Index Top 第4話 オカ研合宿

第1章 怪しげな神社


「あー。疲れた」
 慎一は手頃な大きさの石に腰を下ろして、全身の力を抜いた。
 周囲は鬱蒼とした森が広がっている。
 三時間半も連続で車を運転していたのだ。退魔師の修行の一環として車の運転技術は取得していた。だが、久しぶりの運転は疲れが大きい。
「お疲れ様です。シンイチさん」
 傍らに浮かんだカルミアが労う。
「それにしても、車って凄いです。あんなに速く移動出来るんですね。わたしじゃ、魔法使ってもあんなに速くは飛べませんよ」
 杖を握り締め、興奮を隠し切れない様子である。
 生まれて初めて乗った自動車だ。精霊界にはないだろう。
 常磐自動車道下りをワゴンで百二十キロ。車は少なかったので事故の心配はなかったが、数ヶ月ぶりの運転だったので緊張した。
「よーう、おまたせー」
 慎一は顔を上げた。
 結奈と黒い着物を着た少年が、手を振りながら笑顔でやってくる。
 応じるようにカルミアが手を振った。
「ユイナさん、トビカゲさん」
「こんにちは、カルミア」
 飛影が右手を上げて挨拶をする。礼儀正しい少年といった雰囲気だった。服装が地味なようで派手であるが、持ち主と作り手の趣味が反映されているのだろう。人間の姿は一時間ほど維持出来るようになったと聞いた。
 そんなことを考えていると、挨拶をしてくる。
「こんにちは、慎一さん」
「おう。こんにちは」
 慎一は手を上げて応じてから、結奈を見た。
「で、結奈。何でオカ研に僕を巻き込んだ?」
 オカルト研究部。いつも騒いでいる魔研とは関係がない。男四人、女四人と小さいサークルだ。その名の通りの活動をしていて、結奈が漫画研究部と掛け持ちしている。
「だって、うちの男連中で運転出来るヤツいないんだもん。部長は免許持ってたけど、スピード違反で三ヶ月の免許取消食らってるし、他のヤツは高速でワゴン運転するの怖いとか寝言言ってるし。ちょうどあんたを見つけたから誘ったのよ」
 慎一はオカ研ではないのだが、結奈に捕まり五千円分の図書券と引き換えに運転手に抜擢された。欲しい本があったので、承諾する。
「ワゴンが怖いは嘘だ。雑談に花咲かせたかっただけだろ」
 車中でオカルト談義を続けていた男四人を思い出し、慎一は独りごちた。
「あの、シンイチさん」
 カルミアが声を上げる。
 目を向けると、ぼんやりと辺りの森を見回しながら、
「この神社、何か人間じゃないモノがいますよね? 何かまでは分からないですし、そんなに危ないものじゃないとは思うんですけど。何かいますよね?」
 どことなく不安げに言ってくる。
 茨城県の山奥にある中杉神社。オカ研部長の鈴木彰人の知人がいるらしい。慎一たちがいるのは、裏手だった。
「神でもなさそうだね。この雰囲気は――妖怪かな?」
 同じように周りを見回しながら、飛影が呟く。
「大丈夫だろ。何かあったら結奈が何とかする」
「あんたは何もしないの?」
「何してんだ? お前ら」
 振り向くと、彰人が立っていた。
 がっしりした体格の男。二十二歳の四年生。長めの黒髪と、眼鏡。少々きつめの顔立ち、登山用のフリースを着て、迷彩模様のズボンを穿いている。どことなく浮世離れした雰囲気を漂わせていた。
「こんな所で、デートか?」
 にやにやしながら訊いてくる。
 彰人に、カルミアや飛影は見えていない。見えていないというのは正確ではない。見えているが、認識出来ていないというのが正しい。霊感とは、ようするに認識出来ないものを認識する感覚である。
「部長に貰った八千円の図書券のうち、いくらを慎一に渡すか交渉してました」
「ちょっと待て!」
 言い放った結奈に、慎一は慌てて声を上げた。嘘を突き通せとは言わないが、嘘をついていたことを悪びれないのは大いに問題がある。
「ちゃんと金払ってやれよ。大事な運転手だからなー」
 笑顔で応じる彰人。
「あんたも確信犯か!」
「ちょっと黙っててね」
 がつん、と顎を殴られ、慎一は仰け反った。
 倒れるほどに背中を反らして、左手を握り締める。
 次の瞬間には、拳が結奈のみぞおちに突き刺さっていた。身体全体を振り回すように動かし、拳を撃ち込む。背中まで衝撃を貫通させる剛打。
「が……ッ!」
 身体をくの字に折り曲げ、肺の空気を全て吐き出し、結奈は糸が切れたように脱力した。気を失ったらしい。生身の人間だったなら、胃が破裂するかもしれない。退魔師とはいえ術で防御しなければ意識は保てない。
 倒れる前に身体を支え、慎一は米俵のように抱え上げた。
「女を思い切り殴れるって凄いな……」
「結奈だから大丈夫です」
 怖気づく彰人に、断言する。退魔師の結奈だからこそ本気で殴り返せるのだ。相手が普通の人間だったら、二割ほどの力に抑えている。
「大丈夫じゃないですよぉ。完全に意識失ってるじゃないですか」
「姉ちゃん、生きてる? この程度で死ぬとは思わないけど……大丈夫だよな?」
 心配するカルミアと飛影には気づかないふりをする。
 気を取り直し、彰人は森を眺めた。
「しかし、いいと思えないか? ここ」
「は?」
「お前になら分かるだろ? ここには間違いなくいる。人の外に棲むモノがな。幽霊なんて安物じゃない。本物の人外が……」
 心底楽しそうな笑みを見せる。
 彰人は高い霊感を持っていた。修行はしていないので退魔師の域には届かないが、一般人に比べれば非常に高い。完全な人外でない幽霊などは見えるのだ。黄昏時であれば、カルミアや飛影の存在も感じられるだろう。
 眉を寄せて、告げる。
「踏み込みすぎると危ないですよ」
「だからお前がいるだろ?」
 彰人は当然のごとく笑ってみせた。
 慎一が退魔師であることは教えていないが、霊感とは別の力を持っていることは分かるらしい。技術の縛りがないせいで、時々異様な鋭さを見せる。

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