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第2章 提督来たりて大井問う


 前回のあらすじ

「提督って、艦娘に憑依できるってエロい特殊能力手に入れてたって聞いたんですけど。ちょっと北上さんに憑依して貰えません? それで、わたしとなめくじのようなレズプレイしません? おおむね三時間くらい。主に提督が責められる側で」
「カエレ……」

「せっかくだし、あたしの身体しばらく貸してあげるよ、提督」
「頭は冷静なんだよ、俺は」
「意外とへたれだね、提督。据え膳食わねば男の恥って言うじゃない?」
「何言われてもやらんぞ。まだ整備は残ってるんだからな」
「…………」
「………」
「……」
「やッてやろうじゃねェかぁぁっ!」

 これはつまり妖精に干渉する方法である。
 波長が合う、鍵穴が合う、型が合う。肉体および精神の何らかが艦娘たちの構成要素と噛み合い、干渉することができるのだ。そこから浸透圧的な形で、自分の意識の一部を艦娘に移動させる事により、ツクモは艦娘に意識を憑依させることができる云々。
「ここか」
 艦娘寮の廊下を歩きながら、天井を見上げる。
 ツクモよりも背の低い北上の身体だ。具体的な数値で言うと二十センチほど。それだけで世界が一回り大きくなったような錯覚を覚える。
 廊下を少し歩き、目的の部屋に辿り着いた。
「大井、いるかー?」
 トントンとノックをして声をかける。
 一拍の間から困惑した声が帰ってきた。
「は、はい?」
 ドアの向こうから足音が聞こえてくる。
 ツクモは半歩下がった。そこから一秒ほどしてドアが開き、大井が出てきた。ツクモの顔を見て、不思議そうに首を傾げる。
「北上さん?」
「俺だ。望み通り北上になってやったぞ」
 ツクモはにやりと笑って右手の親指を立てた。
 およそ三秒の静寂。
 大井が目を見開く。
「マヂで!?」
「マジで」
 ツクモは頷く。
 大井は素早くツクモの手を掴み、そのまま部屋に引きずり込んだ。特に抵抗もせずに、部屋に入るツクモ。他の寮の部屋と変わらぬ、簡素な作りである。
 慌ててドアを締め、大井がツクモに向き直った。まじまじと凝視しながら、
「ちょ、っと……。本当ですか? 確かに、普段の北上さんとは明らかに雰囲気違いますけど。本当に提督なら、ちょっとスカート持ち上げてくれません?」
 すっ。
 言われるままに、ツクモはスカートの裾を持ち上げた。北上はスパッツを穿いているので、下着は見えない。しかし、足と腰のラインをくっきりと浮き上がらせているので、ショーツが見えるよりも卑猥かもしれない。
「これで納得したか?」
 ツクモの問いに、大井は頷き、額の汗を拭う仕草をした。
「そ、そうですね。確かに提督ですね。北上さんならもっと焦らしてから、スカート持ち上げますし。ここまで手の込んだ事はさすがの北上さんでもやりませんし」
 よく分からない納得の仕方をしてみせる。
 スカートから手を放し、ツクモは部屋を眺めた。八畳ほどの板の間で、机がふたつと本棚、二段ベッドがおかれている。中央にはテーブルがひとつ。艦娘の部屋は学生寮のようなものだが、住む艦娘によって個性が出ることが大多い。
「で、納得したところでどうする? 何する?」
 ツクモは静かに大井を見た。口元に薄く笑みを浮かべ、身体を僅かに前へと傾ける。これからどうするのか。
「……」
 頬を赤く染め、大井は固まってから。
 大きく息を吸い込み、そして同じ時間を掛けて吐き出した。
 額を拭うような仕草をしてから、ぎこちなく笑って見せる。
「な、何か飲み物持ってきますね」
 そう言い残し、大井は慌てて部屋を出て行った。
 閉まるドアを眺め、ツクモは小声で呟いた。
「まぁ、そうなるな」


 部屋の中央に置かれた丸い折畳式テーブルと、椅子がふたつ。テーブルはカフェオレとクッキーが置かれている。大井が給湯室から持ってきたものだ。
 ツクモはクッキーをひとつ口に入れ、かみ砕く。甘い。
「すっごい今更ですけど、提督って本当に人に憑依できるんですね。何かの比喩か、一種のフェイクだと思ってました」
 大井がまじまじと見つめてくる。北上にからかわれているのではないかと、未だに疑っているようだ。不意に憑依能力に目覚めたという噂を聞いても、実際にわかには信じられないものである。実際に当人が目の前に現れても、だ。
「まだ信じてないようだな。いっそキスでもすれば信じるか?」
 からかうように笑い、ツクモは大井に投げキスをしてみせる。
 途端顔を真っ赤にする大井。
「キ……」
 言いかけてから、慌てて首を左右に振った。雑念を振り払うように。頭から湯気が立ち上っているように見えるのは、おそらく錯覚だろう。
 横を向き、無理矢理抑えた声で、言い返してくる。
「大丈夫です。そこまでする必要はありません」
 その様子を眺めながら、ツクモはこっそり苦笑した。北上が大井をよくからかって遊んでいる理由もなんとなく分かる。面白いし、意外と可愛い。
 カフェオレを一口飲み、ツクモは話を戻した。
「俺が意識を移せるのは、建造に俺が関わった艦娘だけだぞ。一部古参組を除く、うちの基地の艦娘だけ。生身の人間とか、他の所属の艦娘とかは無理。意識を移すにしても、色々と細かい条件があるから、条件があっててもぽんと出来るもんでもない」
 つらつらと言い連ねる。
 艦娘建造には、提督の要素が必要であり、それが鍵となるらしい。そこにさらに体質や波長的なものが重なり、ツクモは艦娘に干渉することができる。ただ、詳細は機密事項であり、ここで話すつもりは無い。
 ふと思いついたように、大井が呟く。
「……というか、どうやって北上さんに憑依したんです?」
「それは秘密です」
 人差し指を口の前に立て、片目を閉じた。
「ま、やましい手段は使ってないけど」
 と、付け足しておく。
 大井の返事は無かった。
 半眼でツクモを見つめつつ、カフェオレを一口飲む。
 息を吐いてから、別の事を口にした。
「北上さんの身体ってどうです? こう、提督の身体と何か違うんです? わたし他人になる経験なんて無いんで、ちょっと興味ありますね」
 瞳に映る好奇心の光。人間でも艦娘でも他の生き物でも、普通に生きていれば、他人の身体に意識を移すということはない。他人になるというのは、貴重な体験だろう。
 左手で三つ編み髪を弄りながら、ツクモは頷いた。自分の頭の高さで手を動かし、
「身体のサイズ違うってのが、まず一番実感するな。俺と北上じゃ身長二十センチ違うんだけど、それだけで世界が二倍くらい大きく感じる」
 と、天井を見上げる。
「そういうものなんですか?」
 大井が釣られて視線を上げる。大井にとってはいつもの部屋。北上の身体にとってもいつもの部屋。しかし、身体が小さくなったツクモには、大井や北上の認識よりも大きく感じるのだ。実際の身体と、サイズ認識の違いである。
 クッキーをひとつ摘まみ、ツクモは笑った。
「最初は歩くだけで転びかけたぞ。すぐ慣れたけど」
 他人の身体を動かしていても、基本となる感覚は自分のものを使っている。手足の長さから力加減まで、全部違うのだ。歩くだけでも苦労する。身体の構造が全く違うわけではないので、すぐに慣れるが。
 ツクモは続いて指で舌を摘まんで、それを引っ張ってみせる。
「味の感じ方も違う。カフェオレが苦い……」
「あら。コーヒー入れすぎました?」
 大井がカップを見るが、ツクモは否定するように手を動かした。
「俺の感覚だとカフェオレは甘いものなんだけど、その感覚でカフェオレ口に入れると、舌が苦みを認識して、普通以上に苦みを感じる。北上の感覚通した情報だから、俺の認識とズレがあって、極端に感じるんだな」
 カフェオレを飲み、ツクモは頷く。
 身体とその感覚は他人のもので、受け取る意識と思考は自分のもの。そのため、伝達に齟齬が起こり、相対的に大きく感じられるのだ。
「他人の身体になるって、意外と大変なんですね……」
 若干引いたように愛想笑いを浮かべながら、大井が言ってきた。
 ぱたぱたと手を動かし、ツクモは笑う。
「エロ能力とか言ったけど、意外と大変だぞ。他人になるってのは」
 クッキーを摘まんで口に入れ、残っていたカフェオレを一口に飲み干す。
 ツクモは椅子から立ち上がった。大井の方へと歩きながら、制服のボタンを外し、前を開く。さらに、下に着ていたインナーシャツのボタンも外す。
「まぁ、何より無いもんがあって、あるもんが無いってのが一番違和感ある。なにせ男が女になるんだからな。身体の男女差は大きい」
 ツクモは上着の前を開いた。
 細いお腹と滑らかな肌、灰色のスポーツブラに包まれた胸が露わになる。
「………!」
 息を呑み、しかし食い入るように見つめてくる大井。
 両手で自らの胸に触れると、男には無い柔らかさの塊があった。むにむにと指の動きに合わせて形を変える、胸の膨らみ。
「大井っちも触ってみる?」
 ツクモはそう言って、にやりと笑ってみせた。

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18/9/14