Index Top 第1話 唐突な居候たち

第3章 とりあえず初仕事


「おい、いるか? 入るぞ」
 ドアの外から声を掛けられ、千景はふっと目を開けた。
 ベッドに横になっていたまま一通り考えてから、うっかり眠ってしまったらしい。時計を見ると四時過ぎだった。ベッドから起き上がって、縁に腰を掛ける。
 千景の寝ている簡易ベッド、デスクトップパソコンの置かれた机、スチールラックにはテレビとDVDレコーダー、一番上にはカラープリンタが乗せられていた。
「ああ、鍵は無いから勝手に入ってくれ」
 返事もなく引き戸が開いた。
 取っ手を握るために一度飛んだのだろう。背中に青白い光が散り、青い妖精が床に降りる。両膝を曲げて、着地の衝撃を和らげる。
 ピアよりも少し背が高く、身体付きもしっかりしている少女。外見年齢は十代後半くらい。青色の瞳には刃物のような鋭さが見える。解けば足元まで届きそうな青い髪をツインテールに縛り、簡素な青い半袖の上着とズボンという格好だった。紺色のベルトには使い込まれた茶色いウエストポーチを付け、両腕に銀色の小手を嵌めている。
 そして、背中に背負った氷の大剣。
 千景は天井に視線を向けてから、
「えっと……青いの。名前は何だっけか?」
「シゥだ」
 即座に告げてくるシゥ。
「そうだったな、シゥ。名前似てるから覚えづらくてな。いや、名前のことはさておくとして、その剣外さないのか? 邪魔だろ」
「こいつはオレの相棒だ。どこにいても手放す気はない。あぁ、安心しろ。切れ味はオレが自由に変えられるから、何かに引っかけて斬るってことはないから」
 シゥは背中の剣を抜いて、右手で構えて見せた。口元に薄い笑みが浮かぶ。
 氷を固めたような淡い青色の両刃で、刃渡りは五十センチほど。氷の剣身を、銀色の柄と鍔が支えている。形状としては十字剣だった。鞘はなく、肩に掛けた茶色いベルトに、刃を留具で直接取り付けているようだった。
 シゥが剣を背中に当てると、カチと留具に固定された音がする。
「それで、何の用だ? 何か欲しいものでもあるのか?」
「掃除です。ピアに言われました」
 シゥの後ろから入ってきた黒い妖精。
 ピアよりやや小柄で、外見年齢は十四、五歳くらい。肩辺りで切り揃えた黒髪。ボブカットに似ている。機械のような無感情な黒い瞳。身体を包むのは大きな黒い長衣だった。手が見えないほど袖が長く、足が見えないほど裾も長い。歩く時も裾を引きずっている。明らかに動きにくそうな服装だが、本人は気にしていないようだった。
 袖から出した左手に、二本の箒を持っている。手首には黒い腕輪が嵌められていた。リストバンドにも見えるが、ただの腕輪ではないのだろう。
 姿を観察してから、千景は同じ問いを口にした。
「………。名前何だっけ、黒いの」
「ノアです」
 一言だけ答えてから、箒の一本をシゥに差し出す。
 二人の体格に合った箒である。木の棒の先に細長い草を刷毛状に取り付けた、室内箒。元々持っていたのか、こちらで作ったのかは分からない。
 シゥが箒を受け取ってから、ノアは無言のまま部屋の隅に移動した。箒を使って床を掃き始める。引っ越した直後なのでゴミはほとんどないが、掃くとそれなりに埃が集まっている。不思議とノアの服には埃が付いていなかった。
「掃除なんて頼んだ覚えないんだが」
「ピアがやれってさ。オレたちは料理とかは得意じゃないから、こういう仕事任された。めんどくせーけど、家賃代わりだから仕方ない……」
 箒を左右に動かしながら、愚痴るシゥ。ツインテールが揺れている。何かを思い出したように、箒を近くの壁に立てかけてから、ウエストポーチに右手を入れた。
「ところで。これ、何だ?」
 右手を一振り。
 放り投げられた氷を、千景は右手で受け止めた。製氷機で作ったような小さな四角い氷である。形は角のない立方体。あまり冷たくなく、手に触れても溶ける様子もない。シゥが妖精炎魔法で作ったものらしい。
 氷の中には、黒鬼蟲が七匹閉じこめられていた。
「その黒い砂みたいなもの。お前んだろう? オレたちがいた神社で捕まえたよ。お前が来た時にな。多分、何かの蟲だと思うが、どうなんだ?」
「あの時に捕獲してたか」
 氷を見ながら、千景は苦笑した。神社に入る前に、警戒のために蟲を撒いておいたものである。蟲の大雑把な察知は可能だが、数匹単位までの精密な察知まではできない。諜報用に術式と大量の霊力を組み込んだ蟲ならともかく。
 細く絞った霊力を奔らせると、あっさりと氷が砕けた。強度は普通の氷と同じらしい。床に落ちる前に空中に消える。自由になった蟲を身体に戻しつつ、
「こいつは特殊な蟲だ。俺が使役してる。ただ、それ以上はまだ言えないな。お前が俺を信用してないように、俺もお前らをあんまり信用してない」
「正論だな」
 何故か楽しそうに笑うシゥ。
「見た目以上に抜け目ないヤツだ、お前は――。だが、そういう強かさってのは嫌いじゃないぜ。オレたちの面倒見るように金で買収されてたけどな」
「一ヶ月に二十五万円自由も出来る金が送られてくるのに、それを拒否できるヤツは相当な自制心の持ち主だよ。うん」
 腕組みをしたまま、千景は大きく頷いた。ピアたちの世話をするための金も含まれているだろう。それでも月二十五万という金は魅力的だった。
「正直だな、お前」
 呆れたように笑ってから、シゥはふと視線を動かし――
 固まった。
 目の前にノアが立っている。いや、背中からカラスのような黒い羽を作り出して、ほんの少し床から浮いていた。シゥと目が合うほどの高さに。
 無言のまま、無表情のまま、鼻が触れあうほどの距離。そこから、じっとシゥの目を見つめている。端から見ると滑稽な風景だが、間近から凝視されているシゥにとっては凄まじい威圧感だろう。
「………」
 シゥの頬を冷や汗が流れ落ちるのが見えた。
 助けを求めるように、千景に顔を向けようとするが。
 その動きに合わせて、ノアが音もなく移動する。目の距離を常に一定に保つように。一歩後退ると、やはりその動きに合わせてノアも移動していた。
「羽ばたいているわけじゃないのか」
 千景は他人事のように、ノアの羽を観察する。
 ノアの背中から伸びるカラスの翼のような羽。ピアの光の羽や、一瞬だけ見えたシゥの青い羽とは違い、生き物の翼の形状をしている。しかし、広げたまま羽ばたくこともなく浮かんでいた。羽そのものに身体を浮かせる力があるのが見て取れる。
「分かった。掃除するから……」
 シゥの言葉に、ノアが後退った。
 背中の羽が黒い燐光となって空中に散る。同時に浮かんでいる力を失い、数センチほど落下した。膝を折って落下の衝撃を受け流してから、滑るような足取りで自分の箒が置いてある場所へと歩いていく。
「相変わらずだ」
 額を押さえて呻いてから、シゥが箒を手に取った。慣れない動きながらも、床に落ちた埃を掃き集めていく。
「今思ったんだが――」
 千景は横目でノアを見ながら口を開いた。
 今の言葉が聞こえなかったわけではないだろう。だが、ノアは千景に目を向けることもなく、黙々と部屋の掃除を続けている。
「どうした?」
 シゥが視線を向けてきた。箒を動かす手は止めない。
「ノアはお前やピア、あとミ……ミィ……ミケじゃなくて、あの緑の――」
「ミゥだ。覚えろよ……」
「そう、ミゥとは随分雰囲気違うけど」
 訝うような千景の言葉に、シゥは小さく吐息してからノアを見る。その視線に込められた感情は、何とも表現しがたいものだった。
「あいつは何というか、特殊なんだ。オレたちと同じフィフニル族だけど、生まれた経歴が違うんだよ。そこら辺は直接本人から聞け。オレが言うことじゃない」
「千景さま。自分の情報が必要ですか?」
 箒を動かす手を止め、ノアが訊いてくる。
 自分に向けられた闇色の瞳を見つめ返し、千景は答えた。
「いや、今はいい」
「了解」
 それだけ答えると、再び床掃除を始める。

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氷の大剣
シゥが背負っている氷の剣。氷を固めたような淡い青色の両刃。刃渡りは50cmほど。剣身を銀色の柄と鍔が支えている。全体的に十字架型。鞘はない。肩に掛けたベルトに、刃を留具で直接取り付けてる構造。切れ味はシゥの意志で変えられ、背負っている時は切れ味は消してある。
柄も含めると、シゥの身長よりも大きい。

銀の小手
シゥが両腕に付けている銀色の小手。前腕から手の甲までを保護している。
10/11/15