Index Top 第2話 シェシェノ・ナナイ・リリル

第5章 「逆らえない」ということ


 浩介はぺちぺちとリリルの頬を叩く。
「おい起きろ。気絶されても困るぞ」
「んん……」
 リリルはぱちと目を開けた。慌てたように周囲に目を向けてから、浩介で目を止める。さらに数秒、浩介を眺めてから、絶望の表情を見せた。
「終わった……。アタシの人生は終わった……」
「落ち込んでるところ、悪いんだが」
 浩介は自分のモノを撫でる。
 一度射精したら普通はおとなしくなるのだが、そういった様子はない。さきほどの強烈な渇きは消えたが、あと数回は射精できるだろう。
「今度は、後ろの処女を貰うぞ」
「………!」
 本気で恐怖に顔を引きつらせるリリル。
「冗談だ。そっちの趣味はない」
 手を振ってから、浩介は術を解いた。
 逸物が消える。身体の奥で燻っていた衝動も一緒に消え失せた。ナニが生えていた箇所を撫でてみても、何も残っていない。さきほど出した精液がどこから来たのか、ちょっと気になる。どうでもいいことだが。
 浩介は、近くに用意しておいたバスタオルを腰に巻き付けた。スカートのような感じ。ズボンもトランクスも濡れていて、使い物にならない。ティッシュ箱を掴んで、脱力したリリルの手前に移動する。
「動くなよー」
 言いながら、涙と涎で汚れたリリルの顔を丁寧に拭いた。それから、腰をかがめて。恥部にティッシュを当てる。破瓜の血と恥蜜と汗と溢れた精液で、ぐちゃぐちゃになったそこを丁寧に拭いていく。
「んんん、待て待てっ! あふぁあああ……」
 反応しながら、身体をくねらせるリリル。
 ティッシュをゴミ箱に入れてから、浩介はリリルを起こした。ソファに隠していた鍵で手錠を外す。抵抗はしてこない。バスタオルをかぶせてから、額に触れて術を解いた。キッチンに移動し椅子に座る。
 情事の後で、なんとなくリリルの傍は居心地が悪い。
「疲れた」
 正直な感想が漏れる。
 リリルはバスタオルを掴み、それで身体を包んでいた。リビングテーブルに腰を下ろしたまま、羞恥心に顔を染めている。術が解けて、正気に戻ったらしい。、
 ただ、怯えたような警戒の眼差しを、浩介に向けていた。
「……なんも変わってないように見えるが」
 浩介は訊いてみる。
「何か変わってんのか?」
「もうアタシはお前に逆らえないんだよ!」
 叫び返すリリル。
「どういうことだ?」
「お前がアタシに命令すれば、アタシは逆らえない。どんな無茶苦茶な命令でも、実行できる範囲で実行しちまうんだよ……!」
「つまり? 分かりやすく答えてくれ。命令だ」
 浩介は続けて訊いてみた。的確な返答を命令する。
 リリルは思い切り悔しそうな顔をしてから、答えてきた。
「行動や言葉だけじゃない。お前が寝ろと命令すれば、意思に関係なく寝ちまう。誰かを好きになれって命令すれば、アタシの意思に関係なく本気で好きになっちまう。死ねって命令されれば、意思に関係なく勝手に死んぢまう……!」
「すごいな……」
「お前が死ぬまで、アタシには一片の自由もないんだよ。お前の身体は神だ。最低でもあと五百年は生きる! それまで、アタシはお前の奴隷なんだよ。従属契約で処女を奪われるっていうのは、こういうことだ! 分かったか、クソッタレの玉なし野朗!」
 泣きながら、罵声を張り上げる。
 自由がない、などといった生易しい表現ではない。行動だけでなく、感情も、意思も、思考も、身体も、命でさえ、自分の自由にならないのである。奴隷というよりも、他人の意のままに動く、操り人形といった方が正しいだろう。
「なんだな……」
 浩介は気まずげに視線を泳がせてから、
「俺はお前を奴隷みたいに扱ったりはしない。ちゃんと基本的人権と自由は保障する。だから、そんなに落ち込むな。とりあえず、風呂入ってこい。沸かしてあるから。着替えも一応用意してあるぞ。大人の男ものだけど」
「このタオルといい、何でそんなに用意がいいんだよ……」
「草眞さんが、やれって」
「……あのクソババァ」
 悪態をつきながらも、リリルは立ち上がり、風呂場に向かった。命令に従っているという様子はない。命令通りに動いているという自覚すらないのだろう。
「さすがに、悪いことしたかなぁ」
 ドサッ。
 真後ろで何かが落ちる音。
 驚いて振り向くと、段ボール箱があった。
 一抱えほどの箱で、なにやら美味しそうな匂いがする。封筒に入った手紙が上に載っていた。それを取り、中身を取り出す。手紙と本が一冊。
『草眞より、浩介へ。よくやった、褒めて遣わす。差入れ。わしの手作り、ご褒美だと思い、二人でありがたく食うように』
「…………」
 一枚目の頭を読んで、浩介はため息をついた。
 本を眺める。
 狐神としての生活について、と書かれていた。


 テーブルに並べられた料理に、箸を伸ばしていく。
 山盛りの油揚げ。肉の串焼き。野菜の炒め物。山菜のおひたし。山菜の天麩羅。鶏肉の唐揚げ。揚げ魚の餡かけ。粉吹き芋。肉団子。かきあげ。焼き豆腐、卵焼き。豚汁。漬物。きんぴらごぼう。おひつにはいった白飯。およそ七人前はあるだろう。
「お前、よく食うな……」
 フォークに刺した肉団子をかじりながら、向かいのリリルが呟く。
 ぶかぶかのシャツに裾を捲くったズボン、腰はベルトで強引に留めてあった。下着はつけていない。封力法具は、首のチョーカーを除いて全て外してある。草眞の手紙に、長時間大量の封力法具をつけておくのは危険と書いてあった。
 浩介は茶碗に四杯目のご飯を盛り、おかずとともに掻き込んでいく。尻尾が元気に動いていたが、いちいち抑える気はない。
 茶碗を半分ほど空にしてから、箸でリリルを指した。
「ここんとこ、調子悪かったせいでろくに食ってなかったんだ。元気になったら急に腹へってなー。お前には感謝してるぜ、リリル」
「嬉しくねぇ……」
 嫌そうな顔で卵焼きを口に入れる。
「食細いな。腹へってないのか?」
「この状況でお前みたいに食えるほうがおかしいだろが! それに、お前のせいで、あそこがヒリヒリするし……」
「なら、俺が舐めてやろうか?」
 油揚げを噛みながら、浩介はからかうように言った。
「下ろし金でも舐めてろ、ペド野郎」
 言い返してくるリリルに、微笑みかける。
「ほー、そーかそーか。そんな生意気な口きーてると『三回まわって、尻尾振りながらワンと言え』とか命令しちゃうぞー♪」
「ッ……!」
 びくりと身をすくませ、冷や汗を流すリリル。命令されれば実行してしまう。プライドの高いリリルにとって、三回まわってワンは屈辱以外の何者でもない。
 浩介は五杯目の白飯を盛り、
「冗談はさておき、寝床はどうするか? 今日は俺のベッドを貸してやるとして。やっぱ新しいベッド買うかな……一万円くらいの簡易ベッドだけど」
「金あるのかよ?」
 不貞腐れたような顔で、リリルが呟いた。
「お前一人暮らしだろ。この家には、人が住んでる気配ないぜ」
「親の残した貯金と株式証券が四千万円分くらいある。あと生命保険。無駄遣いは出来ないえけどな。宗家の人とも少し付き合いあるから、困った時は頼むようにしてる」
「あっそ」
 そっぽを向いて、卵焼きを口に入れる。
「ところで、お前何歳だ?」
「百二十九歳だ。それがどうした?」
「……それって若いのか?」
 魔族の寿命がどれくらいなのか、浩介は知らない。
「人間で言うと、二十五歳くらいだろ。魔族っつーか、寿命の決まってない奴は、五十年くらいで成人すんだよ。後は青年期が長く続いて、力がピークを超えるとゆっくり老化を始める。例外も結構多いけどな。日本の妖怪や神も似たようなもんだろ」
「俺の寿命が五百年以上って言ったのは?」
「なんとなくだ。力の強いヤツは長生きする」
 答えてから、リリルは唐揚げを口に入れた。
 浩介は呟く。
「食が細いとみせかけて、実はよく食ってるだろ」
「うるせえ」

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