Index Top 第1話 浩介、キツネガミになる

第2章 自分でない自分


「お主は一度死んだ。しかし、わしが生き返らせた」
 そう言ってから、草眞は咳払いをして言い直す。
「生き返らせたというのは、的確ではないの。わしの尻尾を一本使って、分身の術で仮初の身体を作り、そこにお主の魂を収めた、というのが正しい。死んだ者を生き返らせるのは、いくらなんでも不可能なことじゃからの」
 新しい身体に生まれ変わったということだろう。微妙に違うような気もするが、そういった解釈で問題はないだろう。どのみち、難しいことは分からない。
「俺の身体は……?」
 浩介が訊くと、草眞は頭を下げて、
「申し訳ない。わしが六王を見つけた時には、お主の身体は残らず食われておった。吐き出させてはみたのじゃが……消化こそされていなかったものの、ぐちゃぐちゃの挽肉じゃった。こうなってしまっては、わしの法術でも治せぬ」
「そうですか」
 肩を落とすと、耳と尻尾が一緒に垂れる。
 これからはキツネ娘として生きていかなければならないらしい。人間の男として生きてきたのに、キツネ娘として暮らす。男には女になりたい願望があるというが、実際に女になってみると、男の身体が懐かしい。
「それほど悲観することはない」
 お茶を一口飲んでから、草眞は呟いた。
 湯呑を置いて、続ける。
「経過はどうあれ、お主は人間から狐神族となった。魂の形が違うせいで、色々と不都合はあると思うが、ある程度の法術は使えるじゃろう。それに、少なくとも五百年くらいは生きられるはずじゃ。頑張れば千年くらい生きられるかもしれぬ」
「……人間が狐神になるって、いいんですか?」
 素人考えだが、誰もが無条件で認めてくれるようなことではない気がする。神になる方法は知らないが、色々と大変な修行が必要だろう。
「実を言うと、それほどいいものではない。あえて言わせてもらうが、お主が樫切啓太の息子でなかったら、わしも助けることはなかった」
「親父?」
 樫切啓太は浩介の父親である。
「ああ。啓太には借りがあるのじゃ。二十年ほど前にちょっとした窮地を助けてもらっての。あやつは、元気にしておるか?」
「いや。四年前に交通事故で逝きました」
「そうか……」
 草眞は気まずげに目を逸らした。
 浩介の両親は、四年前に交通事故で死去している。高校一年生の時だった。それからは、親戚の助けはあるものの、一人で暮らしている。
「話を戻そう。お主には、いくつか問題がある」
 気を取り直すように、草眞は続ける。
「まず、樫切家は、名門と呼ぶほどではないにしろ、まぁ無名なりに名の知られた退魔師じゃったが――。お主、退魔師としての力は使えるかの?」
 退魔師。妖怪や神と戦う能力を持った人間を示す。大体、一地域に一家あり、その地域の妖怪や神との交渉や、治安維持のようなことを行っている。その他、報酬を貰って、除霊師や易者のようなことも行う。普段は一般人として暮らしている。
 浩介は眉毛を斜めにして、
「俺は退魔術なんか使えませんよ。血が薄くなってますし、知識も技術も失伝してますし、才能もないですし。俺はせいぜい霊や妖怪が見える程度で、戦ったことなんて一度もないですよ。親父も弱い相手を倒すのが精一杯でしたし」
「……啓太のやつも、お世辞にも強いとは言えんかったからのー」
 横を向いて、呟く。
 浩介の家は分家であり、宗家ほどの力はない。しかも、血が薄くなっていたせいで、宗家との付き合いも減り、退魔術も失われてしまった。残っているのは、樫切の苗字くらい。啓太が逝ってから、担当していた地域は、別の退魔師が担当するようになった。
「お主はこれから狐神として生きていくことなる。表向きは人間として暮らせばよい。神殿にはわしから言っておこう。しばらくすれば神の証明書が届くはずじゃ。何かしら、神としての仕事も任されるじゃろう。問題は法術じゃな」
 草眞は難しそうな顔をする。
「お主の身体は、わしの分身。尻尾一本とはいえ、結構な法力を持っておるはずじゃ。しかし、それを御する技術がなければ、宝の持ち腐れ」
「俺、術なんて使えませんよ」
 浩介は手を動かしながら、言い返した。
 霊術の基礎である、短射程で霊力を飛ばすか、手に霊力を込めて殴りあうか、どちらかしかできない。殴り合いにしても、普通の人間よりも心持強いくらいである。
「親父も、俺を退魔師にする気はなかったようですからね」
「そうか。こう見えて、わしも忙しいからの。じきじきに術を教えることはできぬ。お主の地元にいる知り合いに、術の講義は頼むこととする」
「分かりました」
 浩介は頷いた。
「問題その二じゃ」
 お茶を一口飲んでから、草眞は息を吐いた。
「誰でも分かることじゃが――狐神の身体に人間の魂を収める、というのは無茶なことじゃ。数ヶ月くらいは何ともないが、じきに齟齬が起こって、肉体と魂が乖離しはじめる。精神や肉体に変調をきたすじゃろう」
「ぅえ?」
「安心せい。わしの知人に、その齟齬を直せるやつがおる」
 慌てる浩介に、なだめるように言う草眞。
「ただし、そいつは今死にかけでな。連絡を入れても、すぐに来られるわけではない。元気になるまでしばし時間がかかる」
「病気ですか?」
「しばらく前に七尾の妖狐が暴れての。そいつはその妖狐と戦って、勝ちはしたものの刺し違えをくらったんじゃ。身体は死んでしまったのじゃが、倒した七尾に転生して生き延びおった。相変わらず、しぶといやつよ」
 皮肉げに笑ってみせる。
 なにやら、「そいつ」に対して恨みがあるようだった。訳ありらしい。
「七尾はわしが直々に処刑する予定じゃったはずなのに、邪魔しおって。これで何度目じゃ、まったく。あの偏屈ジジィは……」
 表情に薄い影を落とし、ぶつぶつと続けた。
 浩介は横を向く。尻尾と耳が縮こまっていた。今の台詞は聞かなかったことにして、
「俺は、どうすればいいでしょうか?」
「安心せいと言っておるだろ。問題は厄介じゃが、解決が困難なものではない。一ヵ月後には、どれも解決しているわい」
 あっけらかんと言ってみせる。
 浩介には難しい問題でも、草眞には難しくない問題なのだろう。どのみち、浩介ではどうすることもできないので、草眞に頼るしかない。
「さて、お主には、みっつの術を使えるようになってもらう」
 草眞は言った。

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