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第1章 たったひとつ冴えた閃き


 前話のあらすじ。

 偶然から扶桑に乗り移ってしまった提督ツクモ。困惑する山城とともに元に戻る方法を考えつつ、事故からオレンジジュースを浴びて濡れてしまい、風呂に入る事に。風呂に入ったツクモと山城。身体を洗いつつ、我慢できなくなった山城に襲われたり、逆に襲い返したりしつつ、無事元に戻る事に成功。
 その後、状況を察して刀を持ちだした扶桑に、ツクモと山城は土下座するしかなかった。そして、ツクモは山城の身体に押し込められて、扶桑のお仕置きを受けることなった。

 かしゅ。
 小さな音を立て、缶コーヒーのプルタブを開ける。
 中身を一口飲み、空き箱に据わったツクモは大きく息を吐いた。
「嗚呼、一仕事の終えた後のコーヒーは、染みる……」
 作業着を着込み、作業帽子をかぶった整備員スタイルである。艦隊の指揮を執る提督ではあるが、ここは小さな基地である。装備の整備なども提督の仕事であるため、作業着姿でいる事の方が多い。
 一通り整備を終え、現在は工廠の裏手で休憩中だった。
「提督~」
 声を掛けられ、視線を移す。
 そこにいたのは、大井だった。外跳ね気味のセミロングの髪の毛と、濃緑色の制服とスカートといういつもの服装である。
「どした?」
「いえ、ちょっとご質問が」
 腰の前で手を組み、にっこりと微笑みながら、そう言ってくる。
「わたしたちの雷巡改装計画って、いつくらいになります?」
 大井、北上。軽巡から雷巡へと改造可能な二人である。普通なら改造可能練度となったら、雷巡に改造し、その雷装を存分に発揮するものだ。
 通常の重雷装巡洋艦への改造可能練度は10。大井は練度30ほど。しかし、中萩基地の大北コンビは、未だに軽巡として運用されている。
「何度も言ってるけど、当分無いぞ」
 コーヒーを一口飲み、ツクモは無慈悲に告げた。
 大井は表情を変えぬまま数歩下がり、地面を力強く蹴りつける。
「必殺! 大井っちキイィーック!」
 艦娘の身体能力による二メートルもの跳躍から、全体重を乗せ、蹴り掛かってくる。さながら、どこぞの仮面ライダーのように。
 だが、当たらなければどうということもない。
 ツクモは座っている箱ごと後ろに下がった。
 目の前を斜めに蹴り抜いていく大井。
 たっ。
 地面に着地し、くるりとツクモに向き直る。芝居がかかっ仕草で両腕を広げ、
「何でわたしたち、ずっと軽巡のままなんですか! 大井&北上といえば、みんな大好き重雷装巡洋艦! 圧倒的雷撃でどんな敵も木っ端微塵! 強靱☆無敵☆最強! 粉砕☆玉砕☆大喝采! みんなの憧れの的じゃないですか!」
 瞳をきらきらと輝かせながら、力強く拳を握り絞める。
 ツクモはあくまでも冷静に告げた。
「うち、軽巡お前たちしかいないし」
「む」
 中萩基地の軽巡は大井と北上しかいない。他にいれば、二人を雷巡に改装して、新たな戦力にすることもできるが、いないのだから仕方ない。しばらく軽巡を建造するという予定もない。艦種の枠を開けることは避けたかった。
「仮に雷巡になっても甲標的無いから、雷装が高い軽巡だぞ」
「ぐ」
 誰が言ったか雷巡の本体。自身の圧倒的雷装値をそのまま乗せて、先手で攻撃できる甲標的。それが無ければ、雷巡も雷装値の大きな軽巡でしかない。大きい基地や鎮守府なら甲標的も余っているかもしれないが、小さい基地では貴重な装備である。
 数秒考えてから、大井が口を開いた。主砲ふたつを構えるように両手を突き出し、
「……では、大型深海棲艦相手の決戦兵器として。連撃万歳」
「妙高さんいるし」
 中萩基地最古参にして最強の重巡妙高。普段は基地内で事務仕事に従事しているが、いざ戦闘となると肉薄からの全弾発射を切り札とする深海棲艦キラーと化す。
「不幸だわ」
 肩を落とし、大井は呻いた。
 が、すぐに顔を上げてツクモへと向き直る。
「ま、それはそれとして」
 すすす、と顔が近づく距離まで近づいてきた。頬を赤く染めつつ、にやにやと笑っている。そこはかとなく息も荒い。周囲に視線を向け、聞いている者がいない事を確認してから、抑えた声音で言ってきた。
「提督って、艦娘に憑依できるってエロい特殊能力手に入れてたって聞いたんですけど」
「…………」
 ツクモは表情を変えず、コーヒーを一口飲んだ。
 先日扶桑山城の一件から、本部にそういう力が発現したと連絡したら、三日ほど色々調べられたり何なりした。その後、特に何か変わるでもなく普通に仕事をしている。一応内容は機密事項となっているが、噂はどうしても広がるものだ。
 幸か不幸か、艦娘たちはツクモの能力について半信半疑らしいが。
 大井は続ける。
「ちょっと北上さんに憑依して貰えません? それで、わたしとなめくじのようなレズプレイしません? おおむね三時間くらい。主に提督が責められる側で」
「………」
 特に浮かんでくる考えはなかった。
 何と言っていいか分からず、ツクモは大井を見る。
 五メートルほど先にいる大井を。
 いつの間にか広がっていた空間を眺めつつ、大井が呻く。
「何ですか、この距離……」
「魂の距離だ」
 ツクモはきっぱりと告げた。
 開いた距離をあっさり詰めてくる大井。右手をぐっと握り絞め、鼻息荒く叫び出す。あくまで抑えた声のままだが。
「北上さんたら、何度も何度も思わせぶりな態度でわたしを誘惑して! あれ絶対分かってますよ! 分かった上でわたしをからかって弄んで、裏でこっそり大井っち観察日記とか付けてるんですよ! これはもう犯すしかないでしょう!?」
 勢いよく両腕を広げ、同意を求めてきた。
 このような場合は何を言えばいいのか。いくから真剣に考えてから、結局何を言えばいいのか分からず、ツクモは思った事をそのまま口にした。
「勝手に北上押し倒せばいいだろ」
「そんなコト出来るわけないじゃないですかああっ!」
 涙を流しながら大井が仰け反る。どうにも複雑な関係らしい。
「こほん」
 咳払いをしてから、きらりと目を輝かせる。
「そこで提督に北上さんになって貰えば! わぁお! 北上さん犯し放題!」
「それ、中身は俺じゃないのか?」
 思考停止している頭を何とか動かし、疑問を絞り出す。
 両手の指を組み、くねくねと身体を振りながら、大井は答えた。
「実はわたし、提督もぐっちゃぐちゃに辱めたいと思ってました! つまり、この方法を使えば、わたしは北上さんと提督を同時に好き放題できるんです! まさに一挙両得、一蓮托生、アブハチトラズ! うん、素晴らしい!」
「……」
 ツクモはコーヒーを一口飲んで、空を見上げた。
 午後の青い空に、綿雲が浮かんでいる。雲の形ははっきりしているが、どれも小さいものなので、成長して雨を降らせることはないだろう。天気予報でも今日は一日晴れとなっている。平穏な一日だ。
「ぅぅぅぅぅおおおおおおおお!」
 地平線の彼方から、全力疾走してくる大井。
 ツクモの傍らまで辿り着き、膝に手を置いて荒い呼吸を吐出すと、
「何でですか!」
「いやー。いきなりそんな事カミングアウトされて、俺どうすりゃいいのよ。お前は性格ちょっとぶっ飛んでるけど、根っこは常識人だと思ってたのに……」
「……」
 大井は視線を横に逸らして冷や汗を一筋垂らす。
 だがすぐにツクモに向き直り、誤魔化すように笑った。ぴっと人差し指を立てて、
「誰にでも隠れた嗜好のひとつやふたつあります。と、いうことで……」
「……」
 いくらかの沈黙を挟んでから、横を向き残ったコーヒーを飲み干した。
「まぁ、なぁ、そうだなー。確かに、俺も疲れ溜まってたりすると、夕雲に『ママー』とか叫んで抱きつきたくなるからな……。うん」
「えっ、何ですかソレ。気持ち悪い。近寄らないで下さい」
 いつの間にか距離を取った大井が、口元を手で隠し、蔑むような目線を向けてくる。
 缶を置いてから、ツクモは立ち上がった。
「雷犂熱刀〈ラリアット〉ォ!」
「にぎゃー!」



 大井を追い払ってから、改めて椅子に座るツクモ。
 残ったコーヒーを飲もうと口に付け、さきほど全部飲んだ事を思い出す。缶をひっくり返して、残った数滴を口に入れてから、横に置いた。
「よっと」
 近くにあった段ボール箱が開き、一人の少女が出てくる。三つ編みの黒髪に、大井と同じ黄緑色の制服。スカートの裾から黒いスパッツが覗いている。軽巡北上だった。さきほどから隠れていたのである。
 段ボール箱から外に出た北上は、腰に手をやり背筋を伸ばす。それからストレッチするように身体を左右に動かしてから、ツクモに向き直った。
 楽しそうに笑いながら、
「大井っちってさ、面白いよね」
「………」
 ツクモは無言で手を伸ばした。
 北上の頬を指で摘まみ、そのまま左右に引っ張る。
「いたいいたいいたいー」
 思いの外よく伸びる北上の頬。
 さきほど突然やってきて、大井から話があるから聞いて欲しいと言ってきた。そのまま近くにあった段ボール箱に身を隠し、直後に大井がやってきて今の流れに至る。おそらく全て北上の想定通りなのだろう。
 ツクモは手を放す。
「うー」
 手で頬を撫でている北上をジト眼で眺め、ツクモは言った。
「お前も大概いい性格してるな……」
「まぁ、あたしも大井っちからかい過ぎちゃった自覚はあるからね」
 手を持ち上げ、北上が笑う。
 しかし反省している気配は無い。むしろこれから起ることに期待しているようにも見える。面白いからとの理由で大井をよくからかって遊んでいる北上。今回もその一環なのだろう。本当に良い性格をしている。
「せっかくだし、あたしの身体しばらく貸してあげるよ、提督。それで大井っちと好きなだけ戯れてきていいよ。処女喪失くらいは……許す!」
 得意げな顔でぐっと親指を立ててみせる。
 ツクモはゆっくりと息を吸い込み、吐き出した。
「男として引かれるもんはあるが、それはそれ。頭は冷静なんだよ、俺は」
「意外とへたれだね、提督」
 残念そうに手を下ろし、北上は目蓋を下げる。
 しかし短く息を吐いて、二歩下がり、腰に手を当て身体を捻る。胸や腰や足を強調するようなポーズ。あまり色気は無いのだが。
「あたしもこう見えて結構身体には自信あるんだよね」
 両腕を胸の下にいれ、胸を持ち上げるような仕草をしてみせた。寄せて上げて強調すればそれなりに大きいバストである。
「大井っちも胸大きいし、太股もやわらかいし、お腹もすべすべだし。あれを堪能できる機会なんて、今しかないよ。据え膳食わねば男の恥って言うじゃない?」
 と、不敵な視線を向けてきた。
 ツクモは呆れたように吐息し、箱から立ち上がった。作業用帽子を頭に乗せる。
「何言われてもやらんぞ。まだ整備は残ってるんだからな」
「…………」
 北上がじっと見つめてくる。
「………」
「……」
 そして。
「やッてやろうじゃねェかぁぁっ!」
 ツクモは吼えた。

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