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第1節 告げられる過去 |
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「眠い……」 鉄骨に腰を下ろしたまま、明日香が呟く。 寒月は背伸びをして、夜空を見上げた。時間は午後十一時半頃だろう。敵に位置がばれないように、近くに明かりは灯していない。 「なら、眠っていいぞ」 「そういえば、あんた昨日から全然寝てないんじゃない?」 明日香が言ってくる。 「一昨日から寝てない」 「大丈夫なの?」 「ああ。俺たち執行者は人間よりも頑丈なんだ。一週間くらいは、飲まず食わず不眠不休でいられる。その気になれば、一ヶ月くらいは平気だ」 「丈夫だねぇ」 欠伸交じりに答えてから、明日香は鉄骨の上に寝転んだ。ヴィンセントから借りたマントを布団代わりにして、丸くなる。 寒月は緊張を崩さぬまま、ヴィンセントとカラに向き直った。 「お前たちはどうする?」 「夜は、僕たち妖魔の時間です」 「しっかり、見張りやるヨ」 二人が応じる。 何かを探すように、寒月は周囲を見渡した。ジャックには深い手傷を負わせた。チェインは再起不能である。今のところ、敵はいない。 と、思ったのだが。 「起きろ、明日香!」 言い終わるよりも先に、寒月は明日香を抱えて飛び退っていた。ヴィンセント、カラもその場から逃げる。そこに転がる、円筒形の物体数個。手榴弾。 轟音が、大気を引き裂いた。爆圧が、建物を支える鉄骨数本を歪ませる。 「な、何なの!」 状況を呑み込めない明日香に、寒月は告げた。 「ジャックだ」 その言葉を証明するように―― 工事現場の片隅に、血のついた白い服を着た男が佇んでいる。この短時間に傷を回復させたらしい。特級執行者という肩書き、伊達ではない。 「紅――!」 寒月は紅を召喚し、鞘を腰に差した。抜き放った刃をジャックに向ける。敵は一人。他に誰もいない。相手から目を離さず、忠告するように言った。 「一人で、俺たち三人と戦うつもりか?」 「一人ではない」 ジャックは余裕たっぷりの笑みを浮かべ。 唐突に、新しい気配が生まれる。数は数十人。 寒月は視線を転じた。その先には、チェインと部下たちが立っている。チェインを含めた全員の傷が消えている。 それを見て、寒月はようやく事態を理解した。 (ジャックとチェインが、手を組んだってわけか。執行者が即時抹殺命令の出ている妖魔と手を組むなんて、聞いたことがないぞ。なりふり構わず出てきたな) ヴィンセントとカラに目をやり、 「おい、お前ら……」 「分かってます。チェインの方は僕らに任せてください」 「切り札は――?」 「必要だと思ったら使え!」 「アイ・シー」 返事をしながら変身し、カラはヴィンセントとともにチェインの方へと突っ込んでいった。妖魔対妖魔の戦いが始まる。チェイン一味の合計戦力と、二人の力はほぼ同じ。だが、ヴィンセントたちには、切り札がある。負けることはないだろう。 「ジャック・ファング」 二人から注意を外し、寒月はジャックに全神経を向けた。 ジャックは工事現場の中に入って来ている。武器は出していない。だが、何かただならぬ雰囲気を漂わせていた。 「今度は、前のようにはいかない」 寒月のいる場所は工事現場の中心あたり。周りには鉄骨が並んでいて、長さのある武器を振り回すことはできない。だが、紅の斬れ味を以てすれば、鉄骨ごと敵を斬り裂くことができる。ジャックのドレインも物体をすり抜けるが。 背後では、明日香が時雨に手をかけていた。 不敵な笑みとともに、ジャックが近づいてくる。 「アスカ」 「?」 明日香が警戒の色を濃くした。 寒月も相手の動きに注意を集中させる。なぜ明日香に声をかけるのか、理由が分からない。が、ジャックが次に発した言葉で、相手の作戦を悟った。 「君は、自分を父親を殺した相手に復讐したいらしいね」 「貴様!」 紅を横に構え、寒月は飛び出していた。横薙ぎに紅を振るうが、ジャックは跳躍して斬撃を躱す。焦燥が心を乱していた。剣にいつもの鋭さがない。 横に伸びた鉄骨の上に立ったまま、ジャックは続ける。 「それで、誰が殺したかカンゲツに訊いたはずだ。しかし、カンゲツは答えない」 「黙れ!」 叫んで、寒月は跳び上がった。ジャックの身体を縦に斬り裂くように、紅を振り上げる。だが、斬ったのは鉄骨だけだった。鉄骨の上から視線を下に向けると。 ジャックはいつの間にか、地面に降りていた。 「彼は何と言った? 半妖の力が覚醒するから? 君の父親が復讐を望んでいないから? だが、カンゲツには答えられない理由がある」 「斬鉄の輝き! 天翔流・乱舞刃!」 十数条の剣気の刃がジャックに襲いかかった。特級執行者と言えど、全ての刃を避けられるものではない。はずだったが、刃は地面だけを斬る。 ジャックは何事もなかったように明日香の前まで移動していた。 明日香は動かない。動けない。 「知りたいかい?」 優しく微笑み、ジャックは明日香に問いかけた。 「ジャァァァァック!」 寒月は大上段から振り下ろすように斬りかかる。 しかし、次の瞬間にはジャックの放った拳に殴り飛ばされていた。なすすべもなく地面を転がり、鉄骨に激突する。身体中が痛むが、それはどうでもいい。 起き上がった時には、ジャックが致命的な言葉を放っていた。 「簡単さ。君の父親を殺したのは、カンゲツだ」 「―――!」 明日香の息が止まる。 数秒の静寂を挟んで。 「かん……げつ……?」 はっきりと傷ついた表情で、明日香が見つめてきた。 嘲るような笑みを口元に貼り付け、ジャックが振り返ってくる。だが、その声は明日香に向けられていた。感情のない声で、 「君を守っている男が、君の仇だ――。どうする?」 「寒月……。本当、なの?」 擦れ声で、明日香が訊いてくる。 だが、寒月は無言で紅を構え直した。歯を食いしばり、呪詛のように呻く。 「ジャック・ファング……」 「秘密を暴かれて、怒ったか?」 「…………」 黙したまま、一秒にも満たない時間で間合いを消失させ、寒月は紅を閃かせた。ジャックは回りこむように斬撃を躱す。十メートルほど後退し、 「随分と雑な剣だね……。夕方に戦った時は、こうもあっさりと避けられるものではなかったが。怒りのせいで、技の切れが鈍っているかな?」 「貴様ぁぁ!」 寒月は憎悪の唸りを上げた。 「寒月!」 背後から再び明日香の声。 「あたしのお父さんを殺したの、あんたなの?」 |