Index Top 第6章 それぞれの決着

第1節 情報をぶちまけろ


 通路の角から、男が飛び出してくる。
 相手が拳銃の引き金を引く前に、アーディはライフルを撃っていた。衝撃弾が男の身体に命中し、男が倒れる。気絶しただけで死んではいない。
「あと少しだ」
 仲間たちとともに廊下を走っていく。
 通信施設の襲撃に際して、大人数の警備官やイータなどの迎撃を覚悟していたのだが、施設を守っていたのは警備官が三人だけだった。指令系統が混乱してるらしい。苦もなく警備官を気絶させると、アーディたちは通信施設に突入した。
 通信施設の職員も拳銃などの武器を携帯していたが、倒すのに苦労はしない。現れる職員を、衝撃弾で気絶させながら、アーディは数人の仲間と一緒に施設の中を進んでいく。
 残りの仲間は、通信施設の外で見張りをしていた。
 いざという時のことを考え、外部との連絡は欠かさない。何かあれば、即座に連絡がくるのだ。幸い、今のところ何の連絡も来ない。
「さて……」
 アーディたちは、足を止めた。目の前には、一枚の扉がある。扉には、通信制御室と書かれた札が貼ってある。扉の隣には、網膜認識装置が設置されている。
 扉は金属製で、爆弾でも使わないと破れないだろう。
 だが、真正直に扉を破ることもない。
 アーディはポケットから、小さな透明な板を取り出した。表面には何本もの赤い曲線が描かれている。ミストの眼の網膜パターンを転写したものだ。
「これで、開くといいけど……」
 言いながら、網膜パターンを認識装置の前にかざす。ミストは通信施設出入りの権限は剥奪されていない。これで、扉は開くはずだった。
(もし開かなかったら……)
 と不安になったのを見計らったように、扉が開いた。
 中からの攻撃を警戒し、扉の左右に隠れる。攻撃はない。
 アーディは機関銃を構えて、制御室に飛び込んだ。しかし。
「誰も、いない……な」
 制御室には誰もいない。人が隠れられるという場所もない。装置類を壊されていることも考えたのだが、そういうこともない。機能は停止しているが。
 廊下で待機している仲間に向き直り、アーディは言った。
「エリオ、リリィ。廊下を見張っててくれ。サザカイムとキールは、一緒に来てくれ」
「分かった」
 仲間とともに、制御室に入る。
 警戒は解かぬまま、アーディは制御パネルの席に座った。ミストが放ったウイルスのせいだろう。全機能が停止している。
「効き過ぎですよ、ミスト博士」
 呟きながら、アーディはカバンから自分のモバイルパソコンを取り出し、数本の送信専用ケーブルも取り出した。制御パネルの外部端子と自分のパソコンとをつないでいく。まずは、ウイルスを取り除かなければならない。
 モバイルパソコンを起動させ、アーディは青色の小型ディスクをスロットに差し込んだ。ミストから貰った、ワクチンプログラムである。
「ワクチン、送信――」
 呟いて、アーディは実行キーを押した。動作音とともに、パソコンを経由して、ワクチンプログラムが通信施設のメインコンピューターへと転送されていく。
 やがて、送信完了の音がして、ディスプレイに三十行ほどの文章が現れる。あまり意味のない数字や文字を流し読みして、アーディは最後の一文を読み上げた。
「通信施設・再起動完了」
「よし!」
「これで、データが公表できる!」
 後ろの二人が、喜びの声を上げる。
 アーディは青色のディスクを抜き取り、赤色の大容量ディスクを取り出した。レジスタンスが持っていたデウス社の不正データに、ミストが持ってきたデータを上乗せしたものである。容量は約一・五テラバイト。ディスクの容量ぎりぎりである。
 赤色のディスクをスロットに差し込むと――
「自動送信プログラム起動」
 送信音とともに正面のディスプレイに、そんな文字が浮かぶ。パソコンが勝手に動いていた。ディスクに入った強制作動プログラム。ミストが仕込んだのだろう。
「あ、れ」
 何もできぬうちに、プログラムは勝手に動いていく。いくつもの文がディスプレイに表れて、読む間もなく消えた。それが何度となく繰り返され、
「暗証コード********************――認証」
 その文字とともに、ディスプレイに人の姿が映った。
 机に着いた、六十ほどの男である。丁寧に手入れされた白髪に、強い意志が灯った瞳、上質な灰色の背広の右胸には、ドラゴンを模った金色のバッジがつけられている。それは国際連盟の評議員の印だった。
「この人は……」
「国際連盟議長……フェレンゼ・ブラックスター!」
 アーディは目を見開いた。ミストが仕込んだプログラムは、通信施設のコンピューターを国際連盟のコンピューターに接続させたのである。
「そうだが、君は誰だ?」
 ディスプレイから厳かな声が返ってきた。アーディが何と言っていいか迷っているうちに、フェレンゼは続ける。ちらりと視線を下げて、
「このパスワードで私のホットラインに接続してきたということは、ミスト博士のプログラムか。となると、君たちは、レジスタンスの人間だな」
「は、はい。僕はレジスタンスのアーディ・ハットです」
 アーディは慌てて名前を名乗った。
「やはり、レジスタンスか。ところで、私と会話している場所は、デウス・シティの通信施設のひとつのようだが、占拠したのか?」
「ええ。混乱に乗じて……」
 曖昧に答えると、フェレンゼは眉を寄せて、
「混乱? 今、デウス・シティはどうなっているんだ?」
「ミスト博士が流したウイルスで、街の警備はほぼ停止状態です。それに乗じて、僕たちは通信施設のひとつを占拠しました。ですが、レイさんとミスト博士、レジスタンス三十人が、オメガ汎用機と戦っています」
「オメガ汎用機……! 完成していたのか」
 口元を隠して呟き、咳払いをして続ける。
「我々は、デウス社解体計画を実行する。不正データは、既に添付されたウイルスのおかげで、あちこちに流出している。じきに世界中が知ることになるだろう。我々もデータからデウス社の犯した犯罪を計算する――」
 と、横から黒髪の女性が現れ、フェレンゼに耳打ちした。
 女性が消えると、フェレンゼが訝しげに訊いてくる。
「現在、こちらから君たちのいる通信施設を経由して、デウス社の中枢コンピューターをハッキングしようとしているのだが……つながらない」
「そんなはずは……」
 言いながら、アーディは制御パネルのキーボードを操作した。フェレンゼの映ったディスプレイの隅に小さな黒い画面が現れる。
 機能の回復した通信施設からなら、直接デウス社の中枢コンピューターにアクセスできるはずだ。が、黒い画面には何も映らない。
「何で、映らないんだ?」
「回線が切断されているわけでもないし、中枢コンピューターが停止しているわけでもない。まさか……デウス社のコンピューターが……壊れている?」
「…………?」
 アーディとフェレンゼの言葉が、重なった。
「何が、起こってるんだ?」

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13/8/11