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第26話 Remodel Shopに行きました


 サン通りから路地へと少し入った所にある三階建てのビル。小さな電気屋のような外見だが、そこは機械の修理や改造を専門に行っている改造屋だった。
 Remodel Shop AKI-NANI
 看板に記されたそんな文字。以前見た時と外見は変わっていない。一ヶ月も経ってないし、変わるもんでもないけどな。自動ドアには従業員募集の張り紙。
「ここですか? すっきりしたお店ですね」
「小さいお店ですけど、どうぞ」
 サクちゃんと俺の肩に乗っかった皐月がそんな会話をしている。
 皐月がぺしぺしと頭を叩きながら行けの合図。
 俺の肩を定位置とした皐月……頑張っても離れないので、もう引き離すの諦めました。人通りの少ない所を歩いて、通行人に奇異の眼差しを向けられても気合いで無視。
「失礼します」
 自動ドアが開き、俺は店内へと足を進める。後れて入ってくるサクちゃん。
 以前見た時と大して変わらない店内。きれいに磨かれた床と、白い壁と天井。スチール製の棚にはPCのメモリやHDDなどの分かりやすいものから、何に使うのか分からない部品まで色々と並んでいる。用途不明の部品が大半だけど。
「いらっしゃい」
 店の奥から一人の男が現れる。
 二十代半ばくらいの男だった。適当に切ってある黒髪と、暢気そうな顔立ち。黒いフレームの眼鏡を掛けて、鼻の下に髭を生やしている。服装は長袖のワイシャツに、黒いズボン。店の名前がプリントされた白いエプロンを着けている。
 だが、以前と大きく異なる所がひとつ。
「誰この人ッ! もしかして、あの変態店長……!」
「何か凄く細くなってるし!」
 俺と皐月が同時に驚愕した。
 店長のマンジュウさん。前に見た時はぽっちゃり体型だったのに、一ヶ月経たずに別人のように細くなってる。枯れ枝みたいな痩せ具合。痩せたと言うより、窶れた――もしくは過剰減量。多分三十キロ以上減ってる。
「君は……えっと名前忘れたけど、こないだの存在感薄い青年。あと、ミニアンドロイドになってるけど皐月ちゃん。通常ボディは検査中かな? 二人とも久しぶりだね。いや、驚いた? 張り切って仕事してたら痩せちゃってねー」
 さらっとコキ下ろされたのは、さておいて。
「痩せたってレベルじゃないですよ……」
 驚きを通り越して呆れながら、俺は口元を手で押えた。皐月が無言で頷き、同意している。明らかに健康に響くような――いや栄養失調でも起こしたような痩せ方。最近まともに食事してないんじゃなかろうか? これは。
「これくらい大丈夫だよ。最初はみんな驚くけど、慣れてるからね。それに、もう依頼品は完成して渡したからね。久しぶりに気合い入った仕事したなぁ」
 満足げに笑いながら、マンジュウさんがぱたぱたと両手を動かしている。確かに、痩せ細ってるのに不思議と血色は良さそう。まだ二十代半ばだってのに小さいビル丸ごと持っているようだし、常人の理解を越えた仕事してるだろうな。
「あの、すみません」
 サクちゃんの声に、俺は横に身体をどかした。
「あ、はいはい。何でしょう? 修理、改造依頼ですか?」
 マンジュウさんが背筋を正して眼鏡をきらりと光らせ、温厚そうな営業スマイルを見せている。口調も丁寧語になっていた。でも、何で俺相手には普通の口調なん?
「こんにちは。先日ノートパソコンを預けた時風です。改造完了のメールを受け取りましたので、引き取りに来ました。これ、受取書です」
 サクちゃんはポケットから受取書を取り出し、それをマンジュウさんに差し出した。それだけの動作なのに、可憐さが滲み出ている。
「あと、こちらを」
 こともなく差し出したのは白いカード。
 さすがお嬢様、迷わずクレジットカードですか。しかも、見た感じプラチナだし。さすが時風財閥の孫娘。金持ちっていーなー。チクショウ!
「よしよし。あなたも頑張って稼ごうね?」
 俺の頭を撫でながら、皐月が慰めの言葉を口にする。慰めになってないけどな!
 マンジュウさんは受取書を確認してから、
「はい、時風様ですね。分かりました。今すぐ持ってきますね」
 一礼して店の奥へと消えていく。
 俺はちらりとサクちゃんに目をやった。
「サクちゃん、何頼んだの?」
「頼んだのは私ではなく、兄さんです。私は代わりに取りに来ただけです。兄さんは仕事で使うと言っていましたけど、詳しいことは私も聞いていません」
 首を左右に動かす。長い黒髪が音もなく揺れた。
「へー」
 お兄さんいたんだー。
 感心しながら、なにげなく店内を見回すと……。
「………」
 店の片隅に段ボール箱がひとつ置かれていた。『美味しいみかん』と書かれた大きな箱。普通店内に段ボール箱を置きっぱなしにすることはないはずだけど、ましてやみかんの箱なんて。でも、それはごく自然に、違和感すら無くそこに存在していた。
 どこの潜入工作員ですか、ヤマさん?
 俺がこっそり戦いているうちに、マンジュウさんが戻って来る。
「お待たせしました」
 その手に持っているのは、A4サイズの黒いノートパソコンだった。ごく普通の外見で、特別な改造がしてあるようには見えないけど。
 ノートパソコンをカウンターに置いてから、折り畳んだ紙を広げ、
「ええと……。依頼書通り、フレームの強化、完全防電と完全防水、バッテリーの増設、全て完了しています。海水の中でも支障なく使えるようにしてありますから、どんな環境でも使えると保証します」
 何に使うんですか。ソレ?
「あ、カードをお先に」
「はい。ありがとうございます」
 クレジットカードを受け取り、サクちゃんが一礼する。
 お嬢さんは改造内容について疑問に思わないのでしょうか? そんな俺の疑問です。
 マンジュウさんはノートパソコンを緩衝材とともに箱に詰めてから、手提げ紙袋へと入れた。こういう非常識な改造は慣れてるんだろうな、その様子からするに。
「どうぞ」
 紙袋をサクちゃんに差し出すマンジュウさん。
 サクちゃんは紙袋を受け取り、再び一礼した。
「どうもありがとうございました」
 顔を上げてから、ふと店内に目を向ける。
 その好奇心に気づき、優しげな笑顔でマンジュウさんが店内に手を向ける。
「当店の品物に興味ありますか? どうぞご自由に見学下さい」
「はい、お言葉に甘えて」
 嬉しそうに微笑み、軽く一礼してから、サクちゃんが棚に並べられた機械を眺め始めた。黒い瞳に映る、好奇心のきらめき。メモリやHDDみたいにすぐに分かるものもあるけど、そのほとんどは何に使うのか想像も付かないようなものだ。
 それを想像するのは楽しいのかもしれない。
「ところで、ええと……皐月ちゃん」
 いつの間にかカウンターから離れ、俺の前にマンジュウさんが移動していた。今までの落ち着いた営業スマイルとは違う、そこはかとなく不気味な笑みを浮かべている。その目に映るのは、改造屋としての好奇心に満ちた光。何か、危ない……。
 それに気圧され、一歩退く俺。
 マンジュウさんは俺の肩に乗った皐月に目を向け、一言尋ねた。
「バラしていい?」
 小細工無しの直球ど真ん中ッ!
 清々しいまでに明け透けな本音に、皐月の答えもまた率直だった。
「ロケットパンチッ」
 メコッ。
 皐月の右腕がマンジュウさんの顔面に命中する。破裂音とともに、肘から先が勢いよく飛び出したのだ。圧縮空気によるものだろう。相変わらずその場の気分で妙なもの組み込みますね、ハカセ。
 腕の上下を繋ぐ細いワイヤーが縮み、右腕が一瞬で元に戻る。
 意外と威力は高いのか、殴られた勢いで後ろに倒れていくマンジュウさん。
「あッ!」
 俺は思わず声を上げていた。
 マンジュウさんが倒れていく先には、まるで謀ったかようにサクちゃんが立っていた。棚に並べられた商品を熱心に見ているため、こっちには気づいていない。これは見覚えのある展開。このままだと、色々マズいッ!
 マンジュウさんが伸ばした左手が、サクちゃんのスカートの裾を掴み――
「どうかしましたか、ハルさん?」
 俺の声に、サクちゃんが振り返ってきた。
 ……どうしよう、この状況。
 サクちゃんは一度店内を見回してから、小首を傾げる。
「あれ? 店長さんはどこへ行ってしまったのでしょうか。さきほどまでカウンターのところにいたと記憶していますけど。ハルさん、知りません?」
「さっきお店の奥に行きました。しばらく戻って来ません」
 びしっと店の奥を指差す皐月。
 俺は根性で素知らぬ風を装うだけで、何も言えなかった。言えるわけがない。スカートの裾に触れた瞬間、マンジュウさんの姿が掻き消えたとは。おそらく……いや、間違いなくヤマさんの仕業だけど。店の隅にあった段ボール箱消えてるし。
「これ、欲しかったんですけど……」
 サクちゃんが見ていたのはキーホルダーだった。古いメモリをそのまま使ったもので、店長手作りと書いてある。意外とセンスはいいと思う。値段は百クレジット。
「お仕事が忙しいなら仕方ありませんね。また次の機会にしましょう」
 残念そうに眉を傾けているサクちゃんに、
「だね……」
 俺は作り笑いでそう言うのが精一杯だった。

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マンジュウ
年齢 26歳 身長169cm 体重 51kg
改造屋の店主。店員も兼業しているため、接客も普通にこなせる。
久しぶりの気合いの入った仕事を片付け、三週間ほどで別人のように激痩せした。しかし、健康上の問題は無い模様。本人曰く慣れている。