Index Top 第1話 唐突な居候たち

第4章 青妖精の告白


「あー。終わった」
 シゥが両手を腰に置いて、満足げに部屋を見回している。
 物陰や部屋の隅などにあった埃が残らず無くなっていた。シゥの働きもあったが、ノアの愚直な働きのおかげだろう。
「おかげで随分きれいになったわな。助かった」
「さてと――」
 部屋を横切ったシゥが、床を蹴ってベッドの縁に腰を下ろす。そこが定位置とばかりにあっさりと陣取っていた。既に休憩体勢に入っているらしい。背負っていた氷の大剣を膝の上に乗せ、ウエストポーチから銀色の平たい箱を取り出す。
「ちょっと一服させてもらうぞ」
 一言断りを入れてから箱を開けた。中には白い棒のようなものが、十本きれいに収められていた。シガレットケースを思わせる見た目である。
 中から煙草のようなものを取り出すシゥに、千景は眉間にしわを寄せた。
「煙草か? 喫煙についちゃ何も言わんが、俺の部屋で吸うのはやめろ。匂いが付く」
「煙草……? ああ、確かに似てるな。コレは」
 一瞬訝ってから、シゥは右手で掴んだ煙草のような白い棒に目を移した。
 白い紙巻き煙草のような形で、直径三ミリで長さが四センチほど。普通の煙草の半分ほどの大きさである。全体が白色で、吸い口のような部分は見られない。
 シゥはそれを軽く振ってから、口に咥えた。
「これは煙草じゃない。火は点けてないだろ? こっちの言葉に訳すと"睡草"かな? 匂いはあるけど、ものに染み付くほどじゃない。それに原料は幻影界の植物だから、人間には影響は無いよ」
 説明してから、一度息を吸い、吐き出す。煙など目に見えるものはない。
 しかし、空気の流れに乗って微かな甘い香りが千景の鼻に届いた。と、同時に頭に弾ける何か。数秒記憶を掘り返してから、げんなりと呻く。
「おい。それ――薬か?」
 シゥは咥えた睡草を動かしながら、左手を持ち上げた。
「当たり。これは、吸入式の精神薬だ。強い安定作用があって、恐怖とか不安とかを取り除いてくれる。肉体的な副作用は無いんだが……ただ、強い常習性があってな。ある程度吸うと、今度は逆に吸わないと落ち着かなくなる」
「それは、一般的に麻薬とか呼ぶんじゃないのか?」
 説明書でも読むようにすらすら続けるシゥに、千景は額を押さえて目蓋を下げた。ついでに、肩も下ろす。疲れたように。意識にのし掛かる厄介な重さ。予想外の方向から不意打ちで致命打を叩き込まれた心境だった。
「そうだな」
 睡草を吸いながら、シゥが笑う。諦めを含んだ、涼しい笑顔。
「はっきり言ってオレは重度の依存症だ。止めようと思って止められるもんじゃない。幻影界の薬だから人間には影響ないと思うけど。万が一影響出たら、すまん――」
 最後の言葉は棒読みだった。
「ん、待てよ……」
 そこで、千景はさらに首を捻る。
 睡草はおそらく薬草類を紙に巻いたもの。火は使わないが、構造は煙草と変わらないだろう。気化した成分を呼吸にあわせて体内に入れる仕組み。当たり前だが、本体の睡草が無ければ意味がない。無いはずだ。
「薬の材料はどこで調達してるんだ? 今までの話からするに、向こうに取りに行くのは不可能なんだろう?」
「ミゥが苗ごと持って来て育ててるから、無くなることはないよ。それでお前に迷惑かけるつもりは無いから安心しろ。数は減ったから、計画的に吸わなきゃならないけどな」
 パチリ、と硬い音を立てて、シゥがケースを閉じた。それなりの時間吸っていられるのだろう。睡草を咥えたまま、ケースをウェストポーチにしまう。
 一度睡草を口から放し、シゥは片目を閉じた。ウインクするように。
「これがオレたちが持つ一番の問題要素だ。で、お前はオレたちを追い出すか?」
「いや――」
 首を振りながらも、千景は顔をしかめた。見掛けによらず、頭が回る。
 断れないことを分かった上で、最も厄介な要素を真正直に告げる。これを受け入れて耐性のできた千景は、今後多少の事はほぼ無条件で受け入れてしまうだろう。一種の既成事実作成だ。おそらく、シゥ自身の独断行動だが。
「気になる事があるんだが……」
「吸ってる理由だろ? それは訊かないでくれ。オレには答えられない。いや、オレ自身が睡草を吸ってる理由知らないんだ。ピアに訊いたら話してくれるかもな」
 千景の問いに、シゥは申し訳なさそうに答えた。
 その声には疲れが表れている。自分が持つ一番の問題要素を告白するには、相当な覚悟と勇気が必要だったはずだ。そこに質問を重ねるのも酷なことだろう。
「参ったよ、どうも」
 口だけ動かして、声は出さず、千景はそうボヤく。
「千景さま」
 耳に入ってきた声。
 顔を上げると、机の近くにノアが浮かんでいた。両手を下げたまま、黒羽を広げて空中に静止している。シゥが話している最中は、律儀に気配まで消していたらしい。
「何だ?」
 問い返すと、ノアは右手を持ち上げた。
 長い袖から手首だけを出し、机の上に置いてあるデスクトップパソコンを指差す。
「これは、パソコン……でしょうか?」
「ああ」
 他に答えようもないので、素直に頷く。
 応じるように一度頷いてから、ノアが再び千景に向き直った。表情は変わらない。壁により掛かったままの千景に無機質な黒い眼差しを向け、口を開く。
「Personal computer――略称パソコン。デジタル処理による高速演算を用い、文章入力や数式計算から画像や音楽、動画の加工編集、テレビ映像の出力。インターネットを用いれば情報検索閲覧だけでなく、買い物や電子マネーの運用、さらには為替取引まで――」
「分かった。使っていいから……」
 言葉の連打に、千景はあっさり折れた。
 シゥは睡草を咥えたまま、我関せずの構えである。
「ありがとうございます」
 事務的に一礼してから、椅子の上に降りるノア。パソコン本体、ディスプレイ、キーボード、マウス、各種ケーブル。パソコンと周辺機器を順番に観察していく。
 一通り眺めてから、右手を挙げた。袖から黒い紙テープのようなものが伸びてくる。それが生き物のように動いて、ディスプレイや本体の電源を押した。
「それは、シゥの剣みたいなもんか?」
 紙テープもどきを指差す千景に、ノアが袖を捲る。
 手首に嵌められた腕輪の表面から、黒い帯が解けて伸びていた。
「自分の得物です。普段は腕輪として携帯し、任意で解いて使います。全長はおよそ五メートル。硬度や柔軟性も自在で、斬る突く捕らえると多彩な用途を持ちます」
 音もなく、帯がまっすぐに伸びる。長さ十センチ、幅一センチほどの寸法で、先端は三角形になっていた。厚さが無いと思うほどに薄いが、強度は大丈夫なのだろう。ノアの言うことが事実なら、言葉通り非常に便利なものである。
「名称は、薄黒の帯刃」
「……そんな名前だっけか?」
 おとなしく睡草を吸っていたシゥが、口を挟んできた。青い瞳に怪訝な色を浮かべて、ノアを見ている。名称に引っかかるものがあったらしい。
「意訳しました」
 淡々と答えてから、ノアは帯刃を腕輪に戻した。
「意訳……か?」
 シゥの呆れたような眼差しを受け流し、キーボードに向き直る。一度両手の指を組んで筋を伸ばした。右手でマウスを構え、左手をキーボードに乗せる。その姿は何故か感心するほどに似合っていた。
 ノアが両手を動かす。
 カーソルを動かし立ち上げるインターネットブラウザ。その動きに遅滞はない。表れるリンクや文字を一瞬で読み、クリックして目的のページに飛んでいる。キーワード検索やリンク移動。表示されるものは、主にニュース関係と科学関係のページだった。
「何……アレ?」
 やたら手慣れた動きに、千景はシゥに目を向ける。説明しろ、と。
 睡草を咥えたまま、シゥは考え込むように額を押さえてから、首を振った。一緒に、ツインテールが揺れる。上手い説明が思いつかなかったようだ。
「情報収集や情報解析はノアの得意分野なんだよ」
 パソコンに向かうノアを、左手の親指で示す。
「あと、オレたちは幻影界からこっちに来てから、落ちてた雑誌とか新聞とかから、情報集めてたんだ。んで、ノアはそこでコンピューターの存在知って、かなり興味持ってたみたいだから……。実物前にすればこんなもんだろ」
「へぇ」
 どこか適当なシゥの説明に、千景は気のない返事をする。

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睡草
シゥが常備している煙草のような紙巻草。直径5mm、長さ4cm。吸い口やフィルタはない。構造は両切り紙巻煙草に似ている。紙巻きの中の睡草の持つ安定化成分を、呼吸とともに肺などから吸収する。気化した成分が無くなるまで、十分以上吸い続けられる。
シゥは専用ケースに入れて、いつも持ち歩いている。
安定作用は極めて大きいが、精神依存性が非常に強い。
ミゥが睡草を栽培しているため、一応安定供給はできている。


薄黒の帯刃
ノアが両手首に巻いている腕輪。表面から解けて薄い帯状の刃物になる。幅は約1cmで長さはおよそ5m。厚さが無いと思うほど、非常に薄い。妖精炎を用いて動かす仕組み。硬度や柔軟性も自在で、斬る突く捕らえると多彩な用途を持つ。
日本語名はノアの意訳。
10/11/25