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37話 創作発表エリアを征く!


 ざわざわと耳に入ってくる、様々な人の声。
 第二番棟。その一階と二階を総使用して作られる創作発表エリア。ようするに一般人による同人制作から企業の発表まで全般的に取り扱っている部分だ。
 つまり、俺たちのメインエリア!
「十二冊目。確保」
 手にした本を鞄に収め、頷く。今のところ買い物は順調。本からCD、ゲーム、写真集、問題なく購入できている。大手に行くと、並んで売り切れなんてのも多いけど。俺は自分が欲しいものを買うので、そういう心配はない。
 ポケットから取り出したエリア地図を眺め、次のブースへと足を進める。人は多いけど、それなりに広さがあるので、歩くのに苦労はしない。大大手や商業系は、全部二階だからな。一階は割合、ゆっくりしていられる。
「ねえねえ」
 後ろから皐月が声を掛けてきた。
「あんまり、期待したもの買わないんだね?」
 皐月は俺が薄い本を買うことを期待していたようだけど……。残念ながら、エロ系同人誌は今回買う予定はない。今回の狙いは、同人音楽やマニアックな資料集、写真集。そういう非エロ系だ。というか、皐月がいる状況でエロ同人誌なんて買えるかよ。
 予定が外れたせいか、皐月は不服そうに眉を寄せていた。
「それにしても、よくこんなにお金持ってるね。わたしの計算が正しいなら、どう頑張っても貯金は二万クレジットが限度だと思うんだけど。家計簿的な意味で」
 肩越しにちらりと皐月を見る俺。
 メイドの恰好で歩いているアンドロイドの女の子。街中では不可能な状況だが、ここではたとえスクール水着でも許される――のは言い過ぎか……? メイド連れていても気にされないくらい、ここは何でもありの空間だ。
 豪華な壁際ブースと、緩急自在な中島ブース。
 さておき、皐月は俺が散財していることが不思議らしい。
 俺は札の詰まった財布を持ち上げ、
「お前には言ってなかったけど、お前が来る前からバイトしたり倹約したりして色々貯めたりしてたからな。いわゆるへそくりってヤツだな。今日色々買い込むために」
「そういえば、わたしが来る以前の支出入は計算していなかったような……」
 顎に手を当て、小首を傾げている。俺の仕送りやバイト代や買い物の支出入から、皐月は勝手に家計簿のようなものを作っているようだった。
「ぶっちゃけてさ、いくら持ってるの?」
 眉を動かし、茶色い瞳をきらりと輝かせる。絵に描いたような好奇心の顔だった。こいつは機械だってのに、時々人間以上に人間臭い仕草を見せる。
 おもむろに右手を持ち上げ、俺は指を出した。四本。四万クレジット。
「うおぅ」
 それを見て仰け反る皐月。
「……意外とリッチだったのね、あんた。油断してた。でもそんなにお金あるなら、いつだったかわたしのNewメイド服買ってくれてもよかったんじゃない?」
「買うかよ」
 指を引っ込め、ジト眼で即答。
 しかし、皐月は聞いていない。踊るように一回転しながら、近くのブースを示す。おもちゃを見つけた子供のように、目をきらきらと輝かせながら。
「ほらほら。これ、良い感じじゃない? じゃない?」
 それは、狙ったかのように存在している壁際服飾品ブースだった。
『C-143 企業:A Costume PHANTASIA / 特殊用途衣服制作』
 看板に記された、すっきりした文字。有名なコスプレ衣装制作グループだった。
 メイド服から魔法使い衣装、踊り子衣装からサイバー的なボディスーツまで。その他小物諸々。どれもかなり気合い入れて作ってあるようで、普通に私服としても使えそうなものが並んでいる。まあ、私服として着る勇気があればの話だけど。
 ついでに、気合い入ってる分、高い。
「いらっしゃいませー」
 売り子のお姉さんが笑顔で挨拶してくる。魔法使いのような三角帽子を被り、黒いローブを纏っている。その上にサークル名の書かれた白いエプロン。手に持った杖には、鏡の装飾が取り付けられていた。
 素人目にもレベルが高いコスプレだと分かる。
 しかし、相手の恰好と雰囲気に臆することもなく、皐月は商品を示した。
「すみません。このメイド服下さい」
 特注メイド服。二万五千クレジット。
 お姉さんが俺に目を向けてくる。買うの? って顔で。
 基本的にアンドロイドの商品購入は、管理者の承諾が必要となる。
 俺はすぐさま首を左右に振って、皐月のメイド服の襟首を掴んだ。
「失礼しました!」
 一言謝ってから、大きく息を吸い込み腹に力を入れ、元々の進行方向へと早足で歩いていく。金属と炭素繊維とケイ素の詰まった総重量百キロ近い身体を引きずりながら。
 皐月の踵が床をこすっている。
「何でお前のために俺の貯金使わんといかんのだ」
「日々の報酬」
 俺の率直な意見に、これまた率直な意見を返してくる。皐月のメイドとしての家事手伝い。ハカセの研究の一環のため、俺は報酬になるものを一切出していない。
 皐月は俺の手を襟首から外し、姿勢を整える。
 俺は手を引っ込め、皐月に向き直った。
「そういうのは、ハカセに頼めと言っただろ」
「マスターってケチだもん」
 胸元で手を握り、皐月は口を尖らせた。


『E-13 サークル:Super ENDmiLL / ゲーム制作』
 看板に記された鋭角的な文字。
 一通り目的のものを買ってから、やってきたのは中島の一角にある一般ブースだった。大学の物好きが集まってゲームを制作している同人サークル。
「おう、ハル。来たか。あと皐月さんも。いや、久しぶり」
 ナツギが片手を上げて挨拶してきた。
 痩せた背の高い男である。襟足を隠す程度の焦げ茶の髪と、微妙に目付きの悪い眼を覆うアンダーフレーム眼鏡。服装は灰色の上着とズボンだった。
「ナツギさん。お久しぶりです」
 爽やかな笑顔で、皐月が挨拶している。
「少し窶れていますけど、大丈夫ですか?」
 元々痩せたヤツだけど、今日は普段よりも痩せている。今日のために結構無茶してたようだし。締め切り間近になると無茶するのはいつもの事だけど。
「よくあることだ。これくらいは平気だ」
 暢気に笑うナツギ。身体が細い割に、スタミナやら体力やらは人一倍ある。無茶な突貫作業も行えるのは、一種の才能なんだろう。あんまり羨ましいとは思わないけど。
 ナツギがケースに入ったディスクを見せる。
「というわけで、一本買っていけ。七百クレジット」
「今回は何作ってたっけ?」
『飛竜乱剣 - Dragons Wings -』
 そんなタイトルが記されていた。デフォルメされた絵柄で、ドラゴンに乗った男が巨大な剣を振り回している。月並みな見た目と言ってしまえばそれまでだけど。
「爽快撃墜シューティング」
 眼鏡を動かし、得意げに答えるナツギ。
 ナツギの属するサークルは、ド派手に暴走系のゲームをよく作っている。素人だから粗い部分もあるけど、大量の巨大モンスターを大火力で"粉砕!玉砕!大喝采!"していくのはかなりテンションが上がる。普通に面白い。
 ナツギの話では、固定客もいるらしい。
 皐月が俺の手からディスクを抜き取り、ケースを開ける。
「ふーむ……」
 ディスクの記録面を眺めながら、神妙な顔を見せていた。
 こいつは……。
「ほほう」
 時折感心したように首を動かしている。
 おそらく記録面からデータを読み込んで、どんなゲームなのかをシミュレートしているんだろう。視覚からディスク表面のピットを読み込みデータ化、内部のコンピュータでプログラムを動かし、ゲームを高速体験。無駄に高性能な事をしてるけど、これって違法行為だよな?
 これは注意すべきか……?
「おい、ナツギ」
「何すか、部長?」
 横から声を掛けられ、ナツギが振り向く。
 黒縁の眼鏡を掛けた大柄な男。PC研究会の部長だった。俺も何度か顔を合わせているけど、実はよく知らない。両手で黒いノートパソコンを持っている。
 部長は俺たちには構わず、ナツギに話しかけた。
「すまんが、修理屋まで行って来てくれ。パソコン止まった」
「修理屋?」
 パソコンを受け取りながら、ナツギが聞き返す。サークル活動ではパソコンの有無は死活問題に繋がることもある。そこで、このようなイベント会場には、修理屋がいることが多いらしい。そんな話を聞いたことがあった。
「ここ」
 部長はポケットから創作発表エリアの地図を取り出す。
 それをこっそり覗き込む俺と皐月。
 俺が持っているエリア地図と同じものだ。目的地らしき修理屋に、赤ペンで丸が付けられている。二階の三番ゲート近くにある商業ブースのようだった。
『修理屋 AKI-NANI』
 ブース名には見覚えのある名前が記されている。
 俺と皐月は思わず顔を見合わせた。

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11/8/7