間の中に隠れられますからね。それを僕が弾き出しました」
 答えながら、慎一は右手を握りしめた。
 人間の中に隠れるのは古典的であるが、効果はある。憑依した相手を支配せずに、穏行の術などを使えば、まず気づかれない。もっとも人気の多い場所で効果を発揮するので、人気の少ない場所では今の通りである。
 男は顔を上げて、苦い笑いをしてみせた。
「はは。さすがは日……」
 剣気を込めた拳が、顔面にめり込む。
 鈍い音が響いた。悲鳴はない。身体が一度派手に痙攣し、手足から力が抜ける。拳を引くと、白目を剥いた顔があった。気絶はしていないが、意識は数瞬飛んだだろう。
「……ちょ、ま」
 肝臓に左拳を打ち込む。無論、剣気を込めた強烈な一撃。
 さらに、みぞおちに右拳。続けて、喉に左の平拳、心臓に掌底。左胸に刺さった刀を引き抜き、倒れかけたところで顎に膝蹴り。声もなく仰け反る男。
 刀の柄頭でこめかみを一撃してから、とどめに顔面に右拳。
 左肩に刀を突き刺し、身体を木に縫い止めた。
「さてと」
 吐息してから、慎一は三歩下がる。
 彰人が戦いたように呟いた。
「お前、もの凄まじく酷いことしてない?」
 飛影もカルミアも、似たような表情で同意するように頷いている。無抵抗の相手に本気の攻撃を仕掛けるなど、考えもつかないだろう。
 慎一はさらりと答えた。
「尋問する下準備として弱らせただけです。骨は折れてませんし、内臓も傷ついていません。これでも手加減しましたよ」
「でも、これは酷いですよ」
 カルミアが非難するように言ってくる。
 慎一は右手を上げて反論した。彰人、飛影、カルミアを順番に見やる。
「非戦闘員が三人もいる状態で、ぬるい対応は出来ないよ。僕は三人を守る責任がある。それで酷いと言うなら、僕はそれでも構わない」
 カルミアは黙り込んだ。意図は伝わったらしい。
 本気で尋問する気ならば、手足の骨を砕き内臓をいくつか潰して動きを封じる。人間なら行動不能になるのだが、それでも動けるのが人外だ。挽肉にしないと、完全に安心は出来ない。戦闘行為で気を抜くのは、そのまま死につながる。
「日暈家の人間って、みんな慎一さんみたいなんですか?」
「僕は甘いぞ」
 慎一の答えに、飛影は額を抑えた。
 慎一は男に向き直り、尋ねる。
「仙次さんですね? 答えなければ、指を潰します」
「仙次です……はい」
 あっさりと白状した。
 鼻と口から血を流しながら、慎一を凝視している。耳と尻尾が垂れていた。八発も痛打を打ち込んだ人間に、友好的に接するのも無理があるだろう。
 慎一は首を左右に動かす。
「何でこんなことを? 目的が理解出来ない」
「一週間ほど前に結奈さんに頼まれました。神社全体にいかにも怪しい結界張って、夜中に彰人という人を連れて、慎一くんに何かけしかけろ――と」
 仙次が答えた。最初はため口で話そうとしていたのだが、丁寧口調になっている。
 さておき。
「結奈?」
 予想外の台詞に、慎一は眉を寄せた。
 しかし、頭の中で何かが弾ける。今まで感じていた疑問か次々に崩れ、様々なことがつながっていった。ほどなくして、理解する。
 どうということもない真相。全部結奈が仕組んだことだった。
「そうですか、そうですか……」
 慎一は振り返る。
 にっこりと笑い、見せつけるように右手を上げた。細身な体躯とは裏腹に、非常識なまでに鍛えられた筋肉。生身の人間なら、刃物も使わず解体出来る。
「事情を説明してください。彰人さん」
「ええと……ね」
 蠢きながら近づいてくる右手を見つめ、彰人は視線を泳がせた。
 カルミアが飛影の陰に逃げ込む。
「二週間くらい前に結奈と話して、本物の霊術が見てみたいって話になったんだ。そしたら、五万円で見せてやるって言ったから俺は二万円にまけろと交渉しつつ、三万七千円で決着。今回の合宿で外に泊まれと言われた」
 うんうんと頷いて。
 慎一は仙次に向き直った。
「それで、あなたは何を受け取ったんですか?」
「古文書五冊」
 視線を逸らして答える。
 つまり、彰人が結奈に頼み、結奈が仙次に頼み、慎一の術を彰人に見せる。やたらと遠回しな狂言芝居。結奈が直接術を見せればいいだろうが、あいにくと退魔師は用もなく一般人に術を見せてはいない。
 ただ、ここまで伏線を張る必要があるかと問われれば、答えは否だろう。
 慎一は刀を引き抜いた。
 支えを失い倒れかけるが、仙次は踏みとどまる。
「JOJOの奇妙な冒険って、知ってます?」
 刀を放り捨て、慎一は両手を握りしめた。

Back Top Next