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第20話 Remodel Shopへ行こう


 その店は、サン通りから少し路地に入った辺りにあった。大通りの方は華やかな電気街だが、路地の奥へと入ると随分静かになる。こざっぱりとした三階建てビルの一階にある電気屋っぽい店だ。だが、電気屋ではない。
 店の看板には、『Remodel Shop AKI-NANI』と書かれている。
 ついでに、店員募集の張り紙。
「改造屋――」
 俺はその看板を眺めながら、そう呟いた。機械などの改造を専門に行ってる店である。大抵は素人ではできないような家電製品の改造などを行っていて、部品から機械を組み立ててくれることもあるらしい。値段はピンキリである。
「こんな所に何の用があるんだ?」
 俺は隣に佇む皐月を見つめた。
 紺色のジャケットを着込み、茶色いスカートを穿き、黒いタイツを穿いている。首には赤いチョーカー。最近冷えてきたので、随分と冬っぽい格好になっていた。以前俺が渡した赤いリボンをもみ上げに結んでいる。リボンが気に入っているようで何よりだ。
 皐月は指を振りながら、
「マスターが注文したものを受け取りにきたんだよ。でも、わたしだけじゃ受け取りできないから、生身の人間のあなたを連れてきたの。受け渡し確認係としてね」
「あっそ」
 手短に頷く俺。
 確かにアンドロイドだけで高いものを受け取ることはできない。確認のサインをする人間が必要なのだ。それが俺の仕事らしい。
「じゃ、行くよ」
 扉を開けて、皐月が店内へと足を進める。来店を告げるチャイム。
 俺も後に続いた。
 それなりに広さのある店だった。きれいに磨かれた床と、白い壁と天井。スチール製の棚にはPCのメモリやHDDなどの分かりやすいものから、何に使うのか分からない部品まで色々と並んでいる。
「改造修理500クレジットから承ります……ね」
 俺は壁に貼られた依頼額目安表を眺めた。上の方はメモリ増設やHHD交換など普通なことが書かれているが、下の方に書かれているものは何だ分からん。機速変換機フォーマット書換5万クレジットから、とか。
「いらっしゃい」
 店の奥から一人の男が現れる。
 二十代半ばくらいのちょっと小太りな男だった。適当に切ってある黒髪と、暢気そうな顔立ち。黒いフレームの眼鏡を掛けて、鼻の下に髭を生やしている。服装は長袖のワイシャツに、黒いズボン。店の名前がプリントされた白いエプロンを着けている。
 胸の名札には『店長マンジュウ』と書かれていた。
 マンジュウさんは俺をちらりと見てから、皐月に目を向ける。きらりと眼鏡のレンズが光った――ように見えた。どうやら俺には興味無いらしい。
「珍しいお客さんだね。随分と高性能っぽいアンドロイドだ……性能的に考えて。外見はほぼ人間と変わらず、識別用のチョーカーが無いと素人じゃまず分からないね」
 頭のてっぺんからつま先まで嘗めるような眼差しで観察しつつ、腕組みをしている。
 一歩退いている皐月には構わず、マンジュウさんは瞳を輝かせながら、
「それに、手足の動きも滑らかだし――人工筋肉も関節部も並のものじゃない。制御システムも桁違いに高度なものが組まれてるね。製造価格にして最低五千万クレジットくらいかな? その他機能も付けると一億は下らないかも」
「それはどうでもいいんですが」
 あっさりと聞き流す皐月。一刀両断かい。
 肩をコケさせるマンジュウさん。ご愁傷様です。
 皐月はポケットに手を入れ、折りたたまれた一枚の紙を取り出す。それを広げて、マンジュウさんの前に差し出した。書かれた内容からすると受取証明書らしい。
「以前書神ヒサメ博士が改造を注文した制御装置を受け取りに来ました。書神博士の代理で取りに来ました皐月です。で、こっちが受取証人兼博士の友人の葦茂ハルです」
 と俺を手で示す。
 マンジュウさんは証明書を受け取ってから、改めて俺を見つめた。
「どうも」
「こっちは普通の人間みたいだね。あのハカセの知合いっていうと、物凄く頭よかったりするのかな? あの人タダ者じゃないからねー」
 挨拶をする俺を、髭を撫でながらしげしげと観察する。確かにハカセって凄い人物らしいけど、俺にはそうは見えないんだよな。普段の姿知ってるからかな?
 横から皐月が口を挟んだ。何故か満面の笑顔で。
「どこにでもいるようなオタクの学生です。もはや特徴が無いのが特徴ってくらいで」
「なるほどー」
 何故か納得したように頷いている。
「じゃ、注文したもの取ってくるね」
 すたすたと店の奥に歩いていくマンジュウさん。
 その姿が消えてから、俺は皐月に問いかけた。
「何、あの人?」
「改造屋のマンジュウさん、マスターの御用達みたい。この業界じゃ有名な人だよ。見た目は冴えない男だし、全然そうは見えないんだけど」
 人差し指を立てながら、あっけらかんと説明する。
 その笑顔をジト目で見返す俺。いつものことながら歯に衣着せぬ物言いだなお前は。俺のこともさくっと酷いこと言ってたし。事実だけど……。もう少し建前を使ってくれ。
 そうしているうちに、マンジュウさんが店の奥から出てきた。
「おまたせ」
 両手で持っているのは、やや大きな辞書くらいの金属の箱である。端子がいくつか付いているが、それ以外には何もついていない。素人目には何の機械なのか全然分からん。さっき、制御装置とか言ってたけど、大抵の機械ってのはそんなものだと思う。
「注文のF波振幅制御装置だよ。ナノ秒単位のカオス30%振幅制御なんて無茶言われて危うく赤字になるかと思ったけど、ぎりぎり何とかなったよ。いやー、久しぶりに気合いの入った仕事したなぁ」
 楽しそうに笑いながら、レジ台で機械を緩衝材と一緒に箱に詰めている。
 ……何言ってるか全く分かりません。
 箱を紙袋に入れてから、マンジュウさんは皐月に向き直り、
「じゃ、約束通り改造代百三十万クレジットね」
 高ッ! 普通に高いよ! 130万クレジットですよ、奥さん! 車一台買えちゃう金額ですよ。もはやぼったくりレベルですらないよ?
「はい。百三十万クレジットです」
 値切ることもなく頷き、皐月はポケットから一万クレジット紙幣の束を取り出した。こっちも躊躇無しか! 始めて見たぞ、こんな大金。新卒者の年収より多いぞ……。
 マンジュウさんはその札束を受け取り、近くにあった機械に乗せた。銀行などで札束を数える時に使う紙幣計算機で、一万クレジットの枚数を確認してから、レジ下の引き出しへとしまう。いやお兄さん、そんな大金そんなあっさりと扱って。
「じゃ、ハルくん。これにサインお願いね」
 と、マンジュウさんが俺に差し出してきた書類。受取確認証明書と書いてあった。大まかな内容は、マンジュウさんが皐月に機械を渡したことを確認したという内容。連帯保証とかそういう危なげなものでは無いようである。
 中身の一読してから、俺は自分の名前を書き込んだ。
「ありがと」
 のほほんと礼を言うマンジュウさん。
「はい、これね。書神博士によろしくね」
 箱を詰めた紙袋を、皐月が受け取っている。これで終わりらしい。ハカセが頼んだ機械も皐月が受け取ったし、俺もその機械を皐月が受け取ったと書いたし。
「そういえば、ハルくん」
「はい?」
 俺の返事に、マンジュウさんはカウンターから出て来て、壁際に並んだ棚の前まで歩いていく。棚には『PC関係』というラベルが貼ってあった。
「PCの改造増設とか興味ない? メモリやHDD買ってくれたら、増設は無料だよ。あんまり興味無いかもしれないけど、気が向いたらまた来てね」
「ええ、まあ。前向きに検討します」
 曖昧に返事をしておく。正直なところ、俺はPC改造には興味が無い。既製品で充分満足できるし、そんなに高スペックのパソコンを使うことも無いからな。
 それから、マンジュウさんは皐月の前まで移動した。
「皐月さんは自分の改造に興味ない?」
 その言葉に皐月はきょとんと自分を指差した。
 マンジュウさんは右手で顎を撫でながら、皐月の身体を見つめている。
「書神博士製作だと構造部分はほぼ完璧だと思うけど、外見とかは少し弄りようあるからね。その控えめな胸のサイズを五センチくらい大きくするとか」
 あなたも、さらっと失礼なこと言いますね……。
「……遠慮しておきます」
 お前も、その約一秒の沈黙は何だ……?
 マンジュウさんはため息をついて、愚痴るように口を動かす。
「いや、あの書神博士が作ったアンドロイドの内部を見たいと思ったんだけど、それはさすがに無理なことだよね。残念だね」
 レジの方へと戻ろうと身体の向きを入れ替え――
 床に落ちていた紙を踏んだ。脈絡もなく。
 それは、カウンターに置いてあったチラシだった。何かの拍子にこっちに一枚飛んでいたのだろう。葉書大の紙を踏みつけ、まるで狙ったかのように足を滑らせる。
「ほあッ!」
 慌てて伸ばした右手が、再び狙ったように皐月の襟元を掴んだ。が――
 ブチブチッ、という留め糸が切れる音。ジャケットのボタンと下に着ていたワイシャツのボタンを引き千切りながら、マンジュウさんが倒れていく。
 そのまま指がスカートを掴んでいだ。ビリッというファスナーの切れる音とともに、マンジュウさんが床に落ちた。その手には皐月のスカートが握られている。
 これはなんつーToLoveる……。てか、エロ漫画ですか?
 俺は他人事のようにそれを眺めていた。
 上半身は上着の前が千切れて、浅い胸の谷間とお腹が見えている。って、ブラジャー付けてないのかよ、お前は……。そういや、下着が乾いてないとか愚痴ってたような? 下半身は黒いタイツに包まれた両足と腰。タイツ越しに見える、三角形のショーツ。さすがにそっちは付けるか。
 表情を固まらせたまま、皐月は自分の身体を見下ろしていた。





 スカートから手を放し、マンジュウさんがよたよたとその場に起き上がる。エロ漫画に出てきそうな格好の皐月を見つめながら、ぽりぽりと頭を掻いた。
「いや、ごめんねー」
 反省している気配無しッ!
「………」
 皐月は素早くポケットから安全ピンを取り出すと、ジャケットの前を留め、スカートを持ち上げて切れたファスナー部分を留める。とりあえず、見た目は元に戻った。
 にっこりと満面の笑みを浮かべながら、
「いえいえ、お気になさらず――」
 ゴキッ!
 笑顔のまま放った高速の右フックが、マンジュウさんのこめかみを撃ち抜いた。眼鏡のフレームが歪み、レンズに亀裂が走る。音もなく腰が落ちた。脳震盪は確実――てか、これは効いた! 意識が半分身体からはみ出すくらい……。
 ズン――!
 と、間髪容れず左拳が脇腹へ。身体が折れ曲がるほどの強烈なリバーブローッ! 大きく口を開け、無言の悲鳴を上げるマンジュウさん。はみ出していた意識が身体へと無理矢理押し戻される。これは、痛いッ!
 皐月が半歩退き、思い切り右腕を後ろに振る。身体ごと回転させるような大振り。右拳が床を掠めるほどの低軌道から、一気に急上昇。十二分に加速の付いた拳が、マンジュウさんの顎を捕らえた。強烈なアッパーカット――!
 声もなく吹っ飛ぶマンジュウさん。
 放物線を描きながらカウンターを飛び越え、レジ席へと落下する。砂袋を落としたような重く鈍い落下音。もう意識はないだろう。リングアウトKOとでも言うのだろうか、これは。てか、生きてるよね? 
「地獄で詫びなさい!」
 皐月が親指を真下に向けている。
 どーしよこの状況?
 俺はその様子を他人事のように眺めていた。



 皐月の行動はどう考えてもアンドロイド安全管理法違反だが、皐月に対するおとがめは無かったらしい。ハカセが何かしたのかもしれない。殴られたマンジュウさんは全治一週間の打撲傷を負ったものの、今は元気に働いているようだった。
 世の中って不思議だと思う。

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 Remodel Shop AKI-NANI
 サン通りの裏路地にある改造屋。家電製品から工業用精密機器まで手広く改造を行っている。改造用の部品などもを売っていたり、故障した機械の修理なども行っている。
 三階建てビルの一階にあり、二階は倉庫、三階は住居になっている。

 マンジュウ
 年齢 26歳 身長169cm 体重 82kg
 改造屋の店主。多分偽名。眼鏡と髭のぽっちゃり系。
 機械改造の腕は確かで、業界ではかなり有名らしい。書神ヒサメが数百万クレジットの機械改造を何度も依頼するほど。店は一人で切り盛りしているが、従業員募集中である。
 かなり脳天気でマイペースな性格。あんまり空気は読まない。