Index Top メイドの居る日常

第33話 Remodel Shopに行ってみます


 サン通りから路地へと少し入った所にある三階建てのビル。小さな電気屋のような外見だが、そこは機械の修理や改造を専門に行っている改造屋だった。パーツ類も普通に売っているようだけど。
 Remodel Shop AKI-NANI
「さーて」
 俺は三階建てのビルを眺める。ここに来るのは三度目だ。
 買い物内容はメモリ。パソコンのメモリが壊れたので、買いに来たのだ。まあ、普通のパソコンの普通のメモリ。普通の電気屋で売っているもので十分であるが、今回は別の用事もあったのでここまで来たのである。
 入り口を見ると、従業員募集の張り紙が無くなっている。
 閉店している雰囲気は無いな、よし。
「こんちはー」
 自動ドアをくぐり、俺は店内に足を進めた。前に見た時と変わらない内装。微かに漂う金属の匂いと、並んだ棚とよくわからない部品類。
「いらっしゃいませ」
 そして、見知らぬ一人の女の子。
「何をお探しでしょうか?」
 小柄で細身の女の子である。年齢は十代半ばくらいだろう。ショートカットの黒髪で、凛々しい目付き。猫耳を思わせる筒状の黒い帽子を被っていた。どこか少年のような印象を受ける。服装は白いブラウスと黒いベストに赤いのスカート。そして店のものらしき青いエプロンを付けている。
 胸には『アキラ』と記された名札。
「アルバイトさん?」
「はい。アルバイトで先週からこちらで働くようになりました、アキラと言います。何かご用でしょうか?」
 あまり表情を変えずに訊いてくるアキラちゃん。
 うーむ、なんというか驚きだ。何かスポーツをやっている雰囲気はあるけど、見た目は普通の女の子である。このマニアックな改造屋との接点が思いつかない。
「いや、ついにバイト雇えたんだなー、って感心」
 曖昧な笑顔で、正直に答えておく。
 アキラちゃんは不思議そうに首を傾げた。……可愛い。
 そんな事を考えると、店の奥から見慣れた男がのそっと現れた。
「いやー、いらっしゃい」
 適当に切った黒髪と、暢気そうな顔立ち。黒フレームの眼鏡を掛けて、鼻の下に髭を生やしている。服装は長袖のワイシャツに、黒いズボン。店の名前がプリントされた白いエプロンを着けている。体格はおおむね普通に戻っていた。
 次に会ったら太っているんだろうか? そんな嫌な予感。
「どこかで見た顔だと思ったら、えっと……君は、確か皐月ちゃんといつも一緒にいる、なんか影の薄い青年。名前は……ごめん、思い出せないや」
「さらっとこき下ろさないで下さい」
 暢気に笑うマンジュウさんに消極的にツッコミ入れておく。
 アキラちゃんが不思議そうにマンジュウさんと俺を眺めた。
「店長のお知り合いですか?」
「うん。そんなところ」
 他に言い方が分からないので、そう頷いた。
「それより、マンジュウさんが元気そうでなによりです」
 素直にそう告げる。
 俺がここに来たのは、マンジュウさんの安否の確認である。以前、人間凶器二号に制裁されて安否不明だったので、生存確認に来たのだ。幸い、至って健康そうである。
 ぶっちゃけ、また変なイベント起こす不安があったので、皐月は留守番。
「あー。心配してくれたんだね。だいじょぶ、だいじょぶ。こんな職業だから、身体は資本だよ。多少殴られたり蹴られたり削られたり撃たれたりしたって、翌日には元気さ。一般人とは鍛え方が違うからねッ!」
 両腕をぐっと持ち上げ、決めポーズを取った。謎の迫力が……。
「元気そうでなによりです」
 改めて告げてから、俺は店内に目を向ける。台詞の途中に不穏当な言葉を口にしたみたいだけど、気付かないでおく。だって怖いもん。
 アキラちゃんが声を掛けてきた。
「ところで、何をお探しでしょうか?」
「ん。あ、うん。メモリ欲しいんだけど」
 一度思考を空回りさせてから、俺はそう答えた。
 今回の目的はマンジュウさんの安否確認だけど、メモリが壊れたのは事実だ。メモリ無しではまともに動かないので、新しいものが必要である。
「メモリはこちらです。汎用コンピューターから、特殊用途コンピューター対応のものまで数多く揃えています。どのようなメモリをお探しですか?」
 アキラちゃんがメモリコーナーに移動し、並んでいる商品札を示した。
 ここに置いてあるのは、メモリの名前と写真が記されたカードだ。本物は店の奥にしまってあるのだろう。いちいち箱を並べたら場所を取ってしまう。説明通り、普通のメモリから見た事もない高級メモリまで数十種類のメモリの札が並んでいた。
「えっと……。Fairy T-128」
 一般的なメモリを口にする。
「では、こちらですね。少々お待ち下さい」
 アキラちゃんは俺が口にした商品札を手に取り、店の奥へと歩いていった。猫耳を思わせる黒い帽子が見えなくなるのを確認し、肩の力を抜く。
 俺は一度背筋を伸ばし、なぜか近くにいたマンジュウさんに声を掛ける。
「あの子、普通の女の子ですよね?」
「うん、桜華高校の生徒さん。学生だから、土日の昼間だけしかいないけど、ここはそんなにお客さん来ないから何とかなっているよ。なんか欲しいものがあるみたい」
 欲しいものを買うためにアルバイト。よく聞く話だ。俺も何か欲しい時は、短期のアルバイトをしているし。アルバイト先にこの改造屋を選んだ理由が謎だけど。
 それそれとして、気になる事。
「また変なイベント起こして殴られたりしていませんか?」
「何もしてないよ。君は人を何だと思っているんだい……」
 眉を寄せて、マンジュウさんが言い返してくる。
 無差別旗立て男。即座に思いついた答えは、口に出さないでおく。
「アンドロイドって買わないんですか?」
 やや声を抑えて尋ねる。
 接客用アンドロイド。アンドロイド管理法関係で店員としての使用はかなり税金取られるけど、接客だけやらせておくだけなら、人を雇うよりは長期的に安く付く。マンジュウさんの収入なら、アンドロイド買うのは難しいことでもない。
「うーん、機械は駄目だねぇ。分解したくなるから」
 腕組みしながら、ぶっ飛んだことを言うマンジュウさん。
 どう反応しろっての、この状況。
 困っていると、店の奥からメモリの箱を持ったアキラちゃんが出てきた。
「お待たせいたしました」
「あー。はい」
 さっさとカウンター前に移動。
「あと、これ追加でお願い」
 俺はカウンターの近くにあったメモリのキーホルダーを手に取った。古いメモリをそのまま使ったもので、店長手作りと書いてある。以前、時風サクちゃんが見ていたもの。丁度いい機会なので、一個買っておこう。
「はい。お会計は三千四百クレジットになります」
「はいはい」
 俺は財布から三千四百クレジットを取り出し、受け皿に置いた。
 アキラちゃんは慣れた手つきで、お金をレジスターに入れる。おつりは無し。
「レシートと商品になります」
「はい……」
 ビニール袋に入れられたメモリとキーホルダーを受け取り、差し出されたレシートを、財布に入れる。これにて買い物終了。
 このまま帰ってもいいんだけど、勇気を出して疑問を解消しておく。
「ところで、アキラちゃん……だっけ?」
「何でしょう?」
 声をかけられ、アキラちゃんが首を傾げる。
 俺はなぜかまだ店内に突っ立ったままのマンジュウさんを示し、
「あの店長どう思う?」
「? どういう意味……でしょうか?」
「深い意味は無い。ただの好奇心」
 読み上げるように告げる。そこに他意は無い。本当に、純粋な知的好奇心で、アキラちゃんが店長をどう思っているのか気になった。
「そうですねぇ。ちょっと変わった人ですけど、真面目ですし優しいですし、仕事も熱心で腕も凄いですし、色々と物知りですし、困ったことがあったら相談にも乗ってくれますし、頼りになる人ですね」
 と、微かに笑っている。
 俺は二度頷いてから、音もなく後退した。
 マンジュウさんの真横に移動し、小声で話しかける。
「何かフラグっぽいもん立ってますよ」
「うーん、あの子が機械だったら文句無いんだけど……」
 腕組みをしながら、真顔で言い切る。
 プチ。
 何かが切れる音。
 気がつくと、俺は右拳を思い切り握り締めていた。大きく息を吸い込み、右足で床を蹴る。足から腰、背骨から肩、腕から拳まで流れていく運動エネルギー。それを、硬く握った拳に乗せて、咆哮とともに勢いよく突き出す!
「歯ぁ、食い縛れェェェ!」
「えええ――あべし!」
 頬をぶん殴られ、マンジュウさんが床に倒れた。
 かつっ、と眼鏡が床に落ちる。
 カウンターの向こうでアキラちゃんが、ぽかんと口を開けていた。

Back Top Next


アキラ
年齢16歳 身長149cm 体重44kg
Remodel Shop AKI-NANIのアルバイト店員。桜華高校の一年生。どのような経緯でアルバイト店員になったのか不明。
10/11/5