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第25話 旅は道連れ世は情け


 皐月がちっこくなってから、五日が経つ。
 初日と次の日以外はこれといって何も無い平穏な日々が続いた。今日は土曜日、大学も休みだし、ちょっと買いたいものもあるし、出掛けてくるか。
「というわけで、留守番頼むわ」
 俺は厚手のジャケットを着込んで、皐月に向かってそう告げた。荷物は財布と文庫本のみ。季節も冬に近づき、随分と寒くなっている。今日は特に寒い日だ。
「どこ行って来るの? 大体見当付くけど」
 皐月が俺を見る。なんとなく連れてっていって欲しいという顔で。
 サイズが半分になっているだけで、普段通りの紺色のメイド服姿。服はこれとパジャマしか持っていないらしい。普段着は無いので、外に連れては歩けない。そもそも、ミニアンドロイド連れて外出ってのもあんま聞かない話だし。
「買い物」
 一言答えて、俺は玄関のドアを開けた。


 しばらくして。
 ベランダから下を見ると、庭を歩いているハルの姿が見える。着いてきて欲しくはないらしい。だが、着いて行くか行かないかを決めるのは、皐月自身だ。
「ふふん」
 皐月はその後ろ姿を眺めながら、口元に怪しげな笑みを浮かべる。


 東地区の二十五番道路にあるサン通り。
 俺は駅前広場に立ったまま、背筋を伸ばした。相も変わらず賑やかな中央駅前広場。ごちゃごちゃとした人混みで、周りの人はみんな厚着をしている。さすがに寒いからな。ここ最近一気に気温下がってきたし。
「さて、と」
 一息ついてから、俺は歩き出した。どこへ行くかはまだ決めていないけど、歩いていれば何か面白いものがみつかるだろう。ここはそんな場所である。
 その時だった。
「とうッ!」
 ずしっと肩に掛る重さ。
 何だ……?
 いきなりのことに戸惑いつつ、俺は足を止めた。何か子供くらいの重さのものが肩に乗っかっていている。妖怪肩乗り――なんて言葉が頭に浮かんだけど、ンなわけない。
「あんたが来ると言えば、やっぱりここだからね」
「皐月……!」
 頭の上から声から聞こえてきたのは、皐月の声だった。
 ふと視線を真横に向ける。広場中央の四角いモニュメント。ステンレス製の鏡のような、表面にジャケットを着込んだ俺の姿が映っていた。そして、肩に乗っかっているのは、紛れもなくミニサイズの皐月である。
 メイド服姿のまま、俺に肩車していた。首には赤いチョーカー。
 いくつもの疑問が頭を駆け抜ける。俺は一番最初に浮かんだ疑問を口にした。右手を持ち上げて、皐月の襟首を掴みながら、
「お前……。何でこんな所にいるんだよ!」
「面白そうだったからに決まってるじゃない。このミニボディだと外出もできないし、家で大人しく待ってるのは退屈だし、たまには外に行ってみたいと思ってたしね」
 俺の頭にしっかりとしがみつきながら、皐月は涼しげな声で答えてきた。襟首引っ張っても、離れる気配すらない。そういや、前から留守番は退屈とか愚痴ってたな。
「どうやってここまで来たんだよ?」
 下宿先のマンションからここまでかなりの距離がある。駅まで行ってから電車に乗って移動。普通のアンドロイドなら人間みたいに移動できるけど、ミニアンドロイドがそんなことはできない――と思う。こいつの性能考えれば、可能っちゃ可能だけど。
「乙女の秘密です」
 澄ました口調で、きっぱりと答える皐月。
 さいですかー。
 追求を諦めつつ、俺はため息をついた。どうしよう、この状況? ミニアンドロイド肩に乗っけたまま買い物なんてできないだろ。しかも私服ならともかく、メイド姿で。ミニメイドを肩車してる人間なんて、端から見れば変な人だし。
 変な人……
「はッ!」
 我に返り周囲に目を向けると、辺りにいた人間ほぼ全てが俺に目を向けていた。不思議なものを見るような眼差しで。疑問の視線が痛いほどに全身に突き刺さる。
 その視線に応じるように、皐月が肩の上で右手を振っていた。
 一気に顔まで赤くなるのを自覚する。
「失礼しましたァァァァ!」
 絶叫とともに、俺は全速力で逃げ出した。


 そう長くない人生の中で、一番速く走った気がする……。
 無我夢中だったせいで、どこをどう走ったかもよく覚えていない。俺は人気の無い路地裏まで逃げ込んでいた。両手を膝に起き肩で息をする。酸素不足で目の前が薄暗い。心臓が早鐘のように脈打っていた。腹が痛いし、足も震えていてもう走れん……。
「頑張ったねー。百メートル十秒台で走れそうな勢いだったよ」
 近に置いてある段ボール箱に腰かけ、皐月が暢気に笑っている。
 お前のせいだろうが!
 視線で告げるが、動じた様子もない。いつものことだけど。
「った、く……」
 擦れた声で呻きながら、俺は顔を上げた。まともに身体が動く状態じゃないけど、とにかく何とかして皐月を家まで帰さないといかん。そうじゃないと満足に買い物もできん。いや、そもそもどうやって帰せばいいんだ……? 来たって事は逆を言えば帰れるってことだろうけど、こいつが素直に言うこと聞くとも思えんし。
 俺がそんなことを思案していると、
「もしかして、ハルさんですか?」
 唐突に声を掛けられた。
 はて?
 振り向いた先には、一人の少女が立っていた。十四、五歳くらい。腰まで伸ばしたきれいな黒髪に、まだ幼さの残る顔立ち。白いセーターに茶色のフレアスカート、黒いタイツという服装で、絵に描いたようなお嬢様オーラを纏っている。
 えと……どこかで見たことあるような……。
 頭の中で記憶検索が行われる。
「時風サクさん」
 皐月がその名前を口にした。
 あ、サクお嬢さんか。思い出した。いつだったかサン通り来た時に、道尋ねられて何故か人外執事の爺さんに勘違いで殺されかけた記憶が……。
「はい。……もしかして、皐月さんですか? しばらく見ないうちに随分と小さくなってしまいましたが、何かあったのでしょうか?」
 サクお嬢さんが、驚いたように皐月を見つめている。
「前のボディが点検中なので、しばらくこのミニボディなんですよ」
「それは、大変ですね」
「でも、小さい身体も結構便利ですよ」
 皐月は段ボール箱から飛び降り、一瞬で俺の身体を駆け上がって、肩に乗っかる。さながらそこが定位置とでも言うように。もしかして俺の肩気に入られた?
「本当ですね」
 肩車した皐月を見ながら感心している。
 それはさておいて、俺は根本的な問いを口にした。
「ところで、サクちゃん、こんな所で何してるの?」
 視線で辺りを示しながら尋ねる。
 辺りには二、三階経ての雑居ビルが並んでいた。看板を見ると、中古屋や特殊家電屋など、表通りには並ばないような小規模店舗が多い。それだけに掘り出し物があるとは、誰の言葉やら。他にも、倉庫や事務所なども見える。
 少なくとも、良家のお嬢さんが来るような場所じゃない。
 サクちゃんは人差し指で頬を掻きながら、
「お遣いでサン通りまで来たのですが、目的のお店の場所が分からず迷子になってしまいまして……。とりあえず大通りに戻ろうとしているのですけど、さきほどから二十分ほど歩いているのに、一向に大通りに出られません。困りました」
 細い眉を寄せながら、子首を傾げてみせる。さらりときれいな黒髪が揺れた。サクちゃんって滅茶苦茶方向音痴だったな、そういえば……。それにしても、さすがは良家のお嬢様。些細な仕草だってのに気品が滲み出ているよ。
 俺の肩に乗ったまま、皐月が尋ねた。
「目的のお店って、どこですか? 一応GPSと無線ネット接続機能は積んでいるんで、お店の名前教えて貰えれば、場所は分かりますよ。わたしが場所の検索をして、こいつがそのお店まで連れて行きます」
「こいつとか言うな」
 ぺしぺしと頭を叩く皐月に苦情を言うが、聞き流される。
 サクちゃんはポケットから一枚の紙を取り出し、
「リモデルショップ・アキナニ……ですね」
「あー……」
 俺と皐月が同時に同じ呻きを漏らした。
 Remodel Shop AKI-NANI
 変な店長がいるあの改造屋か……。その手の業界では有名らしいけど、全く説得力が感じられないんだよな。ハカセが百万クレジット以上の仕事頼むくらいだから、腕は本物なんだろうけど、今ひとつ風格が無いというか。あのマンジュウさん……。
「知っているんですか?」
「ええ、まあ、一応……」
 頭をかきつつ、俺は曖昧に頷いた。店長が床に落ちてたチラシ踏んですっこけて皐月の服破って見事にぶん殴られていました、なんて言えん。
「失礼ですが、そのお店まで連れて行って貰えないでしょうか?」
「それはいいけど……。ヤ――」
「それ以上は無用ですぞ。ハル君」
 前触れ無く聞こえた声に、俺は固まった。囁くような声だったけど、異様にはっきり聞こえた。今の声、ヤマさんのものだ。かなり危ない超人執事、黒曜ヤマ……。姿が見えないと思ったけど、どうやら近くにいるっぽい。
 それとなく視線を巡らせると――
 ……いたよ。いましたよ。
 段ボール箱の取っ手穴から俺に向けられた鋭い眼光。さっきまで皐月が座っていた段ボール箱だった。もう、どこからツッコんでいいか分かりません……。
「どうかしました、ハルさん?」
「いえ、何も……」
 頑張って素知らぬ風を装い、俺は引きつり笑いを見せた。何故かサクちゃんは気づいていないらしい。皐月はどうだろう、気づいてる? 気づいてない?
 ここは深く考えない方がいいかもしれない。
 俺は大通りのありそうな方向に手を向けてから、
「じゃ、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
 そう一礼するサクちゃん。
 やっぱり、可愛いなぁ。

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