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| 第３節 限界を超えて―― |
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パン―― と破裂するような音が響いた。赤い閃きが、逆風に蓮次の身体を斬る。下腹から心臓を通り、首を斬り脳天まで。胸から上は粉々に砕け、消し炭となって消えていた。 慎一が跳び退くと、影獣が蓮次を呑み込む。 「影潰し！」 不快な異音とともに、身体が潰れた。影の締め付けと重力の術による、約一千気圧の超高圧圧縮。まともな物質なら、原型も留めず潰れるだろう。 「死んだと思う？」 「いや……生きてるな」 結奈の問いに、慎一は魔剣を振り上げた。尻尾を曲げる。 青い光が瞬き、影が裂けた。爆風が吹き抜け、人型の肉塊が地面へと落ちる。自分ごと狐火を燃やしたようだった。 地面に落ちた蓮次が顔を上げる。潰されながらも身体を回復させていた。むき出しの筋肉標本のような状態で、再生しかけた左目を向けてくる。 「不死身だな、原子分解でもさせないと死なないか？」 「そう思うなら、原子分解させなさい」 結奈の言葉も待たず慎一は魔剣を振り上げていた。ここで焼き払えばさすがに死ぬだろう。命は限界まで消耗されている。もう長くはない。 だが、慎一の攻撃よりも早く、蓮次が自分の親指を噛む。 「限開式か！」 視界が跳ねる。 慎一は魔剣を地面に突き立てた。地面を削って止まる。百メートルは突き飛ばされただろう。口から血を吐き出す。ただの正拳。だが、防御は苦もなく破られていた。折れた肋骨が肺へと突き刺さっている。 「ジ獄で後悔シろ。ひ暈シンイチ……！」 目の前まで接近している蓮次。服以外を元通りに再生させた身体。正気の沙汰ではない。限界を超えた身体を、さらに限界を超えて動かしているのだ。全身から白煙が吹き出している。肉の焼ける匂い。超過負担に体組織が燃え始めていた。 「異常活性化に限開式……耐えられるはずがない！」 「影術・剣雨！」 無数の影の剣が、降り注ぐ。 腕の一閃で、影を消し飛ばした。狐火とも呼べない、青白い光の瞬き。影ごと結奈を呑み込む。それだけには留まらず、隣の林を半ばまで焼き払った。空気が熱膨張する雷鳴のような音。人工林が灰と化す。 蓮次の姿がかき消えた。 慎一は横へと逃げる。真横を駆け抜けた蓮次が、振り向きざまに裏拳。 魔剣が弾かれる。気配は後ろ。足が払われた。 （反応出来ない！） 気がつくと、慎一は飛んでいた。真上へと。蓮次に背中を蹴り上げられたのだ。知覚できない速度だが、身体が無事であるはずがない。 風になびく銀髪と尻尾。空中で身を翻すと、地上から数百メートルの高さ。少なからず意識は飛んでいたらしい。声が追いかけてくる。 「日暈ァァ！」 「走れ――」 慎一は右手で左前腕を掴み、法力を流し込んだ。錬身の術が前腕を組み替える。肘から棒のように変形した骨が、手の平から針状の先端が飛び出した。百センチほどの杭となった前腕の骨。五指が伸び、指先から骨が飛び出す。骨の杭に刻まれた命断の式に、許容量限界の剣気を込められた。 草眞から教えられた、錬身の術の大技。 「獣術・骨杭」 「シンイチいいイィィィァァァアアアアア！」 空中を蹴って真下へと跳んだ。左腕に高密度の剣気が走り、術式を組み上げる。 全身から火を噴きながら、蓮次が右腕を伸ばした。燃えながら再生、そして炭化していく体組織。正気は残っていない。自分が何をしているかも分かっていない。 距離がゼロとなる瞬間、蓮次と目が合う。泣いているような笑っているような凄まじい形相。捕まえるというよりも、助けを求めるように伸ばされた右腕。 「さよなら、だ」 骨の杭が蓮次を貫く。剣気の爆発によって発射される骨のパイルバンカー。錬身の術と炸成術の複合技。顔面から股間まで串刺しにされ、地面へと飛んでいく蓮次。命断の式がなけなしの生命力を容赦なく削り取った。 見送る暇もなく、慎一も浮遊感に包まれる。 「え……」 地面までの距離は、三百メートルほど。骨杭を撃った反作用があるとはいえ、一度下に向かって加速度がついていた。重力に引かれ、慎一は落下を始める。自分が危険なほどの高さにいることを忘れていた。 重力操作による速度減少。だが、反動で術式が上手く組めない。 「まずいまずい、まずい！」 眼前に迫る致命打に焦る。焦っても術は組めない。地面は近づく。 地上が黒く染まった。巨大な影のプール。 響く宗次郎の声。 「飛べ！」 身体を上へ引っ張られるような手応え。落下速度が弱まった。重力を用いて物体を上空へ飛ばす術の応用である。減速しても秒速五十メートルを超えていた。 金剛の術の全身防御から、影へと突っ込む。 「！」 音はない。トラックに撥ねられたほどの衝撃とともに、視界が暗くなる。水よりも稀薄な影へと沈み込み、真上を見る。光はない。真下も前後左右も光はない。 「どっちが上だよ！」 叫び声に応えるように、身体が引かれた。 一呼吸の間に、慣れた地面へと放り出される。影獣から吐き出されたのだろう。顔を上げると、結奈が顔を覗き込んでいた。人間の姿に戻っている。 「いや、噂には聞いてたけど無茶するわね。日暈の連中ってのは。アレ、どうする？」 慎一は跳ね起き、結奈の示したモノを見つめた。 クレーターの中心。三メートルほどに伸びた骨の杭に串刺しにされた蓮次。骨は内部で逆鈎を出し、抜けないように変形している。腰から下は砕けて失われている。割が黒く炭化した皮膚。右手は燃え失われていた。骨の杭に喉を貫かれたまま、呻き声を上げる。 「ひ……がさ……」 「エグいな」 近くに来ていた宗次郎が口元を押さえる。傍らで無表情に蓮次を見つめるイベリスと、イベリスの影に隠れて怯えるカルミア。この光景はきついだろう。 「これが怪物の殺し合いですよ、先生」 慎一は左腕の骨を再生させ、前へと踏み出した。右腕を持ち上げ、剣気を込める。 蓮次の顔は見えない。泣いているのだろう、おそらく。 「苦し……。た……ずけ……」 「了解しました」 軽い返答とともに。 蓮次の身体が消えた。炎も光もない。灰と化して風に散る。骨杭だけが墓標のように残った。どのような術かも分からない。術式の一端も見えなかった。 |