Index Top 我が名は絶望――

第1節 約束は果たされた


 ゆっくりと身体が浮かび上がる。
 そんな感触を覚えながら、ミストは目を開けた。
 始めは視界がぼやけていたが、ほどなくして目の焦点が合ってくる。始めに見えたのは、星空だった。漆黒の夜空を背景に、いくつもの星が瞬いている。
(背中が寒い……)
 自分は地面に寝かされているらしい。
 朦朧とする意識の中、ミストはそんなこと考えた。
 とりあえず、上体を起こすと。
「ミスト君!」
 叫び声が耳を突く。
 視線を転じると、右隣にフェレンゼが立っていた。一目で驚愕と分かる表情で、自分を見つめている。未知のものを見たような口調で、
「生き返ったのですか……!」
「ああ……」
 聞き取れないほどの声。しかし、自分が発したものではない。
 ミストが反対側に目を移すと、ディスペアが地面に座り込んでいた。うつむいているせいで、表情は分からない。が、いつもと同じ無表情なのだろう。
 と、そこに至って、ミストはようやく自分の置かれている状況に気づいた。
「ちょっと! あたし……何で生きてるの! 死んだはずじゃ――」
 自分はセインズの魔法に胸を貫かれた。現に、服には小さな穴が開き、血の染みが広がっている。それから、ディスペアの硝子の剣に命を取り込まれた。それで、自分は死んだはずだ。なのに、生きている。辻褄が合わない。
「お前は……一度、死んだ……」
 消え入りそうな声で、ディスペアが答えた。
「……それを……俺が、生き返らせた……」
「生き返らせた、って。どうやって?」
「……硝子の剣を、介して……俺の残った命を、お前に与えた……。だから、お前は……生き返った……。うまくいって……よかった……」
 唇を動かし、頼りなげに立ち上がる。
「よく分からないけど。ありがとう」
 礼を言いながら、ミストも立ち上がった。身体のあちこちに、おかしな感触を覚える。生き返ったことの後遺症だろうか。しかし、自分が死んだという実感がないのが、正直なところだった。
 ともあれ、周りのさら地を見回す。
「ところで、セインズは――。倒したの?」
「ああ……」
 ディスペアは頷いた。しかし、その声に生気は感じられない。あらかじめ決められた台詞を、機械的に読み上げているように感じる。
「セインズは死んだ……。硝子の剣に、命を絶ち斬られて……。もう、復活することもない……。永久にな……。これで、俺の復讐は、終わっ、た……」
 言い終わるが早いか、その場に崩れ落ちる。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫――」
「………」
 黙したまま、ディスペアは再び立ち上がった。しかし、どう見ても大丈夫には見えない。立っているというよりも、倒れていないだけである。
「酷く衰弱していますね」
 ディスペアの様子を診ながら、フェレンゼは言った。
「早く休ませなければなりません。それと、何か食べ物を。確か、君たちは協会の馬車でここに来たと言っていましたね。何か食べ物はありますか」
「あるわよ」
「では、早くそこへ行きましょう。ディスペア君は、僕が負ぶって行き――」
「その……必要はない……」
 ディスペアは呟いた。その声は決して大きなものではなかったが、込められた意思が刃物のようにフェレンゼの話を断ち切る。
 ふらりと揺れるように、ディスペアがミストへと向き直った。
「ミスト……」
「何よ?」
 迫るような囁きに、ミストは片足を引いた。
「これを……」
 ディスペアが左手に持ったものを差し出してくる。反射的に、ミストはそれを受け取っていた。刀身のない銀色の柄。ディスペアが使う硝子の剣の柄である。

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