Index Top 目が覚めたらキツネ

第3節 強行


 午前九時二十分。
「あー。なんか大変なことになったな」
 他人事のように、リリルはぼやいていた。
 市庁舎の屋上。その中央に設置された石盤。無数の文字と紋章が刻まれ、法力を蓄えた水晶が七つ設置してある。略式の封力結界だ。
 必死に術式を組み上げながら、蓮次は振り返る。
「気楽だな」
 リリルはオレンジジュースを飲んでいた。自動販売機から盗んできた物だろう。
 魔族のリリルは魔法が使える。しかし、封力結界の作成には加わらない。魔力は法力と性質が違うので、急激な反応を起こしてしまう。
「……予定以上に早く来るんだぞ」
 結界は二時頃に完成する予定。だが、敵は既に出発していた。どう急いでも間に合わない。遅くても三十分後にはやってくる。ある程度罠は仕掛けてあったが、罠だけで防げるほど相手は甘くない。
「アタシはお前に雇われてるだけだし。貰った金の分の仕事はするけどな」
 リリルは飲み終わった缶を握り潰した。狙いを定め、片手で放り投げる。
 放物線を描いてから、屋上の端のゴミ箱に吸い込まれる空き缶。
「うし」
「真面目にやれ!」
 ガッツポーズするリリルに、蓮次は叫んだ。
 リリルは口を尖らせる。叱られた子供のような態度。蓮次に睨まれると、ふっと表情を引き締めた。腕組みをして、石盤を指差す。
「こうなったら、アタシの魔法で無理矢理動かすしかないか。動かすまでちっと時間掛かるし、効果も続かないけど、大丈夫だろ。基本術式は出来てるよな?」
「他に方法はないだろうな」
 尻尾を動かし、蓮次は同意した。
 さきほどから考えていた方法。ただし、一種の暴走なので、一時間もたたずに術式は壊れる。一時間の内に敵を倒さなければ、もう封力結界は張れない。
 石盤から手を放し、立ち上がる。
「敵はここに向かっている」
「分のいい賭けじゃないね」
 リリルは腰に手を当てた。
 かといって、分の悪い賭けでもない。動きを察知されて身を隠されたら、それで計画は失敗となる。敵の動きを考えると、身を隠す可能性は低いだろう。ただ、不測の事態が多すぎた。この状況も当初の予定にはない。
「……およそ計画通りじゃないけどなー」
 蓮次の考えを読んだように、リリルが茶々を入れる。
 蓮次はリリルを睨んでから、告げた。
「時間がない。魔法を頼む」
「オッケー。お前はどうするんだ?」
「敵を足止めする」
 手短に答えてから、歩き出した。
 リリルが手を振りながら、気楽に言ってくる。
「頑張れよー」

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