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第2章 踏み出せ、その先へと


 前回のあらすじ

「あー、身体ちょっと貸してくれないかなー、扶桑」
「いいですよ、提督。それと、多少ははっちゃけた事をしても構いませんよ。ふふ。それと、もし提督がよかったら、山城の相手をしてあげてもらえますか?」
「善処します」

「姉さま」
「何かしら?」
「ぬるぽ」
「ガッ!」
「提督じゃないですかあああああ!」

 ツクモは右手を挙げた。
 それに引っ張られるように、背中の試製41cm三連装砲が砲身を持ち上げる。
「奇妙な感覚だ……」
 自分の意思通りに動く砲塔を眺め、ツクモは呻いた。
 工廠から艤装を持ち出し、演習場にて装着。艦娘の艤装装着を手伝った事はあるが、自分に装備するのは初めてだった。巨大な砲塔を背負い、胴体に装着した腹部艤装、左腕に飛行甲板。腕と足にも艤装を取り付けている。
 砲塔を回しながら、ツクモは正直な感想を口にした。
「まるで要塞背負ってるみたいだ」
「当然です。わたしたちは戦艦ですから」
 どこか呆れたように、しかしどこか自慢げに、山城が言ってくる。
 ツクモは苦笑とともに軽く頷いた。
「何となく動かし方も分かったし、さっそく行ってみるか」
 と、海を見る。
 青い水面に伸びるコンクリート製の桟橋。海に向かって傾斜がついていた。海面は静変で波はほとんど出ていない。遠くに演習用の的が浮かんでいる。
 ツクモは桟橋を歩いて行き、海面の手前で足を止めた。
 水面を見つめ、ゆっくりと深呼吸。金属の塊を背負った人型が、水面に立って動く。それは人の常識の外にある、人ならざる者の業だ。
「……大丈夫ですか?」
「まぁ、大丈夫だ」
 後ろから声を掛けてきた山城に、振り返って答えた。
 一拍置いてから山城は緩く腕を組む。目蓋を半分下ろしつつ、
「絶対に押すなよ、とか言われても押しませんからね」
「残念」
 軽く笑ってから、ツクモは海へと足を踏み出した。
 右足が水面に触れ、靴艤装が水面下へと沈み込む。しかし、脚裏で止まった。続けて左足も水面に触れる。同じように、艤装がツクモの身体を海上へと固定した。
「よっと、っと……」
 手を動かしバランスを取りながら、海面を前に進む。
 文字通り水の上を歩いているような感覚。スケートに似ているが、足下が不安定な水面であり、身体も安定しない。気を抜くとそのまま転倒しそうだった。
 意識を集中させ、ツクモは水面を走る。桟橋からあまり離れていない距離を、緩やかに円を描きながら。
「なかなか難しいな」
 ぼやく。
 それでもしばらくすると、身体が慣れてきた。加速してもバランスが崩れず、身体がどう動くかも理解できる。既に水面の走り方を知っている扶桑の身体を、ツクモの意識が制御できるようになったと表現するのが正しいか。
 艤装に力を込め、加速する。
 そして、水面を蹴って跳躍。空中で三回転してから着水。
 桟橋の山城に向けて親指を立てて見せる。
「何してるんですか……」
 ため息を付く山城。
 ツクモは軽く手を振ってから、沖合に向けて走った。
 基地から離れ、演習海域へと。
 遠くに見える標的ブイ。オレンジ色の浮きの上に的が取り付けられている。距離はおよそ五百メートルほど。戦艦艦娘の一般的戦闘距離である。これ以上の距離にも砲弾は届くが、妖精の力を失ってしまい深海棲艦への有効打にはならないのだ。
「行くぞ」
 ツクモは砲身を動かし、砲口を的へと向けた。
 装備している武装を自身の意思のみで動かせるのは奇妙な感覚である。人間と艦娘の一番大きな違いといってもよいだろう。
 角度を調整し、砲撃の指示を出す。
「主砲、撃てェ!」
 ドンッ!
 爆音とともに炎と硝煙が吹き出し、反動に身体が仰け反った。ツクモは呼吸を止め、即座に体勢を立て直す。標的ブイの遙か後方で上がる水柱。
 緩やかに減速し、海上に留まる。
「動きながらいきなり当てるってのは、さすがに無理か」
 手早く反省し、ツクモは改めて砲身を動かした。
 緩やかな波が立つ水面と、遙か遠くに高積雲の見える青い空。潮の香りのする風が流れ、長い髪の毛を揺らしている。不思議と砲の先にあるものが理解できた。測量儀の情報が意識に流れ込んでくる。装備に宿る妖精の力。
「二発目、撃てェ!」
 ドンッ!
 撃ち出された砲弾が、標的ブイを粉砕した。
 拳を握り絞め、ツクモは笑う。
「よっし! 次!」



 工廠に戻り、艤装を片付け休憩室に移る。
 ツクモと山城は小さな折畳みテーブルを挟み、椅子に座っていた。テーブルの上にはお茶と羊羹が置かれている。間食用として冷蔵庫に保管しておいたものだ。
 お茶を一口飲む山城。
「どうでした?」
「なかなか新鮮な体験だった」
 ツクモは満足げに頷いた。
 艤装を装着し、海上を走り、砲撃を行う。生身の人間には不可能な事。それを己の身を以て体験した。身体は扶桑のものだが、ツクモの記憶にはしっかりと記憶されている。この経験は、今後の整備や開発に役立つだろう。
 羊羹を一口食べ、山城が拳を握り絞めた。赤い瞳に炎を燃やしながら、
「正式配備された暁には、是非わたしにも撃たせて下さいね! 試製41cm砲の着弾観測射撃……! これこそわたしたち戦艦の浪漫……! 嗚呼、想像するだけで、武者震いが止まらないわ……! うふ、うふ、ふふふふふふ……」
 恍惚とした表情で身震いしている山城。扱いやすい大火力主砲は、心躍るものがあるだろう。普段から半ば空母扱いならば、なおさらだ。今後は水上戦闘機と水上偵察機という組み合わせになるだろう。やはり航空戦力の不足が問題だが。
 ツクモは吐息してから、話題を変える。
「ところで、夏のアレから扶桑とは何か進展あったのか?」
「…………」
 山城の動きが止まった。
 ゆらりとツクモに顔を向け、拳を握り締める。
「あるわけないじゃないですか! あんな事あったのに、姉さま何事も無かったかのように接してくるんですよ! 元通りの関係続けてますよ、当然じゃないですか!」
 そう叫んで、滝のような涙を流していた。扶桑と山城の性格を考えれば、予想通りの結果である。むしろ二人が身体を重ねる関係になっていたら、そちらの方が驚きだろう。
 ツクモは羊羹とお茶をテーブルに置き、椅子から立ち上がった。
 テーブルを回り込み山城の横に移動し、優しく微笑みかける。
「なら、今ここでシてみない?」
「ちょ、な……」
 顔を真っ赤にして慌てる山城。
「何っ、何を言っちゃってるんですか!? いきなり、そんな事……」
「いやぁ、扶桑にも許可貰ってるし。山城も溜まってるだろうから相手してやってくれとも言われるし。ま、無理にとは言わないけど」
 と片目を瞑って見せる。
 山城は数度深呼吸をしてから、ツクモの裾を握った。言われた事の意味を考えたのだろうか。目元に涙をにじませ、震え声でいってくる。
「そんなの、断れるわけないじゃないですか……!」
 ツクモはそっと山城の頬に手を触れた。優しく微笑みながら、
「正直なのは良い事よ、山城」
「…………」
 頬を赤く染め目をそらす山城に、続けて語りかけた。
「せっかくだし、私を犯してみないかしら?」
「姉さまを……?」
「ええ」
 困惑する山城に、頷く。
 ツクモは右手を山城のスカートへと差し入れた。
「え……?」
 息を止める山城。
 しかし、ツクモは構わず山城の下腹部に触れた。そして意識を集中させ、自信の持つ要素を押し込む。それはすぐさま山城の身体を変質させた。
「なっ!」
 身体を強張らせ、自分の股間に触れる山城。
 さわさわとそこに現れたものを触ってから、ツクモに顔を向けた。驚きと焦りと、隠しきれない期待をその赤い瞳に宿しながら。
「こ、これは……」
「言ったでしょう? 私を犯してみないかしら?」
 妖しく微笑み、ツクモは改めてそう告げる。
 ごくり、と。
 山城が無言で喉を鳴らした。

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18/12/25