Index Top メイドの居る日常 |
|
第38話 Remodel Shopが来てました |
|
第二番棟二階。主に中堅から大手企業が並んだ場所だ。 そして、件の修理屋。 地図に書かれていた通り、二階フロア第三ゲートの近くにスペースが設置されていた。周囲の企業ブースと同じくらいの広さがある。派手な装飾はなく、随分とさっぱりした外見、奥の作業場は壁に囲まれていて、外からは見えない。 正面のカウンターには人はいないが、呼び鈴が置かれていた。 『J-143 企業:Remodel Shop AKI-NANI 出張店 / PC関係』 「アレだな」 「アレだね」 俺と皐月は看板を見つめて一緒に頷く。 まさか本当に、というのが感想だ。おっとりしているようで無茶苦茶行動力がある人だから、ここにもいるかなとは考えてたけど、店開いてるとは思わなかったし。 「どうした二人とも? さっきからそわそわしてるけど」 ノートパソコンを腋に抱えたナツギが、訝しげに目を向けてくる。 周囲を歩く人は、一階よりも多い。しかし、道は広いのでそれほど混んでいるようには感じない。修理屋の周りには、修理町らしい人が何人かいた。 「いや、知ってる店で。こんな所で何してるんだろうかと思ってな」 俺の答えにナツギは肩を竦めた。気にはなったけど、興味は無いらしい。あの修理屋自体、知る人ぞ知る店みたいだからな。俺も皐月に連れて来られなかったら、知らないままだっただろう。 ナツギは呼び鈴を押し、声をかけた。 「すみませーん」 「いらっしゃいませー」 奥から出てきたのは、長い金髪に青い眼の少女だった。顔立ちからするにタイガの人間だろう。染めたものではなく地毛らしい。この街では金髪碧眼は珍しい。年齢は十代後半くらいで、高校生のアルバイトか。黒い服の上に"AKI-NANI"と刺繍された青いエプロンを付けている。胸には『玲亞』の名札。 「あれ」 玲亞という名前らしい少女を見て、皐月が瞬きをした。 俺とナツギは皐月を見る。一緒に玲亞も皐月を見た。 「あ、皐月さん」 「玲亞さん。お久しぶりです」 すっと背筋を伸ばして、皐月が笑顔で頭を下げた。俺の前で見せるような適当な態度ではなく、礼儀正しい表情と話し方。こういうのを猫被るって言うんだろうか? ナツギは玲亞と皐月を交互に眺めてから、 「お前ら知合いか」 「うん、わたしの知合い。以前、マスターの研究所に社会科見学に来た子だよ。道に迷ってる所で会って、研究所まで連れていったんだ。それから見学の手伝いしたりね」 右手を持ち上げ、皐月が説明する。 そういえば前に女子高生を研究所に連れて行ったと言っていた。俺は聞き流してたからよく覚えていないんだけど……。ミニボディになる少し前だったか。 「あの時は色々とお世話になりました」 頷きながら頭を下げる玲亞。 「玲亞、何してるの?」 「あいな」 奥から出てきた少女。 ロングヘアの黒髪と、落ち着いた顔立ちである。赤いチェックのワンピースに白いジャケットという恰好で、こちらも名前が書かれたエプロンを付けている。あいなとはこの少女の名前だろう。 玲亞と一緒にアルバイトか。 あいなは玲亞とナツギを眺めてから、カウンターの前まで移動した。皐月に一度頭を下げてから、営業スマイルを浮かべてナツギに向き直る。絵に描いたような店員の態度。ひとまずは私事よりも仕事を優先したらしい。 「お待たせしました。修理ですか? バッテリー類の交換ですか?」 「こいつの修理お願いします」 ナツギは抱えていたノートパソコンをカウンターに置いた。 あいなはカウンターの下から書類を取り出し、ナツギの前に置く。故障修理依頼書と書かれた書類。どこが壊れたかを書くためのものらしい。そして、整理券が一枚。 「それでは書類記入の後、整理券を持ってお待ち下さい。故障内容によって順番が前後することがありますのでご了承下さい。修理の内容によりますが、十五分ほどで終了すると思います」 「了解」 ナツギは書類に必要な情報を記入していく。 俺は少し離れた場所に移動し、店の奥を見た。ここからは見えないけど、奥ではあの店長が修理をしているはずだ。玲亞もあいなも接客していない時は、奥で店長の仕事を手伝っているんだろう。 「十五分か、早いなぁ」 普通パソコンを修理に出すと、一週間から二週間は待つことになる。それを十五分、三十分以内に修理するってのは、無茶だ。物理的には可能だろうけど。 「頑張ってるねー」 玲亞とあいなを眺めながら、皐月が腕組みをして頷いていた。満足げに微笑みを浮かべて。後輩を見守るお姉さんのような態度である。 「あの二人、何でこんな場所でアルバイトしてるんだろうな?」 記憶を掘り返してみると、どっかの高校生だと皐月は話していた。高校生がアルバイトするのは別に不自然じゃないけど、何故ここで? もしかしたら、変なコネがあるのかもしれない。色々怪しい店長だし。 「あんたと似たような趣味してたから、きっとそれでお金使っちゃったんだよ。こないだ、聖戦士にゃんコのフィギュア出たし。それ買ったのかも」 うむ……。 往年の名作、聖戦士にゃんコ。その主人公四人のフィギュアの最新作が、最近発売された。俺はフィギュアには手は出していないけど、凄い値段と驚いた記憶がある。 俺の疑問とはズレた答えだけど、訊き直す気はないので、流しておこう。 とりあえず、さきほどから感じていた事を言ってみる。 「あと、お前が丁寧語で話すのは、凄く異常」 「失礼ね……」 皐月がジト眼で睨んできた。 およそ十分後。 「452番の御客様。修理が終わりました」 奥から出てきたのは、小柄で細身の女の子である。中学生くらいの小柄な体格。ショートカットの黒髪で、凛々しい目付き。猫耳を思わせる筒状の黒い帽子を被っていた。服装は白いブラウスと黒いベスト。青いエプロンを付けている。 アキラちゃんだな……。バイト続けてたのか。 「どうも」 整理券を持ち、ナツギがカウンターに向かう。カウンターに置かれたノートパソコン。見た目は変わっていないが、修理は完了したらしい。接触不良か部品の故障だろうから、修理内容自体は簡単かもしれない。 「お会計四千三百クレジットになります」 「四千三百っと」 財布からお札と小銭を取り出している。 基本メーカー保証頼りの俺は、実費修理の相場はよく知らない。でも、部品代込みでこの超迅速修理。この金額は破格だろう。 「丁度お預かりします」 アキラちゃんがお金を受け取り、レジスターに収めている。 それからレシートをナツギに渡してた。 一通り終わったところで、俺は声を掛けた。 「アキラちゃん」 アキラちゃんはきょとんと瞬きをしてから、俺を見つめる。でも、すぐには名前が出てこなかったらしい。数秒おいてから、口を開いた。 「えっと、ハルさん……でしたっけ? こんにちは。来てたんですね」 ノートパソコンを脇に抱え、ナツギが大袈裟にため息を付く。顔を隠すように右手で眼鏡に触れ、軽く首を振る。意味があるのか分からない、ちょっとキザな仕草。いつもの事だけど。ジト眼を俺に向けてきた。 「なんだ、またお前らの知合いか?」 「わたしの知らない間に、こんな可愛い子と一体何があったのかしら?」 口元を手で押さえ、皐月が斜めに睨んでくる。 確かに、俺がこんな子と顔見知りってのも不可解な話だ。 「前に色々あって店長殴った」 起こった事を正直に告げる。 「……なんだそれは?」 「それなら仕方ない」 眼鏡を押さえていた手を下ろし、気の抜けた顔を見せるナツギ。そして、大体の流れを想像したのか、ため息混じりに両腕を広げる皐月。 乾いた笑みを見せてから、俺は表情を引き締めアキラちゃんに向き直った。 「アキラちゃん、店長どうしてる? こんなに変な速さで修理してるんだから、店長来てると思うけど……顔見てないから、元気かなーと思って」 今回は店長を一度も見ていない。奥に引きこもったままだ。雰囲気からするに玲亞やあいな、アキラちゃんも修理の手伝いしてるんだろうけど。 「奥で修羅場繰り広げています。人間とは思えないような動きしてますよ」 店の奥に目を向けるアキラちゃん。その黒い瞳に映る、尊敬の感情。前に言っていた事や今の姿から考えるに、店長の事は純粋に凄い人と考えているようだ。そこに恋愛感情のようなものが絡むかは分からない。 しかしまぁ、バイトで女子高生三人も雇って。 フラグマン……。 そんな言葉を思いながら、俺は口を開く。 「お仕事頑張って下さいって、伝えといて」 「分かりました」 アキラちゃんは頷いた。 |
11/9/25 |