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第4節 追い掛けろ!


 ガァン!
 豪快な音を立てて、鉄骨が跳ね上げられる。十本近い鉄骨が、まるで蕾が開くように広がり、放射状に倒れた。再び豪快な音が響く。
「ッッ」
 寒月は右手で、痛む首筋をさすった。鉄骨の当たり所が悪く、気を失ってしまったらしい。気絶していた時間は、それほど長くはなかっただろう。
「早く、明日香を探さないと――」
 立ち上がろうとして、寒月は動きを止めた。左腕が動かない。ジャックのつけた腕輪がが消えずに左腕を地面に押し付けている。
「まずは、こいつを外さないと……」
「大丈夫か、君!」
 声は突然だった。
「?」
 左腕を押さえつけられた不自然な体勢で顔を上げると。
 そこに紺色の服を着た男が立っていた。警官である。
 ぎょっとして道の方を見やると、数台のパトカーと、十数人の警官が見えた。騒ぎを聞きつけた誰かが通報したのだろう。面倒なことになってしまった。
「こんな所で何をやってるんだ、君は――? 怪我はないか」
 質問を投げかけてくる警官は置いといて。
 寒月は鉄骨の影に落ちていた烈風を拾い上げた。それを見た警官が、顔色を変えて後退る。銃を見た自然な反応だろう。
「……あ……?」
 警官はようやく気づいたようだった。
「長い黒髪に、黒いコート……! お前は、早川大学破壊の!」
「ま。半分、そうだが……」
 寒月が適当に肯定する――のも聞かず、警官は腰に差した拳銃を抜き放つ。
「う……」
 動くな、と言いたかったのだろう。だが、言い始めるよりも早く、寒月が放った銃弾が拳銃を弾き飛ばしていた。人間の動きが執行者に敵うはずもない。
 黒い鉄の凶器が、回転しながらどこかへと飛んでいく。
「おい! 大変、だ!」
 裏返った声を上げながら、警官は転がるように逃げていった。
 寒月は烈風を懐に収めると、近くに刺さっていた紅の柄に手をかける。鉄骨が直撃したのだろう。鍔元まで土にめり込んでいる。
 それを引き抜き、赤い刃を見つめる。土はついていない。あらゆるものを斬り裂く、最強の刃。もちろん、自分の身体を斬ることもできる。
 寒月は紅を逆手に持ち直し、
「仕方ない、よな……!」
 呻いて、腕輪ごと左腕を切断した。
 紅を鞘に納め、斬り落とした左腕を拾い上げる。真っ二つに斬られた腕輪は、腕から外れて地面に落ち、消滅する。紅によって実在力を壊されたのだろう。
 寒月は左腕の切断面を合わせると、
「再生の光」
 左腕がつながり、傷が消える。筋肉と血管、骨が元通りに再生し、切れた袖も元にもどった。手首や指を動かしても、違和感はない。
 すると、声が聞こえた。
「武器を捨てて、おとなしく投降しろ!」
 警官たちはパトカーの影に隠れて、拳銃を構えていた。その銃口は寒月に向けられている。銃口の数は十六。距離は二十メートルほど。
 自分の身体能力を考えれば、飛んで来る弾丸を躱すのはさほど難しくはないだろう。
 しかし、ここで警官の相手をして、時間を浪費している場合ではない。
 寒月は手近な鉄骨をひとつ掴み上げた。人間に持てる代物ではないが。
「おらあっ!」
 それを力任せに放り投げる。宙を舞う鉄の塊を、警官たちが呆然と見つめた。放物線を描いて飛んでいく鉄骨は、やけにゆっくりに見える。
「―――!」
 グガシャン!
 鉄骨はパトカーの一台を直撃した。車体がつぶれ、ガラスの破片が飛び散る。
 警官たちがそれに気を取られた隙に、寒月は跳び上がっていた。寒月が消えたことに驚いている警官たちを一瞥し、近くの工場の屋根に下り立つ。
 その場から逃げるように、寒月は再び跳躍した。
「明日香……」
 噛み締めるように呟く。
 ジャックの罠によって、明日香は一人になってしまった。明日香を守る者は誰もいない。ジャックかチェインに見つかれば、命の保証はない。
「寒月殿!」
「カンゲツー!」
 聞こえてきた声に、足を止める。

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