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第17話 プレゼント |
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晴れた空には、ひっかき傷のような小さな雲がいくつか浮かんでいた。 皐月が右手を振り上げ、人差し指を天へと振り上げる。 「ビバ、お買物!」 服装は紺色のワンピースと長袖の白いジャケットだった。冬が近いため服装も冬服に近づいている。機械に寒さも何もないだろうが、人間に近い服装をするのはマナーである。首にはアンドロイドであることを示す赤い布のチョーカーが巻かれていた。 「って、何他人の振りして歩き去ろうとしてるの?」 右腕を下ろし、逃げようとしている俺を目敏く見つける。今まで皐月に集中していた数十の視線が、一転して俺へと突き刺さった。 思わず足を止める俺。心がとっても痛いです……。 近所にある三階建ての百貨店。食い物から手芸品、宝石や家具類まで大抵のものが揃っている。今いるのは正面入り口だった。皐月がいきなり変な仕草をしたので、見事に注目を集めている。何でこいつはごく自然にこんな事するかな? 「なあ、やっぱ帰っていいか?」 四方から飛んでくる視線を受け止めながら、俺は小さく声をかけた。大衆の面前で少女型アンドロイドと漫才……って、これ罰ゲーム? それとも羞恥プレイ? 周囲から注がれる好奇の視線に、皐月は恥ずかしがる様子もない。胸を張って親指を立ててみせる。その動作にどんな意味があるのかは分からない。 薄々感じてたことだけど、羞恥心無いのか――こいつは? 「駄目。男なら約束は守らないとね?」 「分かったから行くぞ」 顔を赤く染めながら、俺は早足に歩き出した。密度の薄い人混みをすり抜けながら、店の入り口を通り、店内へと足を進める。周囲の人たちは事が終わったと思ったようで、それぞれ元の動きに戻っていった。 後ろから歩いてきた皐月が、横に並ぶ。 「さて、今日は何を買ってもらおうかしら?」 楽しそうに笑いながら、両手をすりあわせていた。 考えてみると、俺からこいつにプレゼントっぽいものを渡すのは今回が初めてだったような気がする。我ながら結構適当に扱ってきたものだ。 「お前が欲しいものなら俺の出せる範囲で買ってやるぞ。そんなに高いものとか、大きなものとか変なものとかは買う気ないけど」 「うん。それじゃ、ちょっと来て」 俺の腕を掴むなり、歩き出す皐月。 どこへ行くのかは決まっていたのだろう。迷うことなく歩いていく。店内を通り過ぎてから、エスカレーターに乗り二階へと向かう。二階は主に日用品売り場だった。小物や服などから、宝石やアクセサリまで色々売っている。 「ふふふー。わたし、前々から欲しかったものがあったんだよ」 「楽しそうだな」 妙に浮かれている皐月を眺めながら、俺は苦笑した。エスカレーターに乗っているのは俺たちを含めて七人。みんなが左側に立ったままである。 エレベーターが終わり、皐月が歩き出す。 それに並ぶように歩きながら、俺は左右を眺めた。 「どこへ――行く、つもりだ?」 脳裏をかすめる不安。この百貨店に来るようになったのは、一人暮らしを始めてからである。しかし、店内の売り場を大体覚えるほどには来ているつもりだった。 この先にあるのは、確か……。 「えっとね」 パンと両手を打ち合わせてから、皐月は通りを左に曲がる。そして、左手を正面に向けた。右手を胸元で握り締め、無邪気な笑顔を見せる。 「これ、買って♪」 『ジュエリー売り場』 灰色の絨毯の敷かれた床、黒い布で覆われた商品台。上には強化ガラスケースが置かれ、中には煌めく宝石が飾ってあった。他とは明らかに違う空気。天井の目立つ位置に監視カメラ、ガードマン型のアンドロイドが数体見える。 「さて、帰るか」 売り場の看板を確認するなり、俺は踵を返してごく自然に歩き出した。一回だけ興味本位で眺めたことがあるが、学生に手が出せるような物は売っていない。最低でも一万クレジットである。 十歩ほど歩いたところで、足を止めた。振り向く。 「ジョーク、ジョークだから……。待って、ね?」 皐月が両手を握り締めていた。その笑顔にさきほどまでの余裕は無く、頬も引きつっている。さすがに冗談が過ぎたという自覚はあるらしい。 何事かと周囲から飛んでくる視線。 「次こんな冗談言ったら本当に帰るからな」 怒りの宿った笑顔のまま、俺は告げた。 皐月が手を離すのを確認してから、歩き出す。周囲にいた人たちは、それぞれが元の動きに戻っていく。あんまり他人の視線を集めることはしたくない。 素直に横を付いてくる皐月。 そうしてやってきたのは、宝石売り場から少し離れた場所にある、アクセサリ売り場だった。学生から若い社会人を対象とした、安めのアクセサリが置いてある。安いといっても、二百クレジット程度から一万クレジットくらいまで幅は広い。 「さっそくだけど、何買ってくれるの?」 茶色い瞳をきらきらと輝かせながら、皐月が尋ねてくる。 台の上に並んだ様々なアクセサリ。髪飾りや首飾り、ブレスレットや指輪などの普通のものから、何に使うのかいまいち不明なものまで沢山置かれている。アクセサリ売り場にいるのは、俺たちだけだった。俺は大学の創立記念日で休みだけど、世間一般じゃ平日だしな。ま、人はいないに越したことはないけど。 「お前は何が欲しいんだ?」 俺の問いに、皐月は人差し指を振ってから、片目を閉じてみせる。 「こういうのは、普通男の人が選ぶものでしょう? というか、あんたのセンス知りたいから、わたしからは言わないよ。あんたがイイと思うもの選んでね」 「おいおい……」 呻く俺にはかまわず、皐月はふらりと歩き出してしまった。ウインドウショッピングよろしく、飾られたアクセサリを眺め始める。 何が欲しいのかを言う気はないらしい。 「選べって言われてもなぁ」 腕組みしたまま、首を傾げる俺。 ぶっちゃけて、他人にアクセサリを送ったことはない。だから、正直なところ何を買っていいのか全く分からん。かといって、変なもの渡しても怒るだろうし、無難なもの渡しても何か言うだろう。 つまり、俺の気に入ったものを渡せばいいんだな。 うん。結局思考は進んでないぞ。困った。 天井を見上げながら、一人そんなことを考えていると、 「ねぇ?」 皐月の声。 俺はふと息をついて、正面に視線を戻し。 「NEKO MIMI mode♪」 「ッ」 吹き出しそうになりつつ、思わず仰け反る。 目の前にいたのは、薄茶色の猫耳カチューシャと尻尾のアクセサリを付けた皐月だった。売り場のどこかに置いてあったものだろう。勝手に試着しているのだと思うけど。 これは……何というか……。 「どう? これ似合ってるかにゃ?」 両手を猫手に丸めたまま、瞳をきらきらと輝かせながら見つめてくる。猫っぽい表情を作りながら、丸めた手で頬を撫でて見せた。猫が顔を洗うような仕草。 どういう原理か、尻尾も左右に動いている。 「うにゃぁ?」 「えと……」 俺は口元を手を当て、無言のまま視線を反らした。冷や汗が頬を流れ落ちる。 これはヤバイ……。ヤバイヨ、ヤバイヨー。ヤバイですよ、奥さん。 「にゃー、ご主人様ぁー」 音もなく視線の先に回り込んで来る皐月。両手を猫手に丸めたまま、物凄く嬉しそうに俺の顔を覗き込んでくる。妖しく曲げられた猫口。猫のような悪戯っぽい好奇心の光を灯した茶色の瞳。 くそっ、可愛いじゃねーかッ! 「もしかしてツボった? ツボに入ったにゃ? 猫耳と尻尾のアクセサリ付けたアンドロイドに萌えるなんって、いけない男の人にゃー」 「元の場所に返してきなさい」 あくまで視線を反らしつつ俺は答えた。無駄だと知りつつも、可能な限り冷静を装って。これ以上変な挙動されたら、俺暴走するかも……。猫耳と尻尾付けただけでこれほど破壊力増すとは、獣耳恐るべし。 「了解にゃ」 幸い、皐月はそれで満足したようだった。 「にゃーにゃーにゃー♪」 猫の鳴き声を真似ながら、遠ざかっていく。 アクセサリ売り場の一番端に行き、猫耳カチューシャと尻尾のアクセサリを取り外し、元の場所に戻した。そこには犬耳や兎耳、狐耳などのアクセサリも置かれている。 何の目的でこんなもの置いてあるん? その疑問は頭の外に閉め出してから、俺は売り場を眺めた。 「何か選ばないとな」 飾ってあるアクセサリを眺めながら、俺は思考を回転させた。 皐月にはあまり派手な装飾は似合わない。外出時は首に赤い布のチョーカーを巻いているので、首飾り系は無理。アクセサリが重なってしまう。となると、髪飾りかブレスレット系になるだろう。 「でも、あいつに光り物は似合わないような気がするし」 そう言いながら、俺が手に取ったのはリボンだった。 手の平大の紙のケースに収められいる。透明なフィルムが貼られた隙間から、中の生地が覗いていた。やや高級そうな赤いリボン。余分な装飾などはなく、赤一色のシンプルなものである。値段は千二百クレジット。 意外と高いですね……。 だけど、我慢。 「これでいいか?」 「ん?」 俺が声をかけると、指輪を眺めていた皐月が歩いてきた。何のために声をかけたのかはすぐに分かったようである。右手に持ったリボンのケースを見るなり一言。 「73点ね」 偉そうに言ってのけた。 それは、いいのか……? 怪訝な眼差しを受けながら、皐月は特に怖じることもなく続ける。感心したような嬉しそうな、そんな笑顔を見せながら、 「でも、あんたが選んだにしては趣味いいじゃない。わたしには金属系や宝石系ののアクセサリは似合わないと思うから、妥当な選択だね。さ、会計行きましょう」 と、少し離れたところにある会計コーナーを指差す。どうやら、俺の選んだプレゼントは気に入ってくれたようだった。 「ところで――」 皐月が素早く移動する。アクセサリ売り場の端にある、ケモノ耳パーツ売り場へと。やっぱり未練は残ってたんだな……。 並べられたコスプレセットを指差し瞳を輝かせながら、 「これひとつ買っていい?」 「駄目だ」 俺は即答した。 自宅に戻り、皐月はメイド服に着替えていた。 その手に握られた赤いリボン。 幅五センチほどで、長さは五十センチほど。普通よりもかなり大きなものだろう。 しかし、皐月は渡されたリボンを器用に操っていた。亜麻色の髪の先端近くを蝶結びに縛って留める。普段は動くだけで毛先が跳ねているのだが、リボンで留めたおかげで少し大人しくなっていた。 俺に背中を向けて髪に飾り付けられたリボンを見せつつ、 「どう? 似合ってるかな?」 「多分似合ってるぞ」 曖昧な返答を返す俺。 こういう場合、何と言っていいのか全く分からない。他人に渡したプレゼントを目の前で身に付けて感想を聞いてくる。こんな体験、今までなかったし。 皐月は肩越しにリボンを眺めながら、左手で軽く撫でる。 「今はこうして縛ってるけど、気分が変わればポニーテイルにもできるし、腕に巻いてみることもできるし、首に巻いてもいいかな?」 そう楽しそうに笑っていた。ほとんど当てずっぽうで選んだものだったが、思いの外気に入ったようである。そのことに俺はひとまず安堵していた。 それから皐月は俺に向き直り、にっこりと笑って見せる。 「とりあえず、ありがとね。これ、大事に使うから」 |