Index Top 第1話 唐突な居候たち

第2章 妖精たちの出来る事


 これから、良くも悪くも退屈しない日々になるだろう。
 そんな確信とともに、千景は口元から笑みを消し、視線を下ろした。
「そんなに不安がる必要はないぞ」
 三人の態度に、冷や汗を流しているピアに声を掛ける。礼儀正しく挨拶した後に、それをぶち壊すような個性的な自己紹介。印象を悪くしてしまったのではないかと、不安になっているようだった。
「三人の態度はもう予想済みだ。俺もこの程度で追い出すつもりは無い」
「あ、ありがとうございます」
 安心したように礼を言ってくるピア。ほっと息をつき、胸を撫でる。
 そんなピアに、緑の妖精が声を掛けた。名前はミゥだったと思う。
「相変わらず、ピアは心配性ですねー。千景さんはボクたちを追い出すような悪い人じゃないですよ。見た目は悪人顔ですけど」
「悪人顔は余計だぞ……」
「あはは、ごめんなさい」
 半眼で指摘した千景に、笑いながら謝ってくる。もっとも、反省している様子は見られない。そういう性格なのだろう。ついでに、矯正も無理だろう。
 千景はキッチンから続く二つの扉を示した。
「とりあえず、お前たちは左側の和室使ってくれ。俺は右の洋室使ってるから。ったく、片方の部屋空けとけとか言われたけど、こういう意味だったのか……」
「分かりました。ご迷惑をおかけします」
 頷くピア。
 青い妖精が、見上げてくる。名前は、ノア――でなくて、シゥ。
「他に何か言いたいことはあるか? 言い足りないって顔してっけど」
「訊きたいことは山ほどある。でも、今はふたつだ」
 前置きしてから、千景は青い妖精を見下ろした。青い瞳に込められた、刃物のような強い光。背中に背負った大剣も含めて考えるに、かなり手練れの戦士なのだろう。
「まずひとつ目。お前らは何者なんだ? 便宜上今は妖精として見てるけど、そういうものじゃない。俺に幻界の生き物の知識は無いんだけど」
「ボクたちはフィフニル族という種族です。幻影界――千景さんたちは幻界と呼んでいますけど、そこに住む主要種族のひとつですよ。詳しく説明すると長くなりますけど、説明いりますか?」
 楽しげに説明するミゥに、千景は首を振った。
「いやいい」
「それは、残念ですねぇ」
 肩を落とすミゥ。脳天気な見た目とは対照的に、学者タイプなのだろう。色々な知識を持ち、様々な事象を解き明かすのを生きる楽しみにする性格。そして、おそらくはマッドサイエンティストのきらいがある。
 千景は続けた。
「二つ目、お前たちの使う力は何だ?」
「フ――ィ――ァ――ックというものです」
 口を開いたのはノアである。質問に答えたようなのだが、その言葉を上手く日本語で表現することはできない。フィフニル族の言語なのだろう。
「こちらの言葉に翻訳すると、おおむね"妖精炎魔法"という意味になります。若干意味のズレがありますが、そこはご了承下さい。フィフニル族が持つ妖精炎を空間に展開し、理想を実現化する仕組みです」
「なるほど、な」
 答えのようで答えにはなっていない。術の発動原理と似たような理屈で、妖精炎魔法の本質には答えていない。自分たちの力を正直に話すほどお人好しでもないだろう。ただ、ある程度の推測はついている。
「お前も、オレたちの妖精炎魔法みたいな力使うようだな。術とかいう特殊能力。普通の人間は使えないみたいだけど」
 シゥの言葉に、千景は右手を差し出した。その手の平を包む薄い霊力。普通の人間には見えないが、術師には見える。ピアたちも見えているようだった。
「俺は退魔師。人間じゃない連中との齟齬を正すのが仕事だ」
 右手を振って、霊力を散らす。
 お互いに少しだけ手の内を明らかにした。それでも、警戒を崩さないシゥ。四人の中では一番危険な道を歩いてきたのだろう。その態度はある意味最も健全だ。ただ、ピアの考えが悪いわけではない。ピアなりに仲間を守ろうと必死なのだ。
 時計を見ると、午後三時。
「ピア」
「はい。何でしょう?」
 返事をするピアに、千景は冷蔵庫を指差した。一人用の冷蔵庫。昨日食べ物を買い込んだので、適当に食材は入っている。一応料理は出来るが、それほど得意でもない。
「料理作れるか? ――と」
 訊いてから、言い直す。
「……いやその前に、お前らって何食うんだ?」
 気になったことは食事の心配だった。
 この四人が何を食べるのかは聞いていない。精霊は人界では食事を出来ないと聞いたことがある。この四人がどうなのかは分からない。
「わたしたちは自然界では食事をしません。自然エネルギーを取り込めるので、食事の心配はいりません。金銭面の心配もお掛けしませんので、ご安心ください」
「自然界のものは、ほとんど消化吸収できないというのが正しいんですけどねー」
 ピアの言葉に、ミゥが付け足した。
 世界が違うため、身体を構成するものも違う。人間では栄養に変換できる化学物質も、フィフニル族では栄養への変換が行えないのだろう。しかし、自然エネルギーの吸収ということは行えるらしい。その点は精霊に似ている。
 だが、千景は訝った。
「なら、人間が食えるような料理は作れるのか?」
「自然界の知識はこちらに来てから色々と勉強していますので、大丈夫です。安心して下さい、ご主人様。それではさっそく料理を作りますので。ミゥ、手伝って下さい」
 背中から三対の淡い金色の羽を広げ、ピアは軽く床を蹴った。音もなく身体が浮き上がり、千景の胸辺りの高さまで上昇する。妖精炎魔法を用いた飛行らしい。
 楽しそうなピアの表情からするに、元々料理が好きなのかもしれない。
 冷蔵庫の方に向かおうとした所で、千景は声を掛けた。
「いや、今はいい。下手に手の込んだもの作られても困るし、それにまだ晩飯には早い。俺は六時半に晩飯食う予定だから、それまでに作ってもらえればいい」
「分かりました」
 その場で振り返り、ピアが答える。ちょっと残念そうな声だった。
 千景は和室の引き戸を開けた。奥には六畳の畳部屋があり、カーテンは閉まっている。一通りの掃除はしてあるので、ゴミや埃はない。
「とりあえず、今はそっちの部屋で休んでてくれ。色々疲れているだろうし、俺も一人で少し考えたいことがあるから」
「はい」
 頷いてから、ピアが床に降りる。
「皆さん、今はご主人様の好意に甘えさせてもらいましょう」
 部屋にいる時は必要が無い限り飛ぶ気はないようだった。消耗を抑えるためだろう。人界では自然エネルギーを糧にできるようだが、逆を言えば常に一定のエネルギー供給しかない。消耗した分を食べて補給と言うことが出来ないのだろう。
「それでは、千景さん。お言葉に甘えて失礼しますー」
 ミゥがそう言って、部屋に入って言った。窓辺に歩いていき、手提げ鞄を置いてからカーテンを開けている。差し込んでくる日の光に向かって背伸び。
 続いてノアが無言で部屋に入った。荷物を置いてから、壁際に腰を下ろす。
「ここに住まわせてくれることには、一応感謝する。オレはまだお前を信用したわけじゃないけど――。ま、何かあったら言ってくれ。手伝いくらいはするぜ」
 振り返り際にそう言い、シゥが部屋へと入った。じろじろと部屋全体に警戒の眼差しを向けている。気を抜くということができないのだろう。
 最後にピアが千景に向き直り、笑顔で一礼する。
「本当にありがとうございます。ご主人様」
「気にするな」
 千景は苦笑いとともに、それだけ答えた。

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フィフニル族
幻影界に住む主要種族のひとつ。身長60cmほどで、人型妖精の見た目をしている。
自然界では自然エネルギーを取り込む事で行動が可能。自然界のものを口にしても、ほとんど消化吸収ができない。

妖精炎魔法
フィフニル族の持つ妖精炎を空間に展開し、理想を実現化する仕組み。
フィフニル語を日本語に訳しているため、意味に多少のズレがある。
10/11/06