Index Top 我が名は絶望―― |
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第6節 生物の理から外れた者 |
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その台詞を合図に、さきほど蹴り飛ばした男が剣を構えた。 「はッ!」 気合とともに斬りかかってくる。その剣先を見つめ、 「十三剣技・一烈風」 ディスペアは硝子の剣を一閃させた。澄んだ音を立てて、剣が斬り飛ばされる。抵抗は感じない。透明な刃は、そのまま男の身体を斜めに斬り抜けた。 悲鳴もなく、男が地面に倒れる。しかし、その身体には、斬られた痕も、出血もない。着ている上着だけが、右肩から左腰まで斬り裂かれていた。 その場にいる全員が、倒れた男を見つめる。 ディスペアは見せつけるように硝子の剣を構えて、 「始めに言っておく。この硝子の剣で斬られても、肉体的な傷は一切できない。死ぬこともない。俺はお前たちを殺す気はないからな。ただし、斬られれば生命力そのものを削り取られて、この男のように意識を失う」 そう告げた、直後。 ディスペアは飛び出した。 「十三剣技・六雷光――」 一息にクロウへと接近し、右足の踏み込みとともに硝子の剣を突き出す。まさしく、雷光のような突き。並の技量で躱せるものではない。 だが、クロウは斜め後ろに跳び、突きを躱した。しかし、追撃はできない。 「大地噴出!」 足元の地面が爆裂し、吹き上がる。誰かの放った魔法だろう。 ディスペアは爆風に逆らわず、吹き上がる土砂に乗るように跳躍した。漆黒のマントが翻る。自分を見上げる発掘隊を見渡しながら、硝子の剣を振り上げた。 落下地点の真下から突き上げられた槍を足で横に蹴り飛ばし、 「九天槌」 槍を突き出してきた男の胸に、硝子の剣を突き立てる。男が倒れていくが、それを見ている暇はない。ここは敵の中心だ。前後左右から、攻撃がくる。 ディスペアは剣の柄を握り直した。周りが敵だらけなら、かえって都合がいい。 「十三剣技・八旋廻」 三百六十度の回転斬りが、逃げ遅れた男二人と女一人を吹き飛ばす。しかし、これで敵が減ったわけではない。正面の女が五枚の呪符を取り出し―― ディスペアは跳び出すように前進し、左手で相手の呪符をむしり取った。その動作のまま、顎を肘で打ち上げる。これで脳震盪を起こしたはずだ。倒した相手に用はない。破れた呪符を手放し、自分に向けられた殺気の方に向き直る。が、 「ブラスト・ライン!」 別の方向から青白い稲妻が伸びてきた。人一人をたやすく殺すほどの威力を持つ、電撃魔法。時間にすれば一秒の何分の一にも満たなかっただろう。 考えるよりも先に、身体の方が動いている。 ディスペアは硝子の剣で、飛び来る稲妻を斬った。剣の力によって砕かれた稲妻が、破裂して四方八方へと飛んでいく。剣の力で威力を分散されているとはいえ、食らって平気なものではない。 「三清流――」 周りが稲妻に気を取られた隙に、ディスペアは近くにいた男女三人を真横に薙ぎ斬った。音もなく、三人が倒れる。 寒気が背筋を撫でた。 「暗黒の霧!」 魔力によって作られた黒い霧が、死角からディスペアの身体に巻きついた。霧は超重力を伴って、身体を大地に押しつける。両足が踵まで地面にめり込んだ。動けない。 「まずい」 ディスペアは自分の失態に舌打ちをする。一目で分かるほどの隙ができてしまった。 「バーン・ジャベリン!」 斜め前から、赤い炎の槍が飛んでくる。強力な火炎系魔法。その威力は高く、小さな木程度なら一撃で灰に変えるほどである。生身の人間が直撃を受ければ、まず命はない。 「避けられない」 ディスペアはそう判断を下した。 左手を力任せに振り上げ、炎の槍を弾く。衝撃で、炎の槍が爆裂した。超高温の炎が左手を包み込み、熱気が肌を衝く。だが、痛みは感じない。 目の前の男が、剣を引き絞った。その刃を赤い輝きが包む。 「武闘魔法か――」 自分の身体や武器などを媒介とする、接近戦用の継続型魔法。武器や防具に魔力を込めて、その攻撃力や防御力を高めることができる。欠点は体力の消耗が増えることだが、魔法を使わず相手にするには最も厄介な魔法だった。 突き出された剣が、ディスペアのわき腹を貫く。剣は根元まで突き刺さった。その痛みに歯を食いしばりながらも、右足で相手の脛を蹴り折る。 悲鳴を上げて転倒する男には構わず、 「五紅火!」 ディスペアは硝子の剣を真上に振り上げ、魔力の霧を断ち斬った。動きを封じていた超重力が消え、身体が自由になる。だが、選択肢はない。 追ってくる相手を硝子の剣で牽制しながら、ディスペアは逃げるように後ろに走った。フェレンゼのいる場所まで戻る。 それと入れ違いに、フェレンゼが何かを放り投げた。数本の白い筒。 「ブレイズ・ウォール!」 突如として地面から赤い炎が吹き上がり、敵を阻む壁となった。炎はフェレンゼの投げた筒を呑み込み、爆発が起こる。投げた筒は小型爆弾か何かだったのだろう。広がる炎と爆風が、敵を押し返す。 「ディスペア君……。大丈夫、ですか……!」 黒く炭化した左手と、剣が突き刺さったわき腹を見つめ、フェレンゼがうろたえた声を出した。この状態を見れば、誰でも狼狽するだろう。どう見ても致命傷である。 何も答えず、ディスペアは左手を上げた。 すると、黒く炭化した皮膚が崩れ落ち、新しい皮膚が再生する。後には火傷の痕跡すら残っていない。焼け焦げた袖も、新しい布が紡がれるように元の長さに戻った。次いで、わき腹に刺さった剣を引き抜き、横に投げ捨てる。剣で貫かれた傷も見る間に塞がり、服に開いた穴も塞がった。 「なん……!」 それを目の当たりにして、フェレンゼが喉を動かす。 発掘隊の方からも、動揺が伝わってきた。どう見ても致命的としか思えない傷が、見る間に回復してしまったのを見れば、誰であろうと我が目を疑うだろう。 ディスペアは硝子の剣をかざし、 「残念だったな――。俺はお前たちのような、人間ではない。不死身に等しい生命力を持ち、どんな傷を受けても十秒も経たずに再生する。俺を倒したいならば、灰も残らないくらいに焼き尽くせ」 そう告げてから、一歩前へと踏み出す。 発掘隊の面々は、ディスペアが進んだ分だけ、怯えたように距離を取った。反撃を恐れてか、攻撃を仕掛けてくる者はいない。 そこで、ディスペアは気づく。敵に気を取られて、今まで気づかなかった。発掘隊から注意を離さぬまま、自分の左右に目を向ける。 だが、そこに探している相手の姿はなかった。 「ミストがいない」 「え?」 その時になって初めて気づいたように、フェレンゼも周囲を見やる。しかし、辺りにミストの姿はなかった。陰も形もない。いつの間にか消えてしまった。 「となると――」 発掘隊を改めて見回す。残っているのは、十八人。だが、その十八人の中に、クロウの姿はなかった。こちらも、いつの間にかに姿を消している。 「やはり、そうか」 ディスペアは右手に持っていた剣を、利き手である左手に持ち替えた。ミストとクロウが一緒に姿を消したとなると、考えられることはひとつ。ミストは、発掘隊を見捨ててフルゲイトを探しに向かったクロウを追いかけていったのだ。 「ここで時間を無駄に使っている場合ではないな」 言いながら、ディスペアは両腕と両足を動かす。腕と足にはめてあった銀の輪が外れ、地面に落ちた。重量増幅の魔法文字が刻まれた銀の輪は、その重さに地面にめり込む。合計重量は八十キロ。 ディスペアは剣の柄尻に右手を添えた。呼吸を整えながら、刃先を目の前まで持ち上げる。手加減なしの構え。 発掘隊から恐怖が伝わってきたが、関係ない。 ディスペアは獲物を狙う猛獣のように目を細めた。 「ここにいる全員、一分で片つける!」 硝子の剣の透明な刃が、立て続けに閃く。 |