Index Top 我が名は絶望――

第3節 無力の嘆き


 しばらくしてから、ミストが言ってくる。
「じゃあ、何でサニシィはセインズに殺されたの?」
 そう問われることは分かっていた。しかし、ディスペアは心臓が跳ねるのを感じた。六百年も前のことだというのに、今でもはっきりと思い出すことができる。六百年の歳月を経ても、記憶が薄れることはない。
「俺が硝子の剣を受け取ってから二ヶ月後、セインズが作り出された。しかし、前にも言った通り、奴は生まれながらに並外れた殺傷本能と闘争本能を持っていた。作られて一週間も経たずに研究所を飛び出し、無差別殺戮に走った」
 噴き出す憎悪を圧し込めるように、ディスペアは歯を噛み合わせた。ここで憎しみに呑まれてはいけない。両手に力を込める。
 ディスペアは後を続けた。
「研究者たちは、セインズを殺そうと考えた。しかし、極めて高い戦闘能力と不死身の肉体を持つセインズを殺す方法は見つからない。結果、研究者たちは、フルゲイトの力を使って、セインズを封じようと考えた」
 自然と声が震えてきた。が、それを抑えることはできない。胸が激しく揺らいでいる。それは恐怖だった。自分は話すことを恐れている。
 だからといって、話をやめるわけにはいかない。
「セインズを封印する具体的な方法は省くが、封印を行うにはまず奴を足止めしなければならなかった。それは危険な役割だった。それでも、サニシィはその役割を自ら進んで引き受けた。もっとも、セインズとまともに戦えるのは、当代最高の実力を持った魔道士サニシィだけということもある。それを聞いて、俺も彼女と一緒にセインズと戦うと申し出た。少しでも、彼女の力になれればと思って……」
 そこで言葉が止まる。
 正直、思い出したくはなかった。しかし、その時のことは絶対に忘れない。忘れることなどできない。乱れた心を静めるよう、数度深呼吸をする。
 そうして、ディスペアは何とか口を動かした。
「だが……セインズを足止めした代償に、サニシィは命を失った……。俺の目の前で、セインズに斬り殺されたんだ……。俺は、何もできなかった……。我を忘れて、セインズに斬りかかって……返り討ちにあった……」
 そこまで言って口を閉じる。
 自分の銀髪を撫でてから、ディスペアは再び口を開いた。
「それから何があったのか、俺は知らない。俺が目を覚ました時には、セインズはあの石柱に封印されていた。その代わりに、封印を行った研究者たちは全員死んでいた。セインズが封印される間際に放った攻撃で、殺されたらしい」
 黙祷するように一度目を瞑る。
 ディスペアは静かに言った。
「結局、生き残ったのは俺だけだ……。俺は二度とこんなことが起こらないように、フルゲイトに関する資料を全て処分した。ウイッシュの名を捨て、ディスペア――絶望という名を名乗り始めたのはこの頃だ。俺は、セインズへの復讐を誓い、奴を倒すために様々な修行を重ねてきた。六百年間、各地を放浪しながらな」
 言い終わり、長い息をつく。
 たった数分話しただけだというのに、何時間も話していたような疲労を覚えた。しかし、一方では長年胸の中にあったわだかまりが取れたようにも感じる。今まで誰にも話せなかったことを、全て話したせいだろう。
「君も、色々と苦労していたんですね」
 同情するように、フェレンゼが言ってくる。
「ねえ、ちょっと待って」
 何かを思いついたようにミストが声を上げた。
「サニシィがセインズに殺されたなら、何で子孫のあたしがいるのよ? 死んだ人間に子供はできないわよ」
「サニシィは結婚していて、キエスという子供がいた。お前はその子孫だ」
「あ……そうなの」
 ディスペアの答えに、拍子抜けしたような声を出す。
「ところで、ディスペア君」
 考え込んだような口調でフェレンゼが呟いた。 見やると、腕組みをして、真剣な面持ちを見せている。何か疑問に思うことがあるらしい。
「さっきから気になっていたんですが。セインズが剣でクロウを貫いて何かを唱えた時から、急に彼の動きが増しましたね。あれは、どういうことなんですか?」
「あれか……」
 ディスペアは忌々しく呟いた。
「禁断の技だ」
 自分が持つ硝子の剣を見つめる。文字通り、硝子のように透き通った透明の刃。それが持つ究極の力。自分は使ったことはないが――
「硝子の剣、黒曜の剣は、人間の命を剣に取り込むことができる。それによって、剣の威力を爆発的に高めることができる。それに加えて、使い手の身体能力、再生力も飛躍的に高まる。しかし、命を取り込まれた人間は、死ぬ」
「………」
 ミスト、フェレンゼが息を呑む。
 硝子の刃を再び見つめながら、ディスペアは別のことを考えていた。
(この先で待っているから早く来てくれ、か。何を考えているんだ、セインズ……!)

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