Index Top 我が名は絶望――

第4節 約束の日付


 市の郊外へと続く道を二人で歩いていく。
 この辺りは住宅街であるため、中央通りのような賑やかさはない。しかし、誰もいないというわけでもなかった。ちらほらと道を歩いている人の姿が見える。そこを歩く、ディスペアとミストの姿は、微妙に浮いていた。
「それで、あなたこれからどこ行くつもり?」
 ディスペアの隣を歩きながら、ミストが訊いてくる。
 石畳の敷かれた道を足音すら立てずに歩きながら、ディスペアはミストを見やった。
「セノゼザン考古学協会だ」
「考古学協会……?」
 ミストはその単語を繰り返す。初耳らしい。
 セノゼザン考古学協会――カーント市の郊外にある中規模の研究所だ。その名前通り、百人ほどの考古学者が、この辺り一帯セノゼザン地方にある遺跡などで発掘された遺品や文献などを、調査、研究している。
「そこにあなたを呼んだ人がいるの?」
「ああ」
 ディスペアは即答した。
「俺を呼んだのは、フェレンゼという科学者だ――。サガニッツ・オイス・フェレンゼ。性格は変わっているが、腕は超一流だろう。俺の知る科学者と肩書きのつく人間で、こいつの右に出る奴はいない。医者としても一流の腕を持っている。と、あいつについての紹介は、こんなところか」
「へぇ、凄いのね」
 話を聞いて素直に感心するミスト。
 しかし、関心があるようには見えなかった。もっとも、ミストがフェレンゼのことを詳しく知っていることもないだろう。フェレンゼがどういう人物だろうと、ミストの依頼とは関係がないのだから。
 気にせず、ディスペアは続けた。
「それで――四日前、そのフェレンゼから手紙を貰ったんだ。大事な用があるから、十七日の昼に考古学協会に来てくれ、ってな」
「ねえ……」
 ミストの足が止まった。
 数歩先に進んでから、ディスペアは振り返る。立ち止まった位置で、ミストは腰に手を当てていた。半眼で見つめてくる。何か不満があるらしい。
「十七日って――昨日よ……。今日は十八日だけど」
「ふむ。遅刻だな」
 ディスペアは表情ひとつ変えず呟いた。きっぱりと。
「だが、俺は時間の約束を守ったことがない」
「………」
 ミストは頭を抱えた。なぜか、うつむいてきつく目を瞑っている。涙こそ流していないものの、泣いているようにも見えた。泣き出したいのをこらえているのかもしれない。
 じっと眺めていると、三十秒ほどで立ち直る。
「さっきから思ってたんだけどさぁ……」
 ディスペアを睨みつけながら、ミストは唸るような声を発する。なぜか目が据わっている。迫力を感じるほどではないが、何となく怖い。
「あんたって、ズレてない? 思い切り」
「ふむ」
 ミストに指摘され、ディスペアは視線を空に向けた。今まで自分が生きてきた人生の記憶を、大雑把に振り返ってみる。それなりに長い人生だっただろう。
「俺としては、そういうつもりはないんだが……」
 表情を曇らせ、首をひねる。
「よく言われるんだ――。なぜだろう?」
「……本気で言ってるの……?」
「俺は本気だが――」
 ディスペアは真面目に答えた。
「うぅ……」
 ミストは再び頭を抱える。白い雲の浮かぶ青空を見上げて、
「あたし――頼む人、間違えたかな……?」
「何を言っているんだ。行くぞ」
 ディスペアは歩き出した。身にまとった黒いマントが重々しく揺れる。
 ややしてから、ミストが追いついてきた。
「そういえば、お前――」
「なぁにぃ……?」
 ディスペアが目を向けると、ミストは重い視線を返してくる。どうやら、疲れているようだった。だが、質問するのに相手の状態など関係ない。
「まだ聞いていなかったが。お前はフルゲイトについて、どこまで知っている?」
「どこまでって……」
 ミストの視線から重さが消えた。代わりに、困惑が浮かぶ。
 だが、困惑もすぐに消え、厳しい口調で言ってきた。
「フルゲイトっていうのは、六百年くらい前に作られた魔法原理でしょ。物凄く高度なものだったけど、実験の失敗で大暴走が起こって、理論や技術が紛失しちゃった。でも、その原理が記された文献や、フルゲイトを使って作られた道具が、どこかに眠ってるかもしれない。それを手に入れれば、凄いことができる!」
「そうか」
 ディスペアは納得したように呟いた。ミストが言っているのは、世間一般で言われている通説である。遺跡発掘に関わるならば、一度は耳にするものだ。ただ、その口調からするに、どうやら通説しか知らないらしい。
「で、お前が追い抜こうとしている、何とか発掘隊はどこに向かってるんだ?」
「クロウ・ガンドの発掘隊よ」
 囁くような声音で、訂正される。
「クロウ・ガンド……か」
 ディスペアはその名を呟き、自分の記憶を辿った。さきほどは思い出せなかったが、聞き覚えのない名前ではない。いくつかの情報が頭に浮かんでくる。
「ハロッツ魔法研究所の所長だったな。一流の魔道士としても、それなりに名が知られている。だが、超一流というほどの実力はない。特徴といえば、時々噂を聞くくらいか。俺が知っているのは、この程度だ――」
 その言葉を無視して、ミストは遠くを眺めるような眼差しになった。ここからでは見えないが、その視線の先にはカッサム大森林がある。サーン山脈の裾に広がる樹海。
「あいつらは、カッサム大森林に向かったわ。きっと、あの森の奥のどこかにフルゲイトが眠ってるのよ。だから、あたしはここまでやってきた。でも、あいつらが今どこにいるかは分からない」
「そうか」
 正面に向き直り、ディスペアは眉を下げた。
 そこで、会話が止まる。
 中途半端な沈黙が訪れた。石畳の上を歩く人の足音や、人々の話し声だけが聞こえてくる。静寂というほどでもないが、それだけに沈黙が際立った。
 それを破るように、ミストが声を上げる。
「ところで、さ――」
 目をやると、無理矢理口元に笑みを浮かべていた。
「まだ聞いてなかったけど、あなたってどんな魔法使うの?」

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