Index Top 第3話 蟲使いの結奈 |
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第8章 憑喪神の飛影 |
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刃渡り十五センチほどで、細長い三角形の両刃。黒い鋼鉄製で、刃と柄は一体化している。柄には赤い布が巻かれていて、石突に輪がついていた。何度も研がれているようで、刃はだいぶ減っている。 「苦無、ねぇ」 寒月は、その刃物――クナイを受け取った。しげしげと観察しながら、 「銘は飛影と書いてトビカゲ。破魔刀の一種だが、日暈じゃないな。製造は江戸時代中期で、実戦で使用されたのは、五回。明治中期と昭和初期に、三級位の妖怪相手にとどめを刺している。匂いからするに、妖狗の鬼老太に、怒鬼の苦門か? 懐かしいなぁ」 「ご名答」 結奈はぱちぱちと拍手をした。 カルミアはクナイを見つめる。使い古された短剣。刻み込まれた霊力を感じることは出来ても、過去のことを読み取ることは出来ない。 「何で分かるんですか?」 尋ねると、寒月は笑ってクナイを振った。 「俺は破魔刀の憑喪神だ。こいつは俺の同属だから、なんとなく分かるんだよ」 そうしているうちに公園につく。 住宅地の真ん中にある小さな公園。手入れのされていない植え込みがあり、ベンチと滑り台、ジャングルジムが置いてある。人の姿は見られない。休日なので、家でゆっくりしているか、出掛けているか、どちらかだろう。 「念のため言っておくと、そんなに強い憑喪神は出て来ないぞ。それに、完全に人間の形も取れない。多分、少年みたいな姿になるが……」 「それでいいわ!」 瞳を輝かせながら、結奈が答える。 「まさに、理想の相棒よ!」 「…………」 ジト目で眺めてから、寒月は右手でクナイを叩いた。 呪文を唱えることもなく、印を結ぶこともない。法力を使ったようだが、術を使ったようには見えない。くないを放り投げる。 「出でよ」 くないから白い霧が噴出し、人の姿を作り上げた。 十歳くらいの少年。長い黒髪を粗い三つ網にして、先端を赤い止め紐で縛っている。あどけないようで、落ち着いた顔立ち。白い糸で幾何学模様が刺繍された黒い上着。肩の辺りに、黒い羽根の飾りがついている。やはり白い糸で幾何学模様の刺繍された黒い馬乗袴に、頑丈そうな黒いブーツ。 「……あ? オレは」 少年ははっとしたように両手を上げた。 わきわきと動かしてから、自分の身体を撫で回す。 「身体が出来てる!」 「問題なく動くだろ?」 声をかけた寒月に、少年が驚いたように顔を向ける。 「あんたは?」 「破魔刀の憑喪神の寒月だ。憑喪神の秘術で、お前の身体を作った。これからは、五級位の実体を持った憑喪神として生きていくことになる。名前は、銘の通りの飛影」 「! ありがとうございます」 飛影は背筋を伸ばして一礼する。 それを眺めながら、寒月は横を指差した。 「で、この娘がお前の持ち主だ。苦労すると思うが、頑張れよ」 「はい……え?」 固まる。 カルミアも固まった。 両手を組んで恍惚の表情を見せる結奈。満面の笑みで、瞳にきらきらと星を輝かせながら、鼻血を出している。はっきり言って、怖い。 「いいわよ、いいわよ! これぞ、あたしが望んでいた相棒よ! さあ――」 結奈は無駄に優雅な動きで右手を差し出した。 一歩引く飛影に構わず、命令する。 「遠慮なく『お姉ちゃん』とお呼びなさい」 「お、姉ちゃん……?」 困ったように目を逸らし、飛影。 「きゃあああああ♪」 黄色い声を上げながら、結奈は飛影に抱きついた。 逃げようとした飛影を、がっしりと抱きしめる。逃がす気は微塵もない。鼻血を出したまま、至福の表情で頬ずりをしていた。 「ユイナさんて……小さい子供が、好き……?」 結奈を見ながら、カルミアは口元を手で覆う。頬が赤くなっていた。 そういった性癖を持つ人間は存在する。幼い少女や、幼い少年を愛する人間。 「こいつはショタじゃない」 寒月が呻く。 「へ?」 「こいつは801だ。間違いなく、腐女子だ。昨日、俺が慎一と取っ組み合いっやってた時も、なんか嬉しそうな顔で写真取ってたし。怪しいヤツだとは思ってたが……まあ、飛影は正直可哀想だと思う」 沈痛な面持ちで言ってから、結奈に近づいた。 「おい。ド腐れ」 「ド腐れ言うな!」 「ちょっと離れろ」 ゴシ、と結奈の脳天に容赦なく踵落としを決める。 ただ足を振り下ろしただけに見えたが、思い切り力を込めていたようだった。刃物の憑喪神、手足は鉄のように硬い。くらりと揺れて、結奈は地面に倒れる。 「姉ちゃん?」 声をかける飛影。 しかし、気絶はしていなかったようで、結奈はあっさり起き上がった。 「何すんのよ!」 頭をさすりながら、苦情を言う。 寒月はそれを無視して、 「おい、飛影」 「何でしょう? 寒月さん」 よれた服を直しながら、飛影は寒月に目を向けた。背筋を伸ばして、気をつけの姿勢。寒月は自分の生みの親のようなものと認識しているらしい。 寒月はじっくりと飛影を観察してから、 「お前、人間の姿は長時間維持出来ないだろ」 「はい。そろそろ限界です」 飛影の姿が崩れ。 一羽のカラスに姿を変えた。普通のカラスのようだが、よく見ると身体にうっすらと幾何学模様が映っている。子供であるせいか、やや小柄だった。肩から平たい紐をかけて、布の鞘に入ったクナイを背負っている。 「こちらの方が落ち着きますね」 「何でカラスになっちゃうの? さっきのショタのほうがいいのに?」 心底残念そうな顔で、結奈が飛影を見つめる。少年の姿でないと不服らしい。やはり、変なひとだ。鼻血は消えている。拭いたらしい。 「ごめん、姉ちゃん。オレは長い時間人の姿を取ることは出来ないんだよ。寒月さんみたいに使い込まれてないし、法力もそんなに強くないし、元のクナイに込められた霊力もそんなに多くないから。今はまだ五分も維持出来ない」 右羽を上げて、飛影は答えた。 それは、憑喪神として未熟ということだろう。人間の姿を維持出来ない。憑喪神として成熟している寒月は、意識せずに人間の姿を維持することが出来る。本来の姿は、おそらく長いタテガミを持つ漆黒の狼。法力の形でぼんやりと分かる。 カルミアの思索をよそに、結奈は飛影を抱えあえた。 「まあいいわ。そろそろ帰るわよ、飛影」 「え? その妖精の女の子とまだ挨拶してないよ」 飛影が驚いたように、カルミアを羽で示す。 「その子はカルミア。日暈慎一と契約している妖精よ。生真面目で能天気で、結構抜けてるわ。ま、普通の妖精ってところかしら。挨拶は後でも出来るしね」 無感情にそう言って、結奈は寒月に背を向けた。 走り出そうとしたところで、寒月が声をかける。 「随分と急いでるな。何かあるのか?」 「そうね……」 結奈が振り返ってきた。どこか逝った目で寒月を見つめ、堪え切れないといった微笑みを浮かべている。慎一とは違った怖さが見えた。 「今日は、逝ける!」 一言だけ答えて、全速力で駆け出す。声は出していないが、高々とした哄笑を浮かべているが分かった。飛影の顔は見えない。しかし、市場に送られる子牛のような表情をしているのだろう。ぼんやりと分かる。 全てが終わって。 カルミアは寒月を見やった。訊いてみる。 「退魔師って……みんなシンイチさんや、ユイナさんみたいなんですか?」 「あいつらが特別だ――」 寒月は答えた。 「って断言出来る要素がない」 「……そうですか。大変ですね」 カルミアは呟く。 寒月は何も答えなかった。 |