Index Top 第3話 蟲使いの結奈 |
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第6章 宴会 |
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結奈は笑いながら、 「秘伝書の写しよ。確認して」 「ああ……」 慎一が頷いているうちに、結奈は寒月の前に移動している。紙袋からやはり酒とつまみを取り出し、卓袱台に並べた。流しの下から取り出したコップに酒を注いでいる。 寒月の掲げたコップに、打ち合わせる。 「乾杯!」 そして、二人同時にコップを空にした。 慎一の側に飛んできたカルミアが、呟く。 「お酒くさいです……」 「何で、昼間から酒なんか飲んでるんだよ……二人とも」 酒盛りをしている二人を眺めながら、慎一は呻いた。なぜ酒盛りをしているのか、理解出来ない。今日は取引について話し合う予定である。 コップに酒を注ぎながら、寒月が振り向いてきた。 「お前なぁ。あっちじゃ、酒なんてほとんど飲めないんだぞ。恭司がうるさくてな。真面目すぎるぜ、まったく。子供の頃から変わってねえ。だから、こっちで思う存分飲む! 浴びるほど飲む! 文句あっか!」 日暈恭司。生真面目な性格の祖父である。今年で八十歳になるが、いまだに現役退魔師として一線で活動している。戦闘能力も半端ではなく、巨大な鉄筋コンクリートの塊を素手の一撃で切断するのを見た時は、腰が抜けた。 「あたしもお酒好きなんだけど、美味しいお酒って高いからねー。一度にたくさん飲めないのよ。せっかくこの人……人間じゃないけど。寒月さんが奢ってくれるんだから、ここで飲まないと損でしょ?」 コップに酒を注ぎながら、笑う結奈。 寒月と一緒にコップを掲げ、 「乾杯!」 二人してコップを空にする。 なんとなく気になり、慎一は訊いてみた。 「質問。秘伝書と酒、どっちが大事?」 「酒!」 即座に、声を揃えて、何の疑問もないとばかりに、断言してくれる。 慎一は肩を落とした。 「もう、好きにしてください……」 「あんたは飲まないの?」 つまみの唐揚げを口に入れながら、結奈。 「そいつは酒飲まないぞ」 寒月が笑いながら、手を動かす。 「下戸なんだよ。一杯飲んだだけで潰れちまう」 「へー。もったいない。こんなにおいしいのに」 酒を注ぎながら、結奈は不思議そうな顔をした。 四年ほどの前の十六歳の時、家の祭事に参加して、コップ一杯の酒を飲んだことがある。数分でふらふらになり、祭事が終わったと同時に倒れて、翌日まで二日酔いで苦しむことになった。それ以来、酒は飲んでいない。 「今日明日は隣の人が出掛けてるからいいけど、あんまり騒がないでくださいね」 慎一は本を持って、洋間に移動した。 カルミアが一緒についてくる。 「大変ですね」 「まあな」 慎一は素直に頷いた。寒月はどうにも苦手である。何かされたというわけではないが、単純に性格が合わないのだろう。 隣では、結奈と寒月が騒いでる。 ベッドに寝転がり、慎一は結奈に渡された本を開いた。 台所でフライパンと菜箸を動かしながら、慎一はふと呟く。 「何やってるんだろ? 僕……」 フライパンで鶏肉としめじとアスパラガスを炒め、マヨネーズと醤油少量を加えて、また少し炒める。そのまま、鶏肉としめじとアスパラの醤油マヨネーズ炒め。 皿に炒め物を移してから、それを宴会場に持っていく。 「出来たぞー」 「おう」 「待ってたました!」 寒月と結奈が、嬉しそうに手を上げた。焼酎三本を空にして、ほどよく酔っ払っている。今は四本目を飲み始めていた。 「うわ〜、おいしそうですね〜」 あと、なぜか宴会に参加しているカルミア。 卓袱台の上に座り、自分用のコップで水道水を飲んでいる。横には、人間用のコップが置いてあった。酒樽からジョッキで酒をすくっている感覚らしい。 「間違えても口に入れるなよ。喰ったら死ぬぞ。気をつけろー」 コップを揺らしながら、寒月が口端を上げる。 慎一はコップで水を飲んでいるカルミアを眺め、 「水道水飲んで本当に大丈夫なのか?」 「この程度なら大丈夫よ。酔っ払うだけで、これといって身体に害はないし。しばらくすれば元に戻るわ。お酒やジュース類を飲んだら、さすがに危ないけどね。ま、いざとなったらあたしが何とかするから」 酒を注ぎながら、結奈が笑った。 沼護家は霊術を用いた医術を得意としている。霊術だけでなく、蟲を使い治療を行う。人間の治療だけでなく、妖怪など人外の者の治療も行っているらしい。結奈もそれなりに医術の心得があるのだろう。 「でも、何で、医大行ってないん……」 慎一は飛ん出来たコップを受け止めた。 「どーせ、あたしはバカですよー!」 何かスイッチを入れてしまったらしく、一升瓶を掴み、ラッパ飲みをはじめる。 「慎一、酒お代わり!」 「何で僕が買ってこなきゃいけないんだよ」 フライパンを洗いながら、慎一は文句を言った。近くの商店街にある酒屋まで、自転車で五分強。遠くはない。だが、飲まない酒を買いに行く気はない。 酒瓶を持ったまま、結奈が指差してくる。 「素面の人間は、酔ってる人間の言うこと聞くのよ! 買ってきなさい!」 「嫌だ」 「つまみ作るのは同意しておいて、それはわがままじゃなーい?」 「僕は酒屋が嫌いだ」 「ちっ」 舌打ちしてから。 結奈は開いた左手を横に向けた。 腕から染み出すように、蟲が現れる。腕から黒い煙が湧き出しているようにも見えた。どことなく不気味である。眺めているうちに、結奈の真横に人の形を作り上げた。 漠然とした黒い人型が、人間の形に変化し、色がつき、結奈と寸分違わぬ姿を作り上げる。黒鬼蟲と白鬼蟲を使った分身の術だろう。 「ほー。蟲分身かー」 寒月が感心していた。 分身は背筋を伸ばし、寒月に向き直る。右手を差し出した。 「財布を貸してください。私がお酒を買いに行ってきます」 言葉遣いは丁寧であるが、声は結奈と同じである。結奈が丁寧に喋っているのは、なんとなく、変。というか、不自然。おかしい。 「……おう」 寒月は懐から財布を取り出し、分身に渡した。 分身は財布をポケットに入れ、歩き出す。寒月とカルミア、慎一が見つめる中、台所を通り過ぎ、玄関で靴を履く。結奈の履いていた靴だが。 「それでは、行ってきます」 挨拶をして、アパートを出て行った。 三人の視線が、一斉に結奈に向かう。 「蟲の使い方間違ってないか……?」 「いいじゃないの、別に」 一升瓶をラッパ飲みしてから、言い返してきた。 慎一はフライパンを片付けて、 「普段から使ってるだろ? 買い物とか掃除とか、雑用に」 「使ってるけど。何か?」 悪びれもせずに訊き返してくる。 「蟲遣いが荒いですね〜。ちょっとカワイソウですよ〜」 「蟲たちは人間とは違って、感情や自我は持っていないわ。それに、適度に使役しないと本番でちゃんと言うこと聞いてくれないらしいのよ。あたしは見習いだから、実戦なんかないし、蟲を使うこともないからねー。適度に使わないと」 言いながら、酒を飲み干す 寒月が缶ビールを開けていた。最初は持っていなかったと思うが、なぜか近くに六本転がっている。予備を隠し持っていたらしい。 一気に飲み干してから、結奈を見やった。 「お前、退魔師としての仕事したことないのか?」 「ないわよ。まあ、訓練がてらボランティアはしたことあるけどね」 一升瓶を置いてから、結奈は笑う。 寒月は缶ビールを開けながら、天井を見上げた。 「最近は人間と妖怪の関係も希薄になったからなー。四級位以下の連中と人間の関わりがほとんどなくなってるし。これも時代の流れてっていう奴かな。ま、これをやらなきゃ明治で国が滅んでたんだけどな。で、慎一くん」 「そうね〜、慎一くん」 「ですね〜、シンイチくん〜」 「何だよ……」 嫌な予感を覚えて、半歩足を引いた。 結奈、寒月、カルミアが、不気味な笑みを浮かべる。 「飲まないか?」 |