Index Top 目が覚めたらキツネ

第2節 出発の時間


 二尺五寸の打刀。柄は本鮫皮に黒色捻糸一貫巻。赤銅菱形鐔。鞘は黒漆塗蝋色。日暈刃物制作、九十五式破魔刀イ型。三級品の八十万円、税込み。
「そうですけど、何か?」
 慎一は頷いた。
 高度な専門技術を要する仕事は、守護十家が分担して行っている。破魔刀などの武器は日暈。式服などの防具は空渡。植物や薬学は月雲。治療は沼護など――。
「工業製品の刀って、日本刀じゃないよな。この式服も工業製品だし……。一人一装備持てるようになったのは正直ありがたいけど、風情がないというか、何というか」
 宗次郎は刀を眺めた。
 現在、三級品の術具は機械による大量生産。工業技術の発達により、破魔刀も式服も高い品質と術力容量を維持出来ている。二級品以上は手造りのままだが、格段に効率化され、ほぼ全ての退魔師に装備を供給出来るようになった。
 慎一はため息をついて、狐耳を撫でる。
「贅沢言わないで下さい。破魔刀一本、通常の三倍の制作費が掛かりますし、維持費もかかります。手造りだと供給が間に合いませんよ。……伝統工芸を工業化するのは僕も気が引けます。でも、武器防具の類で風情とか言ってたら死にますよ」
「装備不足は昔っからの課題だったからね」
 結奈が口を挟む。世界を見回しても、一人一装備が実現されている国は少ない。日本も七十年代に工業化が行われるまで、装備が不十分だった。ヨーロッパでも東欧など四割の国が装備不足に悩んでいる。
「お前らも大変なんだな」
 宗次郎はしみじみと呟いた。
 飛んで来たカルミアが、慎一の肩に掴まる。
「ユイナさん」
 カルミアが結奈に声をかける。釣られて向き直る慎一。
「武器とか持たないんですか? 刀も槍もナイフも、棒の一本も持っていませんよね。服は動きやすそうですけど……。戦えるんですか?」
「あたしは武器は持たないわ。あと、これ式服よ」
 結奈は自分の服を指差した。いつもと変わらない緑の半袖ジャケットと、白いスラックス。動きやすそうではあるが、霊力は感じられない。
「見た目は普通の服だけど、二級品の式服なのよ。オーダメイドで、三百万円もかかったわ。出費に見合った代物かと問われれば、首傾げるけどね」
「……お前、どこからそんな金持ってくるんだ?」
「お金っていうのはね――稼ぐ方法があるのよ」
 結奈は人差し指を立てて、ウインクしてみせた。
 情報力や資金力、収集力。時々よく分からないコネを見せつける。以前なら気に留めなかっただろう。しかし、退魔師として見ると、諜報技術を持つ森棲一族に匹敵する。今の状況も予測していたのかもしれない。訊いても否定するだろうが。
 空刹が声を上げた。
「では、役割分担を。慎一くんは近距離戦を担当、結奈くんは中遠距離戦を担当し、宗次郎さんとカルミアくんでその補助。僕は技術工作担当ということで」
「あんたは接近戦が得意そうだけど」
 慎一は訊いてみる。得物は巨大な剣。体捌きからも、剣術の手解きを受けていることが分かる。流派は特定出来ないが、高い技術を有するだろう。
「僕は派手な戦い方は出来ますけど、二人に比べれば弱いです。それに、科学者ですから頭や手先を使った細かい作業の方が得意なんですよ。適材適所と言いますからね。それに、戦いで一番大切なのは後方の支援力です」
 空刹は苦笑した。謙遜なのか、底意があるのか。後者だろう。
 追求はせず、慎一はカルミアに目を移した。
「カルミアが補助って、何か出来るのか?」
「わたしこう見えても強いです」
 肩から飛び上がり、目の前まで移動する。
 左手を前に突き出し、右手を引き絞った。左手から円弧状に金色の光が伸び、弦が張られ、矢が作り出される。魔力を凝縮して作った弓矢。古めかしい術式。
「どうです?」
「貫通力はありそうだけど、強そうじゃないな」
 術構成を眺め、慎一は告げた。魔力を一点に集中させたものである。貫通力は高いが、当たらなければそれまでだ。
 弓矢を消して、カルミアは肩を落とした。
「残念です……」
「時間がないのは理解していますか?」
 空刹は時計を示した。

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