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第18話 不思議なお屋敷


 秋とは思えない少し暖かな風が吹いている。
 皐月は空を見上げた。青い空に羽のような絹雲が浮かんでいる。
「どこだろうね、ここ……?」
 微かに赤みを帯びたショートカットの黒髪を撫でつつ、フユノが辺りを眺めていた。
 皐月よりも少し高い身長で、赤いジャケットに白いデニム地のズボンという服装である。以前見た時と変わらず、男っぽい格好だった。
 右手に手提げバックを持っている。
「GPS機能によると、東地区二十二番通りの中央なんですけど――」
 ぽりぽりと頬を掻きつつ、皐月は呟いた。
 紺色のワンピースに厚手の白いジャケットという格好。首には赤いチョーカーを巻き、薄茶色の髪の毛の先を赤いリボンで留めている。傍目に見ると少し寒そうな格好。もう少ししたら、秋用ではなく冬用の服装を着ようと考えていた。
 皐月とフユノは並んで歩いていく。
「絶対に違うよね。もしかして、GPS壊れてるんじゃない? 一応ハカセに検査して貰った方がいいかも――。って、そもそも二十二番通り行くのに迷うってこと自体おかしいし。本当にどこだろ、ここ?」
 腕組みをしながら、フユノがため息をつく。
 周囲に見えるのは古びた住宅街だった。街の開発から少し遅れたような風景である。しかし、普通の住宅街とは違った。雰囲気が作り物のようで、人の気配がない。
 街でたまたま出会ったフユノと二十二番通りに買い物に行くことになったのだが、気がつけばこの場所に迷い込んでいた。二十二番通りは皐月もフユノの行き慣れた場所で、迷うこと自体考えられない。
「で、またここにたどり着くわけだ」
 眉間に指を当てて、フユノが呆れたように呻いた。
 目の前にあるのは、大きな家だった。屋敷というほどではないが、大きな門があり、奥に古びた平屋の家が見える。以前行った灰羽家を小さくしたような雰囲気だった。
「どう思う、皐月」
 視線を向けてくるフユノ。好奇心の灯った瞳で、口端を上げている。
「街を歩いていると見知らぬ所に迷い込んで、変な屋敷にたどり着いて、色々おもてなしされて帰ってくるって都市伝説あるけど、まさにこれだね」
「マヨイガの伝説ですね。というか、怖くないんですか?」
 皐月は小さく呟いた。普通の神経ならばこのような未知の状況に対して、恐怖や不安を感じるものである。しかし、フユノはこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「別に、怖いってほどじゃないよ」
 その言葉に嘘は無いようである。
 皐月はマヨイガを見つめながら、尋ねてみた。
「これからどうします?」
「突入」
「了解」
 即答するフユノに、皐月はさらに即答する。
 両腕を動かし、内部機構と武器の具合を確認。問題はない。フユノも両手両足を動かして軽い準備運動をしていた。話によると格闘技の心得があるらしい。ハルがソラから教えられた一発芸レベルのものではなく、多少本格的なもののようである。
 ふと、殴り込みを掛ける準備をしているような錯覚を覚えた。
「何をなさっているのですか?」
 いきなり掛けられる声。
 皐月とフユノは同時に振り返る。人の気配はなかったはず。
 そこにいたのは小さな女の子だった。頭の後ろでツインテールに結ばれた長い黒髪、あどけない顔立ち。人間で言うと十歳くらいだろう。もっとも、人間であるとは思えない。服装は赤い水玉模様のワンピースだった。この時期の気温からすると寒そうな格好であるが、寒さは感じていないようである。
「これからこの屋敷に突入してボスを倒そうかと思ってさ」
 フユノが腕組みをしながら言い切った。冗談のような口調であるが、半分は本気だろう。いつの間にか収縮式の特殊警棒が右手に握られている。
 女の子が呆れたように肩を落とした。見かけに似合わぬ大人びた動作。
「そのボスは多分わたしだと思うんですけど……。それに、殴り込みのような真似をしていただかなくとも、普通に案内しますので」
「そりゃ残念だ」
 フユノは両手を広げて首を左右に動かす。持っていた警棒を手提げ鞄へとしまい込んだ。それを見て、女の子が胸をなで下ろしている。
 皐月は奥の屋敷を示しながら、
「ここってマヨイガなの?」
「そうですね。一般的にそう言われるものです」
 頷く女の子。
 自分の左頬を掻きながら、フユノが問いかける。
「そういえば――マヨイガって無人の屋敷だと思ったんだけど、違うの? 本には人のいる気配はするのに、誰もいないって書いてあったけど、あんたって何者なの?」
「わたしは、いわゆる座敷童です。名前は小萌です。よろしく」
 女の子はそう答え、ぺこりと頭を下げた。
 皐月は小萌をじっと見つめる。
 家に住み着く女の子の妖怪。座敷童が居着く家は裕福になると言われている。しかし、何らかの理由で機嫌を損ねて出て行かれると途端に不幸がやってくるとか。
 あくまでも大昔の民間伝承であって、実在するとは思わなかった。もっとも、異能力者が普通にいる世界。妖怪がいても不思議ではないだろう。
 小萌は頬に人差し指を当ててから、青い空に視線を持ち上げ、
「座敷童がマヨイガにいるのは……共生関係というものでしょうか? おおむね管理人のようなものです。まあ、妖怪同士の複雑な事情というものですね」
 と、苦笑。
「それより、アタシたちってここから出られないの?」
 フユノが屋敷の門を指差し尋ねる。さきほどから屋敷から離れようとすること三回。そのたびに、この場所に戻って来てしまう。まるで空間そのものが歪んでいるように。
 小萌はこともなげに答えた。
「いえ、何か持ち出せば出られますよ。その辺りに落ちている小石でもいいですし、木の枝でもいいです。何か持ち出せば出られるのがマヨイガのルールです」
「そうなの?」
 感心したように頷くフユノ。
 それに続けるように皐月は尋ねた。
「わたしたちはこれからどうすればいい?」
「このまま小石でも拾って帰っても構いませんし、しばらく遊んでいくのも構いません。屋敷で休んでいくというのなら、おもてなしします」
 と、右手で屋敷を示す小萌。
 皐月とフユノは顔を見合わせた。現在時刻は午前十時半。今日は急ぐような用事はなく、二十二番通りに行こうとしていたのも暇潰しのためだった。
「じゃ、お言葉に甘えさせて貰うね」
 フユノはそう答えた。


 八畳の和室。部屋に漂う畳の香り。庭にはこぢんまりとした庭園が造られている。お茶と羊羹を用意して庭を眺めるというのは、贅沢だろう。
 しかし、今繰り広げられているのは熱い戦いだった。
「突撃ィィ!」
 ゲーム機のコントローラーを両手で握りしめたまま、フユノが吼える。
 テレビ画面に写るのは格闘ゲームだった。最近発売された人気ソフトである。皐月とフユノと小萌で対戦プレイ中。バトルロワイヤルで、最後に残ったプレイヤーが優勝というルールだった。
 皐月が忍者。フユノが格闘家。小萌が剣士である。
「皐月、今よ!」
「発射」
 フユノの言葉に皐月はコントローラーを操作する。
 ライフが削られるのを無視して格闘家が足止めしていた剣士。その二人に向かって、忍者がロケットランチャーを発射する。ロケット弾は一発武器だが、フィールドに落ちている武器で最大の攻撃力を持つものだった。
 しかし、小萌は的確に反応する。
「甘いですね」
『岩砕剣!』
 剣士が大剣を振るい、フユノの格闘家を吹っ飛ばした。そこに命中するロケット弾。巻き起こる爆発に、剣士と格闘家の両方が呑み込まれる。
 だが、そのダメージを喰らったのは格闘家だけだった。
『K.O!』
 剣士は技発動時のほんの一瞬の無敵時間を使い、さらに反動を利用して爆発の範囲外へと飛び出している。技術的には可能だが、人間の反射ではほぼ不可能だろう。
 格闘家はリタイアし、剣士が一瞬で忍者に接近する。
『手裏剣乱舞!』
 皐月はすぐさま技を繰り出すが、剣士は素早く後退して回避した。流れるような動きでさながら達人の挙動。並の操作技術ではない。
『凶切り――逆風の太刀――天翔蒼破斬ンッ!』
 凶悪なコンボに満タンまであった忍者のライフが一瞬にしてゼロになった。
『K.O!』
「勝利です。七連勝目ですね」
 ぐっと右手を握りしめ、小萌が余裕たっぷりの態度を見せる。
「強いよ、反則的なくらいに……」
 コントローラーを落とし、頭を抱えるフユノ。
 小萌の作った昼食で腹を満たした後、部屋に置いてあったゲームで遊ぶことになった。三人のバトルロワイヤルだったのだが、小萌は異様というくらいに強かった。ゲームに自信があったフユノも粉砕され、機械の特性を利用した皐月も破れ、二人で作戦を練って戦ってみたがあえなく玉砕。
「もうそろそろ四時ですね。遊びは終わりにしましょう」
 小萌がふと壁に掛けてある時計を見上げた。
 十二時過ぎからゲーム対戦を始めて、そろそろ四時間が経とうとしている。小萌には四時にはここを出ると伝えてあった。
 外を見ると、庭に微かに陰がかかっている。
「うん。そだね。そろそろ帰ろうか……」
 生気の抜けた口調で答え、フユノが小萌を見つめた。本人曰く、今まで対戦ゲームでは負け無しだったらしい。ハルも以前フユノはゲームが強いと言っている。だが、小萌相手に手も足も出ず、かなり落ち込んでいるようだった。
 皐月は適当に辺りを見回しながら、
「何か持っていれば出られるんだよね?」
「うーん。そうですけど」
 小萌は少し考え込むように間を作ってから、静かに答えた。
「ちょっと条件が付きます」

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 小萌 Komoe
 年齢不明 132cm 28kg
 マヨイガに住んでいる座敷童。
 マヨイガに迷い込んだ皐月とフユノを迎え入れる。見た目は小さい女の子だが、かなりの年月を生きているためか言動は見かけよりも大人びいている。料理や掃除などの家事全般が得意。
 なぜかゲームが超人的に上手い。