Index Top 第1話 浩介、キツネガミになる |
|
第1章 生きていたけど…… |
|
浩介は勢いよく身体を起こした。 息を荒げながら額を押さえる。全身にびっしょりと汗をかいていた。 恐ろしい夢を見たような気がする。どのような内容だったかは覚えていない。ただ、恐ろしい夢だったことは漠然と覚えていた。 落ち着いたところで、部屋を見回す。 「ここはどこだ?」 八畳の和室。見覚えのない部屋。置いてあるものは、たんすと本棚と、木の机。あと、姿見。部屋にはうっすらと香のような匂いが漂っていた。微かに虫の鳴き声か聞こえる。壁にかけられた時計は、七時半を指している。窓の外は、暗い。夜らしい。 浩介は天井に目を向けた。 「……人魂?」 天井付近には、人魂のような明かりが浮かんでいる。 握り拳ほどの光の球。ほとんど揺れることなく、光を放っていた。明るさは蛍光灯と同じくらいだろう。人魂に似ているが、人魂ではない。 これは、狐火だ。 「それはそれとして」 浩介は自分の手を眺める。 水玉模様のパジャマから伸びる手。細い指に、白く滑らかな肌。丁寧に切り揃えられた爪。どう見ても女の手である。自分の手ではない。しかし、指を曲げたり伸ばしたり、手を握ったり開いたり、思った通りに動いている。間違いなく、自分の手だった。 視線を胸元に落としてみる。 パジャマを押し上げる胸の膨らみ。 両手を当ててみると、むにむにとした柔らかい手触りが伝わってくる。大きくもなく小さくもなく――女の胸を触ったのはこれが初めてだが。これといって、気持ちいいという感じはない。肩を揉まれているのと同じだ。 ため息をついて、ズボンの股間に手を当ててみる。 本来ならあるはずのものは、なかった。 ため息をつく。分かってはいた。 ズボンの中に手を入れてみる。下着は穿いていない。股間を撫でみても、やはり何もなかった。産毛すらない割れ目を指で何度か撫でてから、手を引っ込める。 右手で顔を押さえて、浩介は呻いた。 「何で、俺……女になってんだよ」 声も男のものではなく、若い女のものである。 認めたくはなかった。認めたくはなかった。だが――認めるしかない。否定するものは何もない。事実は事実だ。受け入れるしかない。受け入れなければならない。原因も理由も不明であるが、自分は女になっている。 浩介は立ち上がってみた。 身長は百七十センチほど。男であった時と変わらない。 姿見の前に移動する。 「これが、俺か?」 姿見に映ったのは、十八歳ほどの女だった。少女から大人に成長する途中といったほうが正しい。美人というよりは、可愛いといった顔立ち。背中の中ほどまで伸びたきれいな髪は、僅かに赤みを帯びた黄色。鮮やかなキツネ色。瞳は茶色。痩せてはいるが、メリハリのついた体付きで、水玉模様のパジャマを着ている。 そして、頭にはキツネ耳。腰の後ろからはキツネの尻尾が伸びている。 「もう、何がナンだか」 浩介は尻尾に力を入れてみた。本物らしく、ちゃんと動く。 右手で掴んで、腰の前に持ってくる。ふさふさの毛で覆われた尻尾。髪の毛と同じ、僅かに赤みを帯びた黄色。床に着くほどの長さで、先端が白い。 尻尾を掴まれている感触もある。元々人間には尻尾が生えていないので、尻尾を掴まれる感触は、未知のものだった。 先端から根元のほうに、毛に逆らうように尻尾を撫でて―― 「ひぅッ!」 間の抜けた悲鳴を上げ、浩介は尻尾から手を放した。背筋を駆け上がる、形容しがたいむず痒さ。悪寒のようなその感覚に、背中を掻き毟る。 十秒ほど悶えてから、浩介は膝に手を当てた。 肩で息をしながら、 「尻尾は敏感らしいな。気をつけよう」 反省してから、浩介は恐々と頭のキツネ耳に手を触れた。 短い毛で覆われた三角耳。先端は焦げ茶色。頭と一体化している。作り物ではない。触れられている感触もあり、触っていると首筋がむずむずした。尻尾ほどではないが、敏感な器官である。力を入れると、ぴくりと動く。 しかし、聴覚を持っている様子はない。 横の髪の毛をどかしてみると、人間と同じ位置に、人間と同じ耳があった。触ってみると、こちらは聴覚も働いている。 「この耳は、飾りか?」 キツネ耳を撫でながら、浩介は呟いた。 「耳は、尻尾とともに狐神族、妖狐族の証明じゃ。粗末に扱うものではない」 突然の声に振り返る。 年端もいかない少女が立っていた。十三、四歳ほどだろう。しかし、鋭利さを漂わせる表情で、年齢に似合わぬ落ち着いた雰囲気を漂わせていた。腰の辺りまで伸ばしたキツネ色の髪。頭にはキツネ耳。淡い灰色の着物を着ている。尻尾は六本。 襖を開ける音はしなかった。 いつからそこにいたのかも、分からない。 「……どちらさまですか?」 思わず敬語で尋ねる。 「わしは草眞。この山に住む、狐神じゃ。神界の処刑主を務めておる」 「しょけいしゅ……?」 「死刑執行人じゃよ。神界の司法庁で死刑判決を受けた者の処刑が、わしの仕事じゃ。ま、罪人でないお主には、関係ないことじゃがの」 答えてから、浩介に背中を向け、襖を開ける。 「ついて来い」 「はい」 言われた通りに、隣の部屋に移動する。 八畳の畳部屋。中央に木の机が置いてあり、座布団とお茶が用意してある。 草眞は慣れた動きで、向かいの座布団に座った。 浩介は手前の座布団に座る。 「さて、どこから説明すればいいか分からぬが、まずはお主に謝らなければならぬ。お主を襲った獣は、わしの作った式神の六王じゃ」 「獣……?」 呟いてから―― 思い出す。 大音門神社で古文書を移した帰り、浩介は透明な怪物に襲われた。 首筋に手を当てる。冷や汗が流れた。記憶が蘇ってくる。怪物は浩介の首元に噛み付き、そのまま肉を噛み千切った。そこで記憶は途切れている。気絶したのだろう。 「俺、死んだはずだよな?」 浩介は自分を指差した。 |