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第19話 持ち帰ったもの


 フユノが小萌を見つめる。
「条件?」
「はい。条件です」
 静かに答える小萌。開いた窓から少し肌寒い空気が流れ込んでくる。秋の夕方の風だった。フユノと皐月を順番に見つめてから、
「この屋敷にあるものを持ち出すのはいいのですけど、代わりに何かここに置いていって下さい。いらないものでもいいですし、大事なものでもいいです。とりあえず、何か置いて何かを持って行けば出られます」
 落ち着いた口調でそんなことを言ってくる。
 皐月とフユノは、お互いに顔を見合わせた。決して難しいことを言っているわけではない。だが、どうにも腑に落ちないことである。
「つまり、どういうこと?」
「何か持って行けば出られるから、何か置いて何か持っていけば出られるに変わったみたいです。ここで食事したり遊んだりしたから?」
 と、小萌に視線を向ける。
 小萌は頷いた。ツインテールの黒髪が跳ねる。
「おおむねその通りです。もうひとつ、持って行くものと大体等価値のものを置いていって下さい。湯飲みやお箸を持って行くというのなら、鉛筆など適当なものを置いていくだけで構いません」
 と、床に置かれた湯飲みを示す。ゲームの最中に小萌とフユノが飲んでいたものだ。皐月は飲食ができないので、お茶の用意はされていない。
 小萌はゲーム機を手で示した。
「でも、このゲーム機など高価なものを持って行くなら、相応の価値のあるものを置いて行って下さい。現金でも構いません。もうひとつ、大事なものを置いていけば、それだけ持って行くものも価値が増します。そういうルールです」
「うーん。このソフト貰っていくつもりだったんだけどなぁ……」
 頭を掻きながら、フユノがゲーム機を指でつつく。
 週間売り上げ一位のソフトで、現在どこの店でも売り切れだった。それを無料で手に入れられることを期待していたらしい。現実はそう甘くはないということだろう。
「でも、二千クレジットで買えますよね」
 皐月はそう告げた。ただで貰えなくとも、定価を出せばそのソフトを持って行くことができるのだ。言い換えれば、売り切れ商品でも定価で買えるということ。
 フユノが小萌を見ると、肯定するように頷く。
「頭良いな。さすが皐月」
 そう良いながら、ぱんぱんと皐月の肩を叩いた。
 フユノはジャケットの内側から財布を取り出す。新しい革製の財布。紙幣入れの部分から千クレジット札を二枚取り出し、小萌の前に差し出した。
「これでいいかい?」
「はい」
 小萌は二千クレジットを受け取ると、ポケットにしまった。
 それから、ゲーム機からディスクを抜き取り、ケースに収めてフユノの前に差し出す。
「これを持っていれば、マヨイガからは出られます」
「ありがとな」
 ソフトを受け取ってから、ほくほく顔で手提げ鞄に入れる。このソフトは元々フユノが欲しがっていたソフトだった。手に入っただけでもかなりの収穫だろう。
 ふと思いついたように、小萌を見るフユノ。期待に満ちた眼差しで、
「そういえば、マヨイガから持ち帰ったものって持ち主に幸運を運ぶっていうけど。このソフト持ってると、アタシに何か幸運来る?」
「どうでしょう……?」
 小萌の返事は、頼りなかった。
「そのソフトを定価で手に入れられたこと自体が幸運のようなものですし、何か幸運を運んでくる可能性は低いです。マヨイガから持ち出せる幸運は一定量ですから、追加で何か置いていけば幸運量も増えますけど」
「そりゃ、残念」
 自分の額をぺしっと叩き、フユノは苦笑した。何か余分に置いていけば幸運の増量ができるようだが、そこまでする気はないようである。
 その姿を眺めてから、皐月は自分を指差した。
「あの。わたしは何か貰える?」
 人間のような姿をしているが、人間ではない。今までフユノと一緒にいたので、マヨイガに捕らわれている。しかし、マヨイガのルールが適応されるのは人間だけだろう。
 小萌は一度首を傾げてから、
「皐月さんは、人間ではないので何も持たずに出られると思います。でも、何か持って行きたいものがあったら、どうぞご自由に持って行って下さい。代わりに何か置いて行ってもらいますけど」
「それなら……」
 皐月は数秒思考を動かしてから、背中の方に視線を向けた。薄茶色の髪の毛をまとめている赤いリボン。ハルに買って貰ったもの――というか買わせたもの。シンプルな見た目の割に高級な布を使っているため、かなり高価だった。
「貰いっぱなしってのも悪いからね」
 そう呟いてから、ポケットに手を入れる。
 取り出したのは一枚の銀色の板だった。トランプほどの大きさで、厚さは三ミリほど。表面には20Tbと記されている。大容量メモリカードだ。皐月自身が記録した情報を、他人に渡す時に使うものである。今まで使ったことはないが。
「これで、何かアクセサリっぽいもの貰えない?」
「そうですね……」
 差し出されたメモリカードを受け取り、黒い瞳を開いてしげしげと眺める。首を動かすたびに、ツインテールの先が左右に揺れていた。
 このようなものを差し出す者は、今までいなかったのだろう。そもそも、このメモリカード自体非売品である。価格にすれば五万クレジットは越えるはずだ。
「分かりました」
 メモリカードをポケットに入れてから。
 小萌はその場に立ち上がった。足音もなく部屋を出て行く。
 それを見送ってから、フユノが顔を向けてきた。あぐらの形にしていた両足を伸ばし、両手を後ろについて、背筋を伸ばす。口元には押し殺した薄い笑みが浮かび、茶色い瞳に好奇心の光が灯っていた。
「ハルにあげるのか?」
 皐月は自分の髪の毛をまとめた赤いリボンを示し、
「無理言ってこれ買わせちゃいましたしね。何か返さないと、ちょっと悪いと思いましたんで。せっかくだから何かこう凄いものを上げようかな、と」
「うんうん……。アタシはノーコメントにしておくよ」
 納得顔で頷きつつ、フユノはそれだけ答えた。
 その態度に深い詮索はしないでおく。
「お待たせしました」
 見計らったように戻ってきた小萌。手には小さな箱を持っていた。皐月の前まで歩いて来てから、その場に腰を下ろす。箱を畳に置いてから、蓋を開けた。
 出てきたのは、お守りである。消しゴムほどの大きさの銀色の板に、小さな穴が開けられ紐が通してあった。銀色の表面に彫り込まれた、文字か記号のようなもの。
 フユノが姿勢を戻し、珍しげにそのお守りを見つめる。
 皐月はそれを指差しながら、問いかけた。
「何コレ? お守りみたいだけど」
「あのメモリカードに見合った価値のあるものです。詳しくは言えませんが、色々と役に立つものですよ。鞄などに付けておくだけで、効果は得られます」
 お守りを箱に収め、その箱を皐月の前に差し出しながら、小萌は微笑む。優しげな笑顔。誰かに渡すものというのは、お見通しらしい。
「ありがと」
 皐月は手短にそれだけ答えた。


 空は大分薄暗くなっている。肌寒さを感じる空気。
 皐月とフユノはマヨイガの門の前に立っていた。それぞれ、荷物の詰まった手提げ鞄を持っている。振り返った先には小萌が見送りに立っていた。
「じゃ、一日世話になった。ありがとな」
「どういたしまして。わたしも久しぶりに色々とお話しできて楽しかったです。機会があったら、またお会いしましょう。歓迎します」
 小萌はそう言って一礼した。
 その姿を見ながら、皐月はやや寂しげに眉を傾ける。
「でも、わたしたちが出て行ったらまた一人になっちゃうね」
「大丈夫です」
 小萌の答えは明るかった。
「ハンドルネーム『もこもこ』――どこかで見かけたら挨拶して下さい」
 数秒の沈黙。微かな風の音が妙に大きく聞こえる。
 眉間にしわを寄せ、呆れたように目蓋を落とすフユノ。 
「……引きこもってネットばっかやってるのは、不健康だから止めた方がいいぞ」
 マヨイガはほとんど出歩かなくとも生活ができ、遊ぶ環境も寝る環境も整っている。ある意味、引き籠もりを作り出すには最適な場所だった。
 しかし、小萌は笑いながら、
「昼間は出歩いていますし、マヨイガの管理も色々忙しいですから。引き籠もりのような事をしている暇はありませんよ。安心して下さい」
「そうか。じゃあ、またどこかで会おうな」
 口端を持ち上げ、フユノが手を振る。
 皐月も同じように手を振る。
「お守りありがとう」
「さようなら。お二人ともお元気で」
 両手を腰の前で組んで、丁寧に一礼する小萌。
 その姿に一礼を返してから、皐月とフユノはマヨイガの門を出た。
 やや強い風が頬を撫でる。
 ふと振り向くと。
 そこには、ありふれた路地が伸びているだけだった。


「何だこれ?」
 ハルが自分の鞄に付けられたお守りを弄っている。見たこともない形の飾りを不思議がっているようだった。そもそも、お守りであることも分かっていない。
 皐月はその姿を眺めながら、自分の右腕に巻かれたリボンを指差す。
「このリボンのお礼のお守り。御利益はあるみたいだよ」
「ほぅ」
 ハルが頷いた。一応納得したらしい。
「殊勝なこともあるもんだな。ありがたく貰っておくわ」
「大事にしなさい」
 皐月はそう告げて、夕食の準備に取りかかった。

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