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第6節 利害の一致


「酷く弱ったものだな」
 半死半生のチェインを見下ろし、ジャックは呟いた。
 人気のない路地裏。その曲がり角に、チェインは倒れている。魔獣の召喚に命の大半を削り、寒月の対妖魔銃の弾丸を何十発も浴び、魔獣には打ち倒された。部下は再起不能で、使える者はいない。命も残り僅か。
 ここまで逃げて来られただけでも奇跡と言えるだろう。
 チェインは自嘲するように口元を歪め
「……今さら、わたしを殺しに来たの……? ふふ……わたしに残ってるものは何もないわ……。殺すなら一思いにやってくれない」
「いいや」
 ジャックはかぶりを振った。懐から小瓶を取り出す。中には透明な液体が入っていた。ただの水ではない。それをチェインに向かって放り投げる。
 震える手で、チェインは小瓶を受け取った。それを見つめて、驚愕に呻く。
「エリク……シル?」
「そうだ。それを君にやる」
 告げると、顔に不信の影を映しながら、小瓶の中身を飲み干した。
 空になった小瓶を投げ捨て、立ち上がる。
「で、わたしを治して何を企んでるの?」
 腕組みをして、チェインは探るように睨んできた。信用はしてないらしい。その体勢は、いつでも攻撃に移るか逃げるかできるものだ。
「わたしに即時抹殺命令が出てることを承知の上でやったこと?」
「君の抹殺は、他の誰かに譲るさ。私は君と取引がしたい」
 右手を上げて、ジャックは告げた。
「取引?」
「そう、取引だ。私たちの利害は一致している。お互いに明日香を殺したいと思っている。それに、明日香を守るカンゲツ、ヴィンセント、カラを邪魔だと思っている。しかし、お互い一人ではあの三人に対抗できない」
「…………」
 チェインの目が揺れる。この取引に応じるか否か、迷っているのだろう。
 相手の出方を観察しながら、ジャックは畳みかけた。
「私は明日香を殺せればいい。それが最優先事項だ。君が明日香の力を欲しているのなら、奪えばいい。私は口を挟まない。言っては悪いが、君が力を増すことなど、明日香が半妖の力を覚醒させることに比べれば、どうでもいいことだ」
「言うわね。で、わたしは何をすればいいわけ?」
 チェインは取引に応じてくれたようだった。
 口に出さずに笑みを浮かべ、ジャックはもうひとつ小瓶を取り出す。
 エリクシル。生命の水と呼ばれる秘薬だ。
 それをチェインに渡す。
「これを薄めて、動けない部下に飲ませろ。使えるほどには回復するはずだ」
「分かったわ」
 艶めかしい笑みとともに、チェインは頷いた。
「私はカンゲツを退け、明日香を捕らえる。君は部下たちを使って、ヴィンセントとカラをその場から引き離してほしい。武器は用意してある」
 淡々とジャックは告げる。
「取引、成立ね」
 チェインが笑った。
 それを見つめ、ジャックも笑う。無表情に。冷たく。

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