Index Top 我が名は絶望――

第2節 復讐の理由


 意識を取り戻して最初に目に入ったのは、ミストとフェレンゼの顔だった。二人とも、心配そうに自分を見つめている。
 始めに口を開いたのはフェレンゼだった。
「大丈夫ですか、ディスペア君? 動けますか?」
「ああ、何とか……」
 答えながら、ディスペアはその場に起き上がろうとする。が、手足に思うように力が入らず、よろめいた。左手をついて何とか持ちこたえたものの、身体が言うことを聞かない。黒曜の剣で斬り刻まれたのだ。動けるだけで、上等だろう。
「一応、僕が使える一番効果のある回復魔法を使ったんですが……」
「大丈夫なの? あなたって、どんな傷でもすぐに治るんでしょ?」
 ディスペアは眉根を寄せて、ミストを見やった。
「ただの傷ならな。だが、俺を斬ったのは黒曜の剣だ。あれで斬られた傷は、そう容易には治らない。回復魔法と俺の再生力を以てしても、完治するには数十分の時間がかかる。普通の人間ならば、傷は一生塞がらないだろう」
 言いながら、立ち上がる。再びよろめくが、今度は倒れなかった。自分の身体を見下ろしてみると、黒い長衣は元通りに修復されている。だが、身体のあちこちに違和感を覚えた。斬られた組織がつながりきってないのだろう。
 ディスペアはよろめくように、数歩足を動かした。近くに落ちていた、硝子の剣の柄を拾い上げる。これがなければ、セインズとは戦えない。
「剣よ、我が意思に従い硝子の刃を生み出せ」
 現れた硝子の刃を杖にして、ディスペアは二人に向き直った。
「セインズは、どうした?」
「僕たちがやって来た道を逆に辿っていきました」
「あと、この先で待っているから早く来てくれ、って。あなたに」
「そうか」
 呟いて、周りを見回す。
 目に入ってきたのは、クロウの死体だった。流れ出た血が、辺りを赤黒く染めている。光のない瞳を夜空に向けたまま、動かない。黒曜の剣に胸を貫かれて、死亡。虚しい最期だった。あとは、朽ち果てて、土に返るのを待つだけだろう。
「行くぞ」
 ディスペアは告げて、歩き出した。地面に落ちた剣と鞘と小さなナイフを拾い上げて、ミストが追いかけてくる。フェレンゼも後に続いた。
「肩を貸しましょうか、ディスペア君?」
「いい」
 フェレンゼの申し出を断り、ディスペアは木々の隙間に足を進める。この先にセインズが待っているのだ。一刻も早く行かなければならない。
「ねえ、ディスペア」
「何だ?」
 ディスペアはミストに目を向けた。ミストの表情には疑問の色が浮かんでいる。何か気になることがあるらしい。
「さっきセインズと戦う前に……あなた、セインズがサニシィを殺したって言ってたけど、どういうことなの? あなたは、あたしの先祖とどういう関係があるの?」
「それか――」
 ディスペアは呻いた。これからのセインズとの戦いには関係ないが、話しておかないわけにもいかないだろう。ミストには知る権利がある。
 力の入らない足取りで森の中を進みながら、ディスペアは口を開いた。
「サニシィはフルゲイトの研究の中心的人物……。そして、作られたばかりの俺が、唯一心を許した人間だ」
 返事はない。それは話す前から分かっていた。
 気にせず話を続ける。
「さっき話した通り、俺はフルゲイトの魔法を使うために作られた――。つけられた名前はウイッシュ。希望。しかし、俺はフルゲイトの魔法を使うことはできなかった。それどころか、普通の魔法さえ使うことができなかった……」
 言い終えて、ディスペアは息を呑んだ。
 自分で言ったことに対して、妙な息苦しさを覚える。辛い思い出。思い出したくないこと。だが、話さなければならない。そんな焦燥が心を満たした。
「そのことを知った研究者たちは、俺を魔法の使えない失敗作と蔑んだ。俺を作り出すために、幾多の手間と時間と労力を要したのだから、それは当然の反応だったかもしれない。だが、それで俺が納得できるわけがなかった」
 空いた右手を固く握り締める。が、その拳をぶつける相手も見つからず、ディスペアは開いた手を力なく下ろした。虚しい思いが胸を埋める。
「失敗作と呼ばれて、俺は自分を呪い嫌悪した。自分は生きる価値がない。このまま生きるくらいならば、死んでしまおうと考えた。だが、この身体は死ぬことさえ許さなかった。手首を切ろうが、首をくくろうが、心臓に剣を突き立てようが……」
 ディスペアは右手を自分の胸に手を当てた。六百年前の自分。己の存在に絶望し、何度も死のうとした。しかし、何をしても死ぬことはできなかった。自分の不死性を、この時ほど呪ったことはない。
「俺は自暴自棄になっていった。あのままならば、俺は壊れて廃人になっていただろう。もしくは、全てを恨んで暴走していたかもしれない」
 そうなれば、自分はフルゲイトに関わった人間を闇雲に殺していた。しかし、その当時の力では、それだけしかできなかっただろう。後は、警備兵に捕まり、永久に牢獄に監禁されるのがおちである。
「そんな俺をサニシィは救ってくれた。失敗作の俺を認めてくれた。失敗作でも、生きている価値がある、と言ってくれた。彼女がいなければ、今の俺はなかった。間違いなく。俺は今でも彼女に感謝している」
 思わず声に力がこもる。
 ディスペアは左手で杖代わりにしている硝子の剣を示した。フルゲイトを用いて作られた最強の武器。自分が知る限り、現在でもこの剣を超える武器は存在しない。
「この剣を俺に渡してくれたのもサニシィだ。始めはセインズが使う一本しか作られない予定だったが、サニシィが半ば強引に俺の分も作らせたんだ。俺もフルゲイトの戦士である証としてな。この剣は俺の誇りだ」
 そこで言葉を区切る。ディスペアは盗み見るように、ミストとフェレンゼを見やった。二人は複雑な表情を見せている。何も言ってこない。
 魔法の明かりが照らす中、森の中を歩く足音だけが響いた。

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