Index Top 第1話 唐突な居候たち

第5章 ディナータイム


 夕方六時半。
「予想以上に美味いな、これは――。凄いぞ」
 オムライスを口に入れ、千景は素直に驚く。
 ピアたちが作ったのは、オムライスとサラダだった。ケチャップで味付けされたチキンライスと、半熟の卵焼き。そして、水菜と薄切りタマネギのサラダ。どれも冷蔵庫にあったものだが、見事に調理されている。
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
 恥ずかしそうに笑いながら、ピアが頭を下げた。
 六枚の羽を広げて、控えるように空中に留まっている。料理をするためか、三角巾と白いエプロンを付けていた。なぜか鞄は肩に掛けたままである。
「謙遜することはないって。本当に美味いから。普通に金取れるレベルだぞ」
 チキンライスを呑み込んでから、千景は頷いた。
 料理を作るということで任せたら、出来たものはオムライスとサラダである。見た目は普通。しかし、文句なしに美味しい。何かイカサマでもしたのかと思うほどの出来上りだった。比喩抜きでプロの腕前である。
「ボクも手伝ったんですよ。褒めて下さいー」
 緑色の妖精が手を挙げる。こちらは緑色の三角巾とエプロン姿。
 背中から六枚の羽を広げて空中に浮かんでいる。ピアの羽は直線的で鋭角的だが、こちらは微かに丸みがありどこか植物の葉を思わせた。
 千景は笑顔で頷きながら、声をかけた。
「ありがとう、ミ――ケ……?」
「ミケ?」
 緑色の瞳を千景に向け、頭に疑問符を浮かべる妖精。
 呆けたような顔で自分を指差し、
「……ミケ?」
「ミゥだよ。ミゥ……」
 和室の引き戸が開き、青い妖精と黒い妖精が入ってきた。二人とも羽は出さずに普通に歩いている。今まで、ピアの指示で部屋の整理をしていたようである。
 ツインテールの一房を弄りながら、近づいてきた。
 床を蹴って椅子に飛び乗る。
「ったく、名前覚えるの本当に下手だな、お前……。さっきもオレとノアの名前忘れてたし。さて問題だ。オレの名前は何と言うでしょーか?」
 と、自分の顔を指差した。
 千景はスプーンですくったオムライスを口に入れ、何度か咀嚼して呑み込む。塩味と旨味、微かな甘さの入り交じった暖かなチキンライスと、半熟卵の奏でる美味しさ。
 数秒の黙考から、千景は答えた。
「………シオ?」
「シゥだって……」
 大袈裟にため息をついて、シゥが右手を振った。既に諦めの空気を漂わせている。
「あの、ご主人様。わたしは……?」
「ピア」
 その言葉を聞いて、ピアの表情が緩む。眼鏡の奥にある瞳に、安心の光が映った。
 その態度に、ミゥがぐっと右手を握り締める。
「何でピアは普通に言えるですかぁ……! 不公平ですよ、不公平」
「一番最初に顔会わせたから、ピアだけはきちっと顔と名前一致してるんだよ。お前ら名前が似てるから、こんがらがる」
 頭を掻きながら言い訳し、千景はコップの水を一杯飲んだ。
 黒い妖精――ノアが右手を挙げた。
「自分に考えがあります」


「これで、完璧です」
 椅子の上に立ったまま、ノアが胸を張る。
 左胸には、ノアと名前の書かれた名札が付けられていた。同じように、ピア、ミゥ、シゥのがそれぞれの胸に自分の名前の書かれた名札を付けている。
 胸に止められた名札を弄りながら、ミゥが微妙な表情を見せた。
「分かりやすいと言えば分かりやすいですけど」
「納得いかねぇ。でも、仕方ないか……」
 椅子の横に立って手を組んでいるシゥ。
「ご主人様に名前を覚えてもらうためです。我慢して下さい」
 ピアは二人に目を向け、きっぱりと言った。三対の羽を広げて宙に浮かんだまま。
 三角巾とエプロンを付けているためか、二人の母親のようにも見えなくもない。母親と言うよりは、面倒見の良い姉と表現する方が正しいだろうか。
「はいはい……」
 胸の名札を撫でながら、シゥが呻いた。
 オムライスを半分ほど食べ終わり、千景は一息つく。
「ひとつ質問いいか?」
「何でしょう。答えられるものなら」
 ピアが千景に向き直った。
 千景はピアの背中を指差す。背中から伸びた鋭角的な六枚の羽。直線で構成された淡い金色の光を、膜状に広げたような見た目だった。強い力を感じる。
「その羽……何なんだ? かなり濃いエネルギーみたいだが」
「ふふ、気になりますかー? この羽は、フィフニル族特有の力が指向性を持って外界に顕現したものですよ。見ての通りの妖精炎の羽です。触ってみますー?」
 と、もったいぶるようにミゥが近寄ってきた。横を向いて、羽を見せてくる。
 背中から伸びた六枚の羽。淡い緑色で半透明。ピアの羽より僅かに曲線的で、中心に葉脈のようなものが見える。そこはかとなく植物の葉を思わせる形状だ。
 触ってみると、手応えは奇妙なものだった。
 しっかりと実体があり触っている感覚もあるのだが、現実感が薄い。目を凝らしてみると、羽自体が術式のようなものを持っていることが分かる。言うならば妖精炎魔法式。しかし、その式は人間には読めないものだった。
 ともあれ、手触りは妙に良好。
「不思議な感触だな」
 そんな感想を口にしながら、無遠慮に触っていると。
 ミゥが肩を振るわせていた。
「んっ、ふふ……。くすぐったいですよー」
「ああ、すまん」
 一言謝ってから、手を放す。
 千景は羽を触っていた手を一度握って開く。羽の感触はまだ残っていた。身近にあるもので感触を形容することは難しい。硬いと柔らかいを両立させたような、なんとも言えぬ手応えである。具現化直前の霊力を触ったら、似た感触かもしれない。
「オレのも触ってみるか?」
 シゥが挑発するように目を細め、自分の背中を指差した。
 淡い燐光が背中に集まり、音もなく散る。それと同時に、シゥの背中に青い光の羽が現れた。基本的な形状はピアやミゥと変わらない。しかし、その羽はピアよりも鋭角的で、中には氷の結晶が含まれていた。薄い氷の羽である。
 背負った氷の剣は、羽が透過しているようだった。
 ピアが眼鏡越しに諫めるような眼差し向ける。
「いや、やめておく」
「つまらん」
 千景の答えに、シゥは羽を消して首を振った。
 その態度にピアがため息をつく。
「シゥ、冗談は止めて下さい。ご主人様が本当に触ったらどうするのですか」
「はいはい」
 拗ねたようにシゥが明後日の方向を向く。
 ピアが千景に向き直り、頭を下げた。
「すみません。シゥの羽は冷気と氷が顕現したものですから、生身の人間が直接触れたら指が凍ってしまいます。ご主人様も気をつけて下さい」
「だろうな。見て分かる」
 千景はシゥの背中を眺めながら、頷いた。
 ピアたちの羽は、体内で作られたエネルギー――妖精炎を外界と繋ぐ役割があるのだろう。体内で作った妖精炎を、羽を通して外空間に広げ、身体を浮かばせている。推測に過ぎないが、当たらずとも遠からずと、千景は判断した。
「ノアは?」
 ちょこんと椅子に座っているノアを見る。
 その背中から広がるのは、カラスのような黒い羽。ピアたちのような無機質的な羽ではなく、かなり生物的な羽だった。シゥが言ってた"特殊"なのだろう。
「自分の羽は、あまりお勧めしません」
 羽を消し、ノアはそう答える。空中に散る黒い燐光。
 感情の見えない黒い瞳を見返し、千景はスプーンを手に取った。食事を再開しながら、
「じゃ、やめとくわ」
「残念」
 ノアが小さく呟いた。

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10/12/5