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第36話 文化振興ふぇすてぃばる!


 天候晴れ。気温15℃。北寄りの風弱し。
「時は来たれり――」
 俺は額の上に手をかざした。日の光が眼に浸みるぜ。
 海上都市タイガ中央区にある、中央大展示場。大規模の展示や発表を行うために作られた建物だ。展示場中央広場に置かれた、巨大な強化ガラスの直方体から、グランドキューブなどとも呼ばれる。
「もう人が来てるね」
「毎年の事よ。これがあると、年末って思うわ」
 トアキとフユノが流れる人集りを眺めながら、しみじみと頷いている。冗談のような人の量。俺たちのように流れから離れて一時休憩している人間もいる。
 第百十四回文化振興フェスティバル。
 出版業界や音楽業界、映像業界などいわゆる文化にまつわる者たちの発表会だったものが、年月を経て二次創作や自費出版などの客同士の交流まで巻き起こり、もはや最新機械の発表からコスプレパーティまで内包した巨大なカオスイベントだった。
「ナツギはサークル参加か」
 フユノが人集りの向こうを眺めながら、遠い目をする。
 一ヶ月ほど前から修羅場進行中のナツギ。死ぬ気の頑張りのおかげで、間に合ったようである。現在、ゲームブースで作品販売中らしい。
「それじゃ、お互い健闘を祈る」
「ああ」
「生きて返ってこいよ」
 そう言葉を交し、俺たちは解散した。


 ぞろぞろと、無数の足音が耳に入ってくる。
 俺がやってきたのは第三番棟だった。機械関係の展示を行っている場所である。パソコンやテレビ類も並んではいるが、よく分からない装置や材料見本のようなものまである。人の姿はそんなに多くない。
 ここに来るのは、機械関係の仕事をしている人か、機械オタクの類だ。
 というか、迷いました……。
「こんにちはー」
 声を掛けられ、俺は足を留める。
 女性が立っていた。
 見た目二十歳くらいで、身長は俺よりちょっと低い。整った顔立ちと体格。人間にはない青い髪の毛をポニーテイルにしている。服装は青いビジネススーツにタイトスカートだった。首には赤いチョーカーを嵌めている。
 アンドロイドの係員だった。
「こんにちは。こちらは、科学技術ブースです。主に高度電子機器関係及び、アンドロイド技術についての展示を行っております。何をお探しでしょうか?」
 戸惑う俺に、落ち着いた様子で話しかけてくる。
 心臓の鼓動が速くなってきた。アンドロイドと会話するのは、緊張する。皐月が身近にいるけど、あいつはちょっと特殊だからな。今目の前にいる係員アンドロイドは、人の姿をした機械だ。完全な感情プログラムが入っているわけではないんだろう。
 不意打ちだったとはいえ、渡りに船とはこのことか。
「えっと、書神ヒサメ博士に会いたいんですが……。ハカセの友人でして、俺。せっかくだから挨拶しておこうと思いまして。ハカセも忙しいと思いますけど」
 緊張で口調がぎこちないけど、大丈夫だ。問題ない。と、思う。
「承りました。少々お待ち下さい」
 係員は軽く一礼する。
 そこで半秒ほど、視線が虚空を見つめた。無線でどこかと連絡を取ったのだろう。アンドロイドのため、機械類は身体に組み込まれている。
 連絡が取れたのか、係員アンドロイドは笑顔で右手を持ち上げた。
「はい。葦茂ハル様ですね。52番ブロックへ来るように連絡がありました」
 ……52番ブロックってどこですか?
 俺の困惑を見透かしたように、一枚の小さな透明な板を差し出してくる。
「こちらをどうぞ」
 それを受け取る俺。
 手紙くらいの大きさで、外見はアクリル板。
 だが、それは液晶ディスプレイだった。棟内の地図が映し出されている。現在位置から目的地までの順路も表示されていた。GPSナビの一種である。右端にある五ミリ角程度のマイコンで、全体を制御しているらしい。横に小さく試供品と書かれている。
 科学ってすげぇ……。
 液晶ナビに従い、52番ブロックに向かって歩き出した
 アンドロイド関係も扱っているというだけあり、アンドロイドの姿もちらほら見える。人間とは少し違う外見で、首に赤いチョーカーを巻いていた。
「へー」
 色々と感心しながら歩いていく。
 周囲に見えるのは、白や黒の塗装がなされた機械や、作業着に白衣を纏った技術者風の男や、アンドロイド。鼻腔を撫でる微かな油と金属の匂い。家電量販店のパソコン売り場の空気を数倍に濃くしたような空気だ。
 異世界に迷い込んだみたい。
 そんな事を思いながら歩いていると、
「あ。来たんだ」
 皐月が立っていた。いつもと変わらぬ紺色のメイド服姿。
 まるで俺がどう歩くのかを読んでいたように、さりげなく正面に現れる。
「お前か……。何でここに――って、そういえば、お前もハカセの管轄だったな」
 液晶ナビをポケットに入れ、俺は肩の力を抜いた。非日常へと足を進めていく俺の前に現れた日常。異世界から現実へと引き戻されたような安心を覚える。
 だが、その安心は顔には出さない。男の見栄!
 皐月は両手を腰に当て、目蓋を半分ほど下ろした。
「何当たり前のこと言ってるの? 来て貰ったところで残念だけど、マスターは出掛けてるから、今は会えないよ。いつ帰ってくるかも分からないし」
 と、横を見る。
 会えないなら仕方がない。ハカセは暇なようで忙しい人。なのに、時折暇だったり、よく分からない。でも、半ば顔を合わせられないとは覚悟していた。
「それにしても……」
 俺は改めて皐月を見つめた。
 外見十代後半くらいで、身長は百六十センチほど。亜麻色の髪の毛は腰の上辺りまであり、先端に赤いリボンを付けている。微かに赤味を帯びた焦げ茶の瞳。落ち着いているようで、あんまり落ち着いていない顔立ち。体格は……まあ、スレンダーと言っておこう。首にはアンドロイドの証明である、赤いチョーカーを巻いていた。
 服装は紺色のワンピースに白いエプロンと白いカチューシャ。いわゆるメイド服だ。このメイド服は俺の所に来てから着始めたらしいけど、当人は気に入ったらしい。
 つまるところ、俺の疑問はひとつ。
「お前って、本当にアンドロイドなのか? 前々から人間臭いヤツだとは思ってたけど、他のアンドロイド見てからお前見ると、本当に別物なんだな……」
「それはそうだよ」
 皐月は得意げに笑い、自分の胸に右手を当てた。
「わたしは"人間に限りなく近い機械"がコンセプトだからね」
 焦げ茶の瞳を煌めかせ、言い切る。
 アンドロイドってのはこういう人間的な行動を取るようには作らない。皐月が自称している"人間に限りなく近い機械"は、的確な表現だろう。人間のようなアンドロイドを作るのは、科学技術業界ではあまり主流では無いらしい。
「ハカセって、何がしたいんだろ?」
「知的好奇心の赴くまま、かな?」
 俺の訝りに、皐月はあっけれかんと答えた。
 そうかもしれない。昔から、自分の知的好奇心満たすのが大好きな人だったし。
 俺が苦笑していると、皐月が訊いてきた。
「あんたはこれからどこ行くの?」
「二次創作関係回って散財の予定だ。今回のためにこつこつ金貯めたりアルバイトして金稼いだりしたしな。ナツギの顔も見ないといけないし」
 これからの予定を頭の中で再確認していると、
「わたしも行く」
 皐月が満面の笑顔を見せた。
「え? いいのかよ」
 思わず聞き返す俺。
 皐月はハカセの付き合いでここに来ているはず。ハカセの仕事の手伝いをしているのに、それをすっぽかすのは充分に問題だ。いやそもそも、皐月がハカセよりも自分の好奇心を優先するのが、おかしいぞ?
 俺の疑問を察したのか、皐月は困ったように両手を広げる。
「ここにいても、やること無いんだよね。マスターも研究成果発表よりも情報交換が主目的みたいだし。だから着いていく。どんなもの買うか見たいし、ね?」
 そう口端を持ち上げてみせた。

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11/6/17