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第32話 マヨイガの一日 - 午後 - |
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卓袱台の上に置かれた大盛りの白いご飯と肉団子のスープ。そして、大皿に盛られた炒め料理。冷蔵庫に残っていた肉や野菜と、茹でた素麺を一緒に炒めた料理だった。食欲をそそる匂いが、部屋に漂っている。 「う」 右手で炒め料理を示すキツネ子。この料理を作ったのは、この子だった。 卓袱台の前に座った小萌とニャルルゥ。色々あった結果、なぜかキツネ子が昼食を作っている。料理は得意なようで、冷蔵庫にあった材料でさくっと作ってしまった。しかも見た目も匂いも美味しそうである。 「いただきます」 小萌はキツネ子作の炒め物に箸を伸ばした。口に入れて見ると、普通に美味しい。さっぱり塩味ながらも、独特の深みがあって、ご飯に非常に合う料理だ。 ご飯と炒め物を頬張りながら、ニャルルゥが尻尾を動かしている。 「なあ、キツネ。これ何て料理だ?」 『チャンプルーです。ソーミンチャンプルー。あり合わせの材料で作る簡単お手軽レシピです。七味唐辛子が隠し味です』 得意げに尻尾を持ち上げ、スケッチブックを見せるキツネ子。 ゆっくり味わいながらチャンプルーを食べ、小萌は軽く頭を下げた。 「お昼ご飯まで作っていただいて。ありがとうございます」 『いえいえ、どういたしまして』 キツネ子が軽くお辞儀をする。 ニャルルゥは二人に構わず食事を続けていた。猫として生活しているので、最近はキャットフードばかり食べているらしい。人間用の料理も食べられるが健康によくないというのが、今の飼い主の方針のようである。 スケッチブックにサインペンを走らせるキツネ子。 『ところで、このお屋敷から出るにはどうすればいいのでしょう?』 「あなたはアンドロイドですから、多分何もしなくても出ようと思うだけで出られると思います。でも、ここはマヨイガですから、何かを持って行っても構いません。対価となるものを置いていってもらえれば」 と、小萌は辺りを示した。置いていくものに見合った何かを持ち出せる。それが、このマヨイガの決まりだ。それは、相手が機械でも通じる。 キツネ子が迷いなくサインペンを走らせた。 『一級発声パーツってありますか?』 黄色い瞳を輝かせている。 キツネ子は音声パーツが内蔵されてないせいで、「う」としか喋れないらしい。制作者が面倒くさがっているとキツネ子は言っているが、おそらく意図的だろう。 しかし、小萌は目を逸らした。 「いえ、あいにく専門部品は……」 「うー……」 狐耳と尻尾を垂らし、残念そうにキツネ子がスケッチブックを閉じる。普通に買えるものは出てくるが、専門部品などはマヨイガでもどうにもならない。 箸を止め、ニャルルゥがふと問いかけた。 「なあ、キツネ。ゲーム得意か?」 突然の質問に、キツネ子はサインペンを動かす。 『上手いとは自負しています』 「飯食い終わったら、腹ごなしついでにあたしらとゲームしないか?」 部屋の隅っこに現れたゲーム機を親指で示し、ニャルルゥは不敵な微笑を浮かべた。 そして、空の茶碗をキツネ子に出す。 「あと、おかわり」 「U-aoo! O.K. I'm winner!」 「勝ちました」 静かに、小萌は宣言した。 テレビの前に並んだ小萌とニャルルゥ、キツネ子。遊んでいるのは、やや古めのカートゲームだった。アイテムを使って相手を妨害しつつ、ゴールを目指すという内容。 「うーぅ」 「強えー。さすが小萌、容赦無く強い……」 コントローラーを握ったまま、ニャルルゥとキツネ子が息を呑む。 接待プレイなどせず、問答無用で勝ちに行った小萌。基本アイテムには頼らず、最短コース取り、ミニターボ、直線ドリフト、ミニショートカットを駆使してぶっちぎる。圧倒的技術力から行われるスーパープレイだ。 「アンドロイドなら勝てるかなって思ったのに」 頭をかいてから、ニャルルゥがキツネ子を見る。 キツネ子がニャルルゥに顔を向け、おもむろにスケッチブックを持ち上げた。 『そういう事でしたら、ワタシも本気で行きます』 「本気?」 思わず尋ねる。 キツネ子が懐から取り出したケーブルで、手首のコネクタとハードの外部接続端子を接続した。画面が一時停止し、ディスクが回転、CPUランプが点滅する。 『データ解析――』 左手でスケッチブックを見せるキツネ子。 『Tool-Accelerated Superdush機動』 「おおっ、TASさんか! これは期待できるかも」 パンと手を叩くニャルルゥ。紫色の目を輝かせていた。 数分ほど待って解析が完了したようである。キツネ子がケーブルを取り外して懐にしまい、コントローラーを握った。画面に向き直り、狐色の髪を左手で軽く払う。 その姿には、今までとは違う"凄み"が宿っていた。 「久しぶりに、本気を出せそうですね」 「あたしは、観客になるわ。てなわけで頑張れキツネ子、この廃ゲーマー座敷童に一泡吹かせられるのは、今やお前だけだー!」 キツネ子に向けられるニャルルゥの応援を聞きながら、小萌は軽く指関節を動かしてから、コントローラーをしっかりと握る。手加減は一切必要無いようだった。超絶テクを惜しみなくぶつけられる相手の登場に、思わず微笑む。 キツネ子がスケッチブックを見せた。 『征きます』 ボンッ! 「Wooooooo!」 ゴール直前に仕掛けられた偽アイテムブロックに突っ込み、大クラッシュする小萌のカート。真上に吹っ飛んで回転しているカートの真下を駆け抜け、キツネ子のカートが無駄あの無い動きでゴールへと飛び込んだ。 「Ye-s! I'm winner! GA-HA-HA-!」 画面から流れるファンファーレ。ぱらぱらと紙吹雪が降る中で、キツネ子のカートが勝利のアピールをしている。遅れてゴールに入る小萌のカート。 勝敗は付いた。 「う」 『ワタシの作戦勝ちです』 スケッチブックにはそう書かれていた。 「お見事です」 小萌は小さく微笑む。 「なんというスーパープレイ、でも変態だ……。この二人、ヘンタイだ……」 尻尾を垂らし、ニャルルゥが怯えている。 スーパーロケットスタート、非減速連続ミニターボ、最短のコース取り、ミニショートカット、ダッシュボードの変則使用、スリップストームによる加速、アイテムの狙撃による妨害などなど。あらゆる技術を駆使した超玄人バトルだった。 最終的に先行していた小萌だが、ゴール直前に仕掛けられた偽アイテムブロックに突っ込み、敗北を許してしまった。初歩的な罠による、致命的な敗北である。 『でも、次戦ったら、小萌さんが勝つと思いますよ。まさか、TASロイドの動きに付いてくる者がいるとは思いませんでした』 キツネ子の言葉には、驚きが読み取れた。内蔵PCによって最速の動き計算、それをアンドロイドの伝達機構を用いて再現。ほぼ限界の技術であるが、小萌はそれと互角に渡り合っていた。最後に罠で倒れたとはいえ。 「これをどうぞ」 小萌はキツネ子の前に、ペンを一本差しだした。 「う?」 キツネ子がペンを受け取る。キャップを取ると、細い筆先が見えた。細い合成樹脂を束ねて作られた筆先で、軸からインクを供給する仕組みである。 いわゆる筆ペンだった。 ニャルルゥが紫色の瞳で、筆ペンを見る。 「景品? 普通の筆ペンだけど、マヨイガ製だからきっと何か仕掛けがある。無いわけがない。というわけでキツネ、ちょっと使ってみてくれないか?」 「う」 頷いてから、キツネ子は筆ペンをスケッチブックに走らせ―― 「うー!」 黄色い目が見開かれた。狐耳と尻尾がぴんと立つ。今まで使っていたペンとは違うのだろう。物凄い勢いでスケッチブックに筆ペンを走らせ、 『なんですか、何ですかコレは! ペンとは思えないほど書きやすいっていうか、なんかもう色々なことがすらすら書けちゃいますよ、書いているだけで気持ちがいいというか癖になるというか、何ですかこれは? え、小萌さん――これ本当に貰っちゃったいいんですか! いいんですか? いいんですね? いいですともー!」 狐耳と尻尾がばたばたと跳ねる。キツネ子は興奮を抑えきれないようだった。 「どうぞ。これは、私からのプレゼントです。あなたの技術に敬意を評して」 小萌は頷いてから、筆ペンを示す。 マヨイガの力によって作られた筆ペン。重さや寸法、インクの出方やしなり具合など。その全てがキツネ子に最適なように作られている。 『ありがとうございます』 スケッチブックに書かれたお礼の文字は、驚くほど美しかった。 夕方の空。 小萌は玄関で、ニャルルゥとキツネ子を見送っていた。空は夕方の紫路に染まり始めている。西の空には、羊雲と羽雲が浮かんでいた。 「じゃ、今日は一日楽しかったぞ」 「うーう」 『短い間でしたけど、楽しかったです』 元気に右手を持ち上げるニャルルゥと、筆ペンを貰ってほくほく顔のキツネ子。 「また遊びにくるからなー」 「うー」 そう言葉を残して、二人はマヨイガの門をくぐった。 見えていた二人の姿が、不意に消える。マヨイガの領域から外へと出て行ってしまった。マヨイガに入った者が外に出て、再びマヨイガに入ることはない。 しかし、遣い魔猫のニャルルゥは普通に入ってきている。なんとなく、キツネ子もまたやってきそうな雰囲気を持っていた。 帰途に就いた二人を見送ってから、小萌はマヨイガへと戻った。 「晩ご飯の準備を始めましょう」 寝室の隅に置いた電気ストーブが、暖気を吐き出している。 しかし、空気はそれでも冷たかった。小萌は赤い水玉模様の入った白いパジャマに着替えている。冬用の厚手だが、それも肌寒い。 「最近冷えますね」 外の空気を思い出しながら、小萌は布団へと身体を潜り込ませた。布団の中はまだ冷たいが、しばらくすれば暖かくなってくるだろう。 天気予報によると、近いうちに雪が降るらしい。 雪が降ったら雪かきなどが大変だ。しかし、それも粋なものだろう。 雪の様子を考えながら、小萌は電気を消した。 「おやすみなさい」 |
Tool-Accelerated Superdush タイムアタックやスーパープレイの動きを計算、出力するソフト。 平たく言うと、Tool-Assisted Speedrunの上位型。 筆ペン 超高性能筆ペン。文字が気持ちいいほどすらすら書ける。 |