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第12話 ラセンの誘い



 やや赤みがかった黄色い髪の毛を、櫛で梳いていく。
 机の上に小さな少女が座っている。身長五十センチほどの小さな身体。背中の中程まで伸びた赤味がかった黄色い髪の毛。頭からは三角形の狐耳が生え、腰の後ろからは尻尾が生えている。背中からは銀色のネジが生えている。服装は白い上着と赤いスカート。
 魔術人形のラセン。
 オーキは小さな櫛でラセンの髪を梳いていた。
「こんなもんかな?」
 ラセンの髪の毛から櫛を離す。
 窓の外に広がる夜の闇。午後九時半くらい。課題を片付け、食事を終え、風呂に入り、就寝前の時間だった。
「ふむ、良い仕上がりだ」
 満足げに頷き、ラセンが手で髪を梳いていた。
 細い髪の毛。材質はよく分からないが、人間の髪の毛と質感はほとんど変わらない。無駄に無意味に凝った制作物とは、クリムの弁である。人間のように新陳代謝はせず、寝癖などもできないが、さすがに手入れをしないわけにもいかない。
 ラセンはその場に立ち上がり、オーキに向き直る。目蓋を少し下ろして、黄色い瞳を向けてくる。緩く腕組みをしながら、
「しかし、小僧。毎日暇だぞ、何とかしろ」
 オーキがラセンを動かしてから、およそ二週間が経つ。オーキの大学生活が始まり、昼間は家にいない。家の人間も昼間はほとんど出掛けている。そのため、ラセンは日中暇を持て余していた。今は家にある本を読んで暇を潰しているらしい。
「無理言うな……。お前を大学に連れて行くわけにもいかないだろ。その辺は自分で何とか暇を潰す方法考えろ。たとえば、勉強でもするとか」
「むぅ」
 不満そうに口を尖らせるラセン。
 ふと思いついたように口を開く。
「そう言えばお前、アタシの服を作ると言っておきながら、一向に作る気配がないぞ。さすがにこれ一着だけでは、心許ないぞ。早く何か気の利いたもの作れ」
「ああ……」
 視線を持ち上げ、オーキは呻く。
 最初は着せ替え人形にしようと考えていたのだが、いまだにオーキはラセンに着せる服を作っていなかった。予想はしていたが、居候の学生はやることが多い。裁縫が得意ということもあり、クリムから服の治しや装飾などを頼まれたりもしている。
「意外と忙しくてな。お前の服は後回しだ。その首輪で我慢しろ」
 と、ラセンの首に付けられた赤い首輪を指差す。
 一番最初に作った首輪。家の中で見つけた皮と腕輪用のバックル。それを組み合わせてラセンの身体に合う首輪を作って嵌めた。
「いい加減外せ!」
 首輪を引っ張りながら、ラセンが狐耳と尻尾を立てる。
 本人はこの首輪を全く気に入っていない。気に入る理由もない。しかし、妙な癖のあるバックルであるため、ラセンはいくら頑張っても外せずにいた。
 オーキは笑いながらラセンの頭を撫でる。
「みんな似合ってるって言ってるし、いいじゃないか。実際似合ってるし」
 クリムを始め、家の人間には好評だった。
「くぅ――! 何という屈辱、夜狐の女王の名が泣くわ」
 不満そうに歯を食い縛るラセン。
 夜狐の女王。ラセンは自分をそう称している。北の大山脈から降りてきた怪物で色々あった後にこの人形の身体に精神を封じられた、と。だが、それはそのような人格設定をしただけであり、夜狐の女王というのも古い小説の登場人物らしい。
 そう言われているのだが、ラセンは自分は夜狐の女王と言い張っている。
「さて、小僧」
 一息ついて、ラセンがオーキを見やった。
 口元に薄い笑みを浮かべ、スカートを持ち上げる。露わになる細い脚。
「そろそろアタシの身体が恋しくなってる頃ではないか?」
「…………」
 オーキは眉間を指で押さえた。
 ラセンは自身の機能を維持するために人間の持つ情報を必要とする。一ヶ月に一回くらいの割合で、人間の組織を身体に入れる必要があった。血液や精液など。前回は性交という形で、オーキの精液を取り込んでいる。
「クリムさんに頼んで基幹情報を恒常固定して貰えば、そういう事する必要は無いんだけどな。金取られるわけでもないし」
 魔術博士のクリムなら、ラセンの基幹情報に人間の情報を恒常固定できる。難しい事ではないので、頼まれれば情報を固定してしまうと言われた。
 しかし、ラセンは腕組みをして言い放つ。
「断る」
 情報の固定はしないと、ラセンは言っていた。オーキの血を一滴舐めればそれでも補充できるのだが、それも拒否している。一番最初にオーキが迷わず血を舐めさせた事で、変な方向に意固地になってしまった。
「別にまだ腹が減っているわけではない。ただ、お前の方が寂しくなっているだろうと思ってな。日頃アタシに尽くしてくれている褒美だ。触るのだけは許してやる」
 不敵な笑みを浮かべている。
「だけど、挿れるのは無しだぞ?」
 人差し指を持ち上げ、そう言った。普段から強気な態度を取っているが、その実力では到底敵わず、知識や知恵でも届かない。オーキがゼンマイを巻かなければ、動くとことすらできない。ラセンはそれが酷く気に入らないようだった。
 そこで、自分の身体を武器に、オーキの上手を取りたいようである。
「じゃ、そうさせてもらうかな?」
 オーキは机の引き出しから、術符を一枚取り出した。
 クリムから渡された術符。それを手で破ると、部屋に魔力が広がり、薄い影が包む。多少騒いでも部屋の外に音は漏れなくなる防音結界。衝撃や振動は隠せないので、その点は考えるようにと入れている。
 オーキは両手をラセンの腋に差し込み、小さな身体を持ち上げた。

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13/2/14