Index Top 第1話 契約、新しい生活 |
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第3章 妖精の服と食事 |
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慎一は頭をかいて、カルミアを見つめた。 「ところで、カルミア」 「何ですか?」 卓袱台の上から、カルミアが見返してくる。 「服、どうするんだ? 汚れたままだけど」 汚れた服を指差して、慎一は訊いた。 あちこちに汚れがついている。雨の中を飛んで、地面に落ちたせいだろう。さらに、ドライヤーで強引に乾かしたせいで、しわだらけだ。 「あ」 思い出したように、自分の服をつまむ。 「変えの服は持ってるのか?」 「ここにはないです……。召喚する魔法陣を作るのに、一日かかります……」 カルミアは肩を落とした。 荷物は持っていない。召喚する魔法陣を作り、荷物を取り寄せる。あとで取り寄せるつもりだったので、着替えもない。汚れることまでは考えていないようだった。 「シンイチさん。何か服の代わりになるものありませんか? 布とか、服の形をしてなくても構いませんから。魔法で加工して服にします」 両手を動かしながら言ってくる。 「そうだな」 慎一は立ち上がり、タンスの引き出しを開けた。一人暮らしとはいえ、ハンカチやタオルは揃えている。柄のない水色のハンカチを取り出した。 「ハンカチでいいか?」 「はい」 近くまで飛ん出来てから、カルミアはハンカチを受け取る。初めて見たのだろう。珍しそうにハンカチを観察していた。 卓袱台の上に戻る。 「……服脱ぐので、あっち向いててください」 「はいはい」 苦笑して、慎一はカルミアに背を向けた。 好奇心の誘惑に耐えつつ、しばらく待つ。 「布よ」 声が聞こえた。続けて、衣擦れの音。 「こっち向いていいですよ」 許可が出たので、振り向いた。 水色の服を着ているカルミア。何かと思ったが、さきほどのハンカチだった。あまりにきれいに加工してあるので、気づかなかった。布を加工する魔法らしい。 「……それ、元に戻せるのか?」 「はい」 「ならいいけど」 言って、慎一は卓袱台の前に座った。 「……妙な服だな。ちょっといいか」 服と帽子を手に取ってみた。 修道服と学校の制服を足したようなワンピース。青と白の布を組み合わせた作りで、前の右側六ヶ所をボタンで留めるようになっている。胸元には青いリボン。材質は不明。非常に柔らかく、上質な絹といった感じだ。織り目が見えないほど繊維が細かい。 帽子は三角帽子。四センチほどの高さで、白い布に青い縁取りがなされている。横に小さな羽根飾りがついていた。服ほど柔らかくなく、手触りは堅い。 「珍しいですか?」 「妖精の服なんて、普通見ないだろ」 「そうですね」 と、笑う。 「どうやって、羽を通してるんだ?」 服に羽を通す穴はない。 「わたしたち妖精の羽は、魔力が凝縮したものなんですよ。触ることも出来ますけど、明確な実体は持っていません。だから、布を透過させることも出来るんです。羽を消すことは出来ないんですけど」 「なるほど」 慎一は服を眺めた。加工する必要はないらしい。 日本にいる尻尾や羽を持つ妖怪や神は、術で布を透過させたり、服を加工したりしている。羽や尻尾は実体を持ったものなので、そういった処置がいるのだ。 服をカルミアの前に置いて、 「もしかして僕が洗うのか?」 「大丈夫です。自分で洗いますから」 そう言って、カルミアは両手を動かした。印を結びながら呪文を唱える。やはり何と言っているかは分からない。両手を服にかざして、 「泡よ」 手の平から、泡が現れた。石鹸を泡立てたような白い泡。もこもこと動きながら、服を包み込んでいく。一度服を呑み込むと、今度は小さくなっていった。 しばらくして、泡が消える。 「おお」 服の汚れは消えていた。 「洗濯の魔法か。凄いな」 「でも、乾かす魔法は苦手なんですよ」 きれいになった服を見つめて、カルミアは頭をかく。 「熱を操る魔法は火の魔法の派生なんですけど、わたしは火の魔法は得意じゃないんです。それに火の魔法は扱いにくいので、適温で乾かすのは難しいんですよ」 慎一はぼそりと訊いた。 「……燃やしたことあるだろ」 「……はい」 カルミアは頷く。 慎一は服を摘んだ。脱水した程度の水気を含んでいる。このままドライヤーで乾かせば、しわになってしまうだろう。 「これ、干してくるから」 「お願いします」 服を持って立ち上がり、慎一は隣の洋間を通って、ベランダに出た。申し訳程度に作られた狭いベランダ。雨はやんでいる。空は晴れ。 カルミアの服を一度引っ張り、洗濯バサミで止めた。 「乾くまでどれくらいかかりますか?」 振り向くと、カルミアが浮いていた。 「一時間くらいだろ」 空を眺めながら、答える。今は五時半。日はだいぶ西に傾いている。夕立が去った後なので涼しくなっているが、まだ気温は高い。 部屋に戻り、網戸を閉める。 「そういえば、カルミアは何食べるんだ?」 歩きながら、慎一は尋ねた。 妖精が何を食べるのか、慎一は知らない。甘いものを好むと言われているが、実際に食べるのを見たことはない。身体は小さいので、それほど食べないとは思う。 「妖精は人間の食べ物を食べちゃいけないんです」 すまなそうに答えるカルミア。 和室に戻り、慎一は尋ねた。 「掟か?」 「はい。掟でなんです。だから、こっちじゃ何も食べられません……」 残念そうに、カルミアは言った。食べたそうだが、食べるつもりはないようである。掟がどのようなものか、慎一は知らない。だが、絶対のものらしい。 思いついた疑問を口にする。 「食べたらどうなるんだ?」 「うーん。どうなるんでしょう?」 カルミアは首を傾げた。人差し指で頬をかきつつ、 「食べた人は今まで誰もいませんし、誰かがこっそりものを食べたって話も聞いたことありませんし、わたしも食べるつもりはありませんし」 「そうか、食費がかからないのはありがたい」 慎一は安心したように微笑んだ。 しかし、カルミアはきっぱりと主張する。 「でも、わたし……水は飲みますよ」 「水……?」 慎一は訝りながらカルミアを見つめた。 水――。一酸化二水素。水道の蛇口などから出てくる透明な液体。頭の中で一回転させて結論を出す。ようするに、水のことである。 「水ください」 「……? 水ならほとんどタダだからいいけど」 慎一は言った。 |